イラスト:ショウイチ
☆ポルタ文庫2020年1月20日刊行『まなびや陰陽 六原透流の呪い事件簿』の作者、硝子町 玻璃先生による書下ろし番外編です☆
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カラオケ店の個室
捜査一課所属の刑事、
そんな彼からの突然の誘いは、こんなものだった。
「笠井さん、可愛い女の子たちと合コンしたくないっすか?」
ちなみに笠井は既婚者であり、保村もそれを知っている。なのに、合コンに誘ってくる。上司の家庭を滅茶苦茶にする気か。正義感と優しさはどこに行った? いや、以前なら喜んで頷いていたが、それがバレて妻に拳を叩き込まれた前歴がある。次にやらかしたら命が危ない。
冷や汗を流しながら固まっている笠井に、保村は付け加えるように言った。
「別に笠井さんはその場にいて呼吸だけしてくれりゃOKなんで」
「ん? ということは俺は単なる数合わせか……てか、何で俺? 俺より適任者はわんさかいるだろ」
「先生が笠井さんならあまり説明しなくても参加してくれるだろうから都合がいいって」
「ああ、あの人が……」
保村が先生と呼ぶ人物は一人しかいない。しかし、この件に彼が絡んでいることを笠井は疑問に思う。『彼』は異性には興味がないはずだった。現に保村も何度か合コンに誘って断られているらしい。
なので、この合コンには必ず何かがある。笠井はそれをもっと深く、真剣に考えるべきだったのだ。にも拘わらず、あの『陰陽師』が合コンに参加するということに興味が抑えられず、笠井はついつい首を縦に振ってしまっていた。
その結果、自分を含めた男三人しかいないカラオケ店の個室で、笠井は自らの選択を盛大に悔いていた。
「すみません。あなたなら僕の仕事を知っているから、協力してくれるかなと思いまして」
そう言いながら表情一つ変えず、注文したアイスティーを飲んでいるのは現代に生きる陰陽師、
どこにでもいるような地味で平凡な見た目の青年だが、その界隈では正真正銘の『本物』だと噂されていた。
「……昔、この辺でバスとトラックが正面衝突する事故が起きたのを知ってますか?」
「当然ですよ。確か、バスの運転手と前の座席に座っていた女性三人が亡くなったんだったか……」
「その三人はカラオケ店に向かう最中でした。こんな風に、合コンをする予定だったので」
室内の気温が二、三度下がった気がした。笠井がちらりと保村へ視線を向けると、何故か顔色を悪くしながらずっと壁の方を凝視している。
考えてみれば、最初から違和感はあった。六人は座れそうな広々とした個室で、どうしてか自分たちは横に一列になるように座っていた。保村が「もうすぐ相手の子たちも来るので」と言っていたが……。
本日の合コンと、事故の話。無関係であってくれと笠井は切に願った。呪いなんてものに興味を持ち始めたせいで、幽霊の存在を少し信じかけているのだ。
「む、六原先生、それで今日の仕事っていうのは……」
「あれ? 刑事さんから何も聞いてないんですか?」
「え……?」
「え?」
会話が噛み合っていない。すぐにその原因に気付いた六原は、壁を見詰めたまま動かない保村に声をかけた。
「刑事さん、何て説明したの?」
「その場で呼吸だけしててくださいって言いました」
「呼吸……」
つまり、実質説明ゼロである。
「……それを伝えておいてくれればいいか」
「いいんすか?」
「うん、下手に動いて取り憑かれて殺されたら大変だし」
「まぁ、大変すね……」
「六原先生? 今、物騒なことを……」
笠井の声を遮るようにドアが大きく開き、勢いよく閉まった。おかしいと笠井はすぐに気付く。店員や部屋を間違えて入ろうとした他の客はいなかった。
なのに、どうしてドアが開くのか。
「……この部屋、事故で亡くなった人たちが合コンをする予定だった部屋なんです」
六原の声を聞いているだけで寒くなる。笠井は身震いを起こした。
「それ以降、どういうわけか複数の男性客で入ると奇妙なことが起こるようになりました。今みたいにドアが勝手に開いたり閉まったり……歌っていると声が高くなって女性のようになり……段々苦しみ出して『痛い、苦しい、死にたくない、どうして、どうして……』と口走り……」
「…………………」
「…………………」
笠井も保村も黙って六原の話を聞いていた。いや、喋ることが出来ない、と言った方が正しいか。
ドアが開閉した後からカラオケの画面がずっと点滅している。
女性が付けるような香水の香りが漂っている。
カツン、カツン、と部屋を歩き回るような足音が聞こえる。
様々な現象が発生していた。
「そんなわけでこの店の店長から何とかして欲しいと依頼を受けまして」
「俺と笠井さんはそのための餌っすね。まぁ、先生にはいつも協力してもらってるんで、その礼として死なない程度に頑張りましょう」
「保村、お前いつもこういうのに付き合ってるの?」
「こんなんで心折れてたら、この人と一緒にいられないんで」
保村はやけに穏やかな声で告げた。いや、しかし。
「何でお前さっきからずっと壁の方向いてるんだ……?」
「………………考え事を」
「嘘つくなよ。お前見ちゃいけないモンが見えてるんじゃ……」
「見えてません。俺は断じて何も見えてません」
「………………」
保村のことがこんなにも信頼出来なくなる日が来ようとは。心を閉ざしてしまった保村に言葉を失っていた笠井は、あるものを目撃した。
六原が鞄の中から数珠やら札やらを取り出している。
その様子を笠井がじっと見ていると、六原は珍しく楽しそうな笑みを浮かべた。
「何だか
仕事以外ではなるべくこの人と関わらないようにしよう。笠井は心にそう誓ったし、こんな相手と割と上手く関係を築いているらしい保村に、尊敬と同情の念を寄せた。
『まなびや陰陽 六原透流の呪い事件簿』
著者:硝子町 玻璃
イラスト:ショウイチ
定価:本体650円(税別)
刑事×陰陽師が呪いを浄化!?
幽霊の姿が見えることを周囲に隠している刑事の保村恭一郎は、呪いによる殺人が可能だと信じる先輩刑事の笠井に連れられ、六原透流という男に会いにいく。
業界では知る人ぞ知る陰陽師らしいが、普段は陰陽道講座で講師を務める六原は、意見を求められると「呪殺はできない」と答えた。
がっかりする笠井だったが、頼りない風貌をした六原の“実力”に気づいた保村は、この世ならざるものの力が関与しているとしか思えない不可解な事件の捜査に、六原を協力者として引っ張り込むことにするのだが……。
歯に衣着せない若手刑事×掴みどころのないおっとり陰陽師による、人と怪異の物語。