忍者は様々な技で敵の目を欺き、攪乱し、情報収集や破壊工作を行う存在でした。敵と戦うことを仕事としていたわけではないため、彼らは基本的に軽装で、携帯する武器や道具も小さいものが好まれたようです。しかし、忍者はそれらの武器や道具を巧みに使い、時には自分の身ひとつでも任務を遂行できるよう、「忍術」と呼ばれる実用的な技を身に着けていました。
では仮に、忍者が「相手を倒す」ことを目的として行動したとすれば、どこまでの戦えたのでしょうか。ここでは、『図解 忍者』(山北篤 著)を参考に、城の見張りや大名、忍者以外の軍勢を相手とした場合を想定し、その可能性について論じてみます。
目次
見張り vs. 忍者。どの忍術で攻める?
まず、城の見張り対忍者の場合はどうでしょうか。忍者が活躍した頃の城には、昼夜問わず見張りが立っていたことでしょう。忍者が城に潜入する際は、彼らを倒すことより、見つからないことの方が重要です。そんな時に役に立った忍術が、入堕帰の術(いりだきのじゅつ)と拓機の術(たくきのじゅつ)でした。見張りを始めた最初の頃は、ちゃんと見張ろうという気持ちが入っている(入)。しかし、いつまでも緊張を続けることはできない。だんだんと怠惰になっていく(堕)。そして、見張り時間の終わり頃になると、早く交代にならないかとそればかり考えるようになる(帰)。
そして、入の時は止めて、堕と帰の時に潜入すると成功しやすいというのが、入堕帰の術だ。『図解 忍者』p.163
こうして、タイミングを見つけたら、その時を選んで素早く潜入しなければならない。これを拓機の術と言う。『図解 忍者』p.163普段、わざわざ見張りと戦わずに忍者が潜入するのは諜報などの任務を遂行するためであり、相手が強そうだから、というような理由ではありません。見張りのいるような場所で騒ぎを起こしてしまっては、諜報活動ができないからです。
しかし、今回の目的は「相手を倒す」ことです。
上記2つの忍術を応用して見張りの目を欺き、城内へ潜入するのではなく相手の背後か死角をとったとしましょう。それが成功したということは、相手は交代の時間を気にしすぎて油断している状況と言えます。相手がよほどの手練れでもない限り、負けはしないでしょう。
つまり、油断はそれだけ弱点になりやすいということです。忍者が見張りに勝てるかどうかは、相手が油断したタイミングで攻撃を仕掛けることができるか、という点が重要になると思われます。
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大名 vs. 忍者。忍術は暗殺に役立つか?
次に、大名対忍者ではどうでしょうか。忍者が大名を倒すシチュエーションとして、時代劇などでも時折見かける「暗殺」を例にしてみます。実際どうしていたかはともかく、時間帯は人目につきにくく、大名が寝室にいるだろう深夜にしておきましょう。
ということで、まずは城内の大名の寝室まで忍び込まなければなりません。
城に忍び込むのは難しいと考える読者もいるだろうが、実は城への忍び込みは、普通の屋敷への忍び込みよりもかえって易しいことすらある。『図解 忍者』p.160
城は、軍(つまり多人数の集団)の攻撃と進入を防ぐための建造物だ。このため、忍者のような、1~3人くらいで潜入しようとする者を阻止するようには作られていない。『図解 忍者』p.160忍者にとって、城への潜入は決して不可能なミッションではなかったようです。しかし、何も考えずに城壁を登り始めては、あっという間に発見されてしまうでしょう。そんな時に役立ったと思われる忍術が、物見の術(ものみのじゅつ)です。
戦争中でもなければ、夜に全ての矢狭間に貼り付けるほどの数の見張りが起きているわけではない。このため、見張りは移動して矢狭間を見て回るくらいしかできない。つまり、ある瞬間に、誰も見張っていない矢狭間が出てくる。その隙を突いて、矢狭間に足をかけて壁を登ってしまう。『図解 忍者』p.160この場合の矢狭間(やざま)とは矢を射るために城壁に開けた穴のことで、内側から外をうかがうこともできます。物見の術とは、忍者が偵察を行い、潜入しやすい死角を本番前に見つけておく術です。
城に忍び込み、うまく目的の寝室までたどり着ければ、大名の暗殺まではあと一歩ですね。ここまで来れば、もはや忍者の勝ちのようにも思えるでしょう。
しかし、実際に暗殺できたかというと、そのような話は歴史になかなかでてきません。本当に忍者による暗殺がなかったのか、歴史に残っていないだけなのか、どちらなのでしょうか。
例え城内に忍び込めたとしても、相手は一国の主です。ここで論じた以外にも、忍者にとって障害となるものが沢山あったかもしれません。
真相は闇の中……ということで、大名対忍者は引き分けにしておきましょう。
足軽の軍勢 vs. 忍者の軍勢。忍術で有利になる?
戦国時代、同人数の忍者と足軽の大軍が対戦したとします。両軍が相対するまでに各々の領地からの進軍があり、衝突までには距離があります。そのため、いきなり接近戦にはなりません。とはいえ、普段は正面きっての戦闘を避けるのが忍者です。合戦場に敵軍が現れてから正々堂々と戦うよりも、もっと得意な戦法があるのではないでしょうか。そこで一計。戦いの場は合戦場、という考え方を捨てます。卑怯と言われようとも、忍者は忍者が得意とするフィールドで敵と戦えば良いのではないでしょうか。ここで役に立ちそうなのが、撒菱退き(まきびしのき)という忍術です。
創作物や時代劇で、忍者が逃げるときにトゲのある物体をバラ撒き、追っ手が怯んだり、踏み抜いて痛がっているシーンを見たことはないでしょうか?
当然のことながら、目の前で撒菱を撒かれて、そこに何も考えずに突っ込んでいくような間抜けは、戦国の世で長くは生きられない。忍者がひとつかみで投げられる撒菱など、せいぜい十数個だ。そのくらい、たかだか2~3m迂回すればすむことなのだ。『図解 忍者』p.156本来、撒菱を使ってほんの少し時間を稼ぎ、逃げるための術でした。しかし、実際は別の使い方をしていたようです。
実際の撒菱の用法は、予め撤退路に撒いておき、そこに踏み込んだ敵に踏み抜かせるという地雷原的な使い方が主流だった。昼間ならまだしも、夜の道に落ちている撒菱はほとんど見えないので、知らずに踏み込んだ追っ手は、撒菱を踏み抜いて足を止められてしまう。『図解 忍者』p.156というわけで、夜、敵の野営地の周囲に撒菱をそっと撒いていきます。できるだけ少人数で行いますが、一掴みで撒くわけではないので少し多めに撒きます。もちろん範囲が広いので、素早く、手分けして撒くことができればより効果的でしょう。
ただし、ここで敵に発見された場合、作戦失敗となる可能性が高いです。
準備ができたら、何とか敵軍を攪乱し、パニックに陥らせます。潜入を特に得意とする忍者がいれば、野営地に忍び込ませて兵糧を焼いたり、敵の大将などが陣幕を張っているならそれにも火を放ったり、大きな音を立てたりすると良いのではないでしょうか。このときは、火遁の術のひとつである百雷銃退(ひゃくらいじゅうのき)という忍術が役に立ちそうです。
百雷銃とは、一種の爆竹で、火縄で幾つも結ばれており、火を付ければ、次々と破裂音が鳴り続ける。もちろん、音がするだけで、銃としての効果は全くない。敵軍が上手くパニックを起こし、野営地から逃げようと撒菱を踏んでくれれば、外で待ち構えていた忍者が攻撃を加えるチャンスが訪れるでしょう。例え敵が野営地から出てこなくても、兵糧を全て焼けば敵軍の戦意喪失につながり、そのまま撤退してくれるかもしれません。
しかし敵は、銃による待ち伏せだと考え、身を隠すので、かなりの時間が稼げる。もちろん、忍者はその隙に逃げてしまう。
この技は、物陰などがあって、銃から身を隠せる場所で行うと有効だ。『図解 忍者』p.136
しかし、これはあくまでも、忍者の軍が敵軍の野営地の場所を知っていて、忍び寄って準備することにも、潜入してパニックを起こすことにも成功した場合の話です。同数の軍として正面から対戦するシチュエーションになれば、やはり戦闘を仕事にする足軽に軍配が上がりそうです。
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