イラスト:fouatons
☆ポルタ文庫2020年2月17日刊行「フルーツパーラー『宝石果店』の憂鬱」の作者、江本 マシメサ先生による書下ろし番外編です☆
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幸せは、春のイチゴと共に
人通りが少なく地味な裏通りに、フルーツパーラー『
店主は、銀縁眼鏡をかけ、前髪をきっちり七対三の割合で整えた、端正な顔立ちの男性である。
彼の名前は
私は、そんな守屋さんが作る果物を使ったスイーツの虜になってしまった客のひとり。
今日も、仕事で疲れた体を引きずって、フルーツパーラー『宝石果店』へ赴く。
桜の花が、はらり、はらりと散っていく。もうすぐ春も終わるのか。そんなことを考えている間に、お店に到着した。
「いらっしゃいませ」
守屋さんはブリザードとまでは言わないが、真冬の風を思わせる冷気をまといながら声をかけてくる。接客が得意なタイプではないのに、カフェを開いている理由は、果物への愛だろう。
「この前食べたパフェがおいしかったので、また来ちゃいました」
「ありがとうございます」
温度のないありがとうございますを口にしながら、窓際の席へ導いてくれた。
「こちらが、本日より三日間限定のイチゴを使ったメニューになります」
「わー!」
タイミングによって限定メニューもあるなんて。余計に、通わなければならないお店だろう。
イチゴプリンに、イチゴマフィン、イチゴスコーンに、イチゴトースト、それから、イチゴ飴。
「え、イチゴ飴!?」
「お祭りのときに売っているような、生のイチゴに飴を絡ませたものになります」
「だったら、それをください」
飲み物はちょっと体が冷えているので、ホットイチゴミルクにした。
それにしても、まさかイチゴ飴があるとは。子どもの頃、お祭りでよく食べていた。なんとなく、食べたいと思いつつも、やはり大人になったら恥ずかしくなって買えない。まさか、ここで食べられるとは思いもしなかった。
「おまたせしました」
ピンク色の可愛いホットイチゴミルクには、ホイップクリームが絞ってある。
イチゴ飴は串に刺さっていて、お祭りでおなじみの状態で運ばれてきた。
「可愛い! 最高!」
そんな言葉を口にしつつ、許可をもらって写真を撮らせていただく。
「そういえば、なぜ、イチゴ飴をメニューに入れようと思ったのですか?」
質問に対し、守屋さんは眼鏡のブリッジを押し上げながら答えた。
「私が個人的に、食べてみたかったからです」
なんでも、お祭りのフルーツ飴の屋台は、子どもや女性しか買っておらず、近寄りがたい空気が漂っていると。食べたい、しかし、買えない。
毎年、涙を呑んでいたのだという。
「お祭り、毎年行っていたのですね」
「前に勤めていた会社の話なのですが、お祭りの日は、会社の前の通りを閉鎖して開かれていたので。帰宅のさいは、そこを通らなければならず……」
お祭りに行くイメージがなかったので、なるほどそういうことかと納得してしまう。
「私も、子どものときにはよく食べていたのですが、大人になってからは恥ずかしくて買えなくて。だから、今日、食べられるので嬉しいです」
「お祭りの味と、同じだといいのですが」
さっそく、いただく。小粒のイチゴなので、パクリと一口で食べた。
表面の飴は薄く、パリパリ剥がれていく。中のイチゴは甘酸っぱくて、飴と一緒に食べるとほどよい甘さになる。
これぞ、イチゴ飴! といった感じの、懐かしい味わいだった。
守屋さんがじっと観察するように見つめていたので、お祭りの味だと伝えておく。
それを聞いて満足したのか、お店の奥へと引っ込んでいった。
ホットイチゴミルクは、優しい甘さと、フレッシュなイチゴの風味を感じた。春にしか味わえない、特別なホットミルクだろう。
はあーと、幸せなため息を零していたら、守屋さんが大粒のイチゴを持ってきてくれた。
「これは、なんですか?」
「試食です。福岡県で栽培されている、“あまおう”という品種です」
「甘い、王様ですか?」
「正式な由来は、赤い、丸い、大きい、うまいの頭文字を取ったものですね。もちろん、甘いイチゴの王様になれるように、という願いも込められていると思いますが」
「なるほど」
たしかに、うっとりしてしまうほど赤くて、丸くて、大きい。うまいかは、今から確認できるだろうが――ちょっとだけためらってしまう。
「どうかしました?」
「私、明後日歯の定期検診で。甘い物ばかり食べて、大丈夫かなと」
「心配ありません。イチゴには虫歯菌の増殖を抑える、キシリトールが含まれているのです。新鮮なイチゴを食べたあと、歯を磨けば、むしろ歯の健康のためになります」
「そうなのですね!」
さすが、フルーツマニア! 果物を食べなければならない理由を、よくご存じだ。
イチゴはキシリトールを含んでいるというので、遠慮なくいただく。
「――っ、甘い!」
あまおうは名前の通り、赤くて、丸くて、大きくて、うまかった。
ふたつあったあまおうを、続けてパクパクと食べてしまった。
「本当に、おいしかったです」
守屋さんにそう伝えると、眼鏡のブリッジを指先で押し上げ、満足げな表情で頷いていた。
幸せな気分で、フルーツパーラー『宝石果店』を出る。
次は、いつ行けるのだろうか。そんなことを、考えながら家路に就いた。
フルーツパーラー『宝石果店』の憂鬱
著者:江本 マシメサ
イラスト:fouatons
定価:本体650円(税別)
フリーのネイリストとして毎日奮闘している里菜、二十六歳。
親友の麻衣と、彼女の恋人のことで言い争いをしてしまい落ち込んでいた日の仕事帰り、裏通りで一軒のフルーツパーラーを見つける。
無表情でクールな眼鏡店主の守屋は、フルーツのことになると突然饒舌になる大のフルーツマニア。
そのうえなぜか法律に詳しく、麻衣が巻き込まれそうになっているトラブルに、法的な問題があると指摘。里菜は事態を打開するヒントを得て─。
美味なるスイーツで客の心を癒す『宝石果店』は、憂鬱なお悩みも解消してくれる!? フレッシュで甘いお仕事ラブコメディー!