スマートフォンやパソコンに悪さをする不正プログラム「トロイの木馬」。実はその語源がギリシア神話にあることをご存知ですか? でもどうしてギリシア神話がコンピューターの不正プログラムと結びついたのか、不思議ではありませんか。
『古代遺跡』(森野たくみ 著)では、ギザのピラミッドやバビロンの空中庭園、ストーンヘンジ、アンコールワットなど、世界各地の遺跡を地域別に分けて紹介しています。今回は本書を参考に、「トロイの木馬」の意味とは何かご説明します。
目次
ギリシア神話に登場する「トロイの木馬」の物語
まずは「トロイの木馬」にまつわるギリシア神話をご紹介しましょう。紀元前9世紀のギリシア叙事詩人ホメロスが書いた『イリアス』や『オデュッセイア』の中にも登場する物語です。
ある時、ヘラ、アテナ、アフロディテというギリシアの女神たちが、3人の中で誰がいちばん美しいか競い合うことになりました。審判役を任せられたトロイの王子パリスは、3人の中からアフロディテを選びます。
アフロディテは自分を選んでくれた見返りとして、ギリシアでいちばんの美女ヘレネをパリスに与えました。
ところがヘレネはスパルタの王メネラオスと結婚している人妻でした。妻を奪われたメネラオスは怒り狂い、ヘレネを奪還するために遠征軍を組織してトロイへと向かいます。対するトロイも数々の英雄を呼び寄せ、これを迎え撃つことになりました。
こうしてトロイ戦争がはじまります。戦いは10年も続きましたがなかなか決着はつきません。
そんなある日、遠征軍の一員であるオデュッセウスはひとつの作戦を考案します。それは人間を隠し入れた大きな木馬を贈り物としてトロイに運び込み、トロイの町を内側から攻撃するというものでした。
果たしてこの「トロイの木馬」作戦は成功します。トロイの人々は敵からの贈られた大きな木馬を町の中に運び込み、勝利を確信して祝宴を開くとやがて眠りにつきました。遠征軍の人々はこれを好機と木馬の中から姿を現し、油断してぐっすり寝ていたトロイの人々に攻撃を仕掛けたのです。
こうしてトロイ戦争は遠征軍の勝利で幕を閉じました。スパルタの王メネラオスは妻のヘレネを取り戻し、各地を放浪した後に故郷に帰るとヘレネとともに幸せに暮らしたということです。
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このギリシア神話は本当に起きた出来事なのでしょうか? それともただの神話でしょうか?
長い間、トロイ戦争は神話の中の出来事だと考えられていました。しかし19世紀後半、この物語が何らかの事実を元にしたものではないかと考える男が現れます。ハインリッヒ・シュリーマンです。
シュリーマンはアメリカ副領事フランク・カルヴァートの研究をもとに、アナトリア地方(現在のトルコ)にあるヒッサリクの丘こそがトロイの町のあった場所ではないかと考えます。
1870年4月、シュリーマンはヒッサリクの丘の発掘を開始し、1873年6月にトロイの遺跡を発見しました。黄金の杯、王冠、首飾りなどの遺物を見つけたのです。
ところがシュリーマンは発掘にあたって重大なあやまちを犯してしまいます。ホメロスが叙事詩に記した時代のトロイを見つけ出そうとするあまり、遺跡の一部を破壊してしまったのです。
トロイの遺跡は非常に複雑な構造をしています。トロイの町は紀元前2500年~ローマ時代までの長い期間使用され、町の上に町が築かれ拡大していったため、遺跡も9層に分かれる構造をしていました。
シュリーマンは紀元前2000年以降の遺跡部分を破壊してしまいました。彼自身は深く反省したものの、ギリシア期以降の遺跡がどのような構造であったのかはわからなくなってしまいました。
その後の研究で、9層に分かれた遺跡のうち、伝説のトロイ戦争の舞台となったのは第7層(紀元前1275年~紀元前1100年)にあたる遺跡だと判明しています。
シュリーマンの後もトロイの発掘研究は続けられ、考古学者デルプフェルトらによって多くの研究成果が発表されました。
不正プログラム「トロイの木馬」とギリシア神話
最後に、ギリシア神話に登場する「トロイの木馬」がコンピューターの不正プログラムの名前となった理由をご説明しましょう。
スマートフォンやパソコンに感染し悪さをする「トロイの木馬」は、「マルウェア」と呼ばれる悪意のあるソフトウェアの一種です。
「トロイの木馬」は普段、画像や文書ファイル、スマートフォンのアプリなど、私たちが好みそうなデータやプログラムに偽装されています。私たちがこれらの情報をスマートフォンやパソコンなどに保存してしまうと、たちまち「トロイの木馬」に感染してしまい、個人情報などを盗み取られてしまうのです。
「トロイの木馬」という名前は、この不正プログラムが「私たちが好みそうなデータやプログラムなどに偽装されている」という特徴に由来します。
私たちユーザーに危険を気付かせぬまま密かにダウンロードさせてしまう仕組みが、かつてギリシア神話でトロイの人たちが兵士の入った大きな木馬を町の中に運び込んでしまった故事によく似ていることから、この不正プログラムに「トロイの木馬」という名前が付けられました。
トロイの人たちが大きな木馬を町の中へ運び込むべきではなかったように、現代の私たちもスマートフォンやパソコンのセキュリティ対策をしっかりとした方がよさそうです。
トロイ戦争はただの神話のできごとではなく、かつて本当に起きた戦争でした。同様に、不正プログラムの「トロイの木馬」もただの噂話などではなく、本当に起き得る脅威なのです。