イラスト:pon-marsh
☆ポルタ文庫2020年1月20日刊行『あやかしアパートの臨時バイト 鬼の子、お世話します!』の作者、三国 司先生による書下ろし番外編です☆
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夜雀はふわふわ
その日、
しかしコンビニに向かう道すがら、「チッチッチッ」と鳥の鳴き声のようなものが聞こえ、ふと足を止める。
(夜なのに鳥?)
眼鏡の奥で目を凝らし、周囲を見回すが、暗くて鳥の姿は確認できなかった。
「チッチッ」
(雀の鳴き声に似てるけど……)
夜に雀が鳴くなんて珍しいな、なんて思いながら、葵は再び歩き始める。
けれど五分ほど歩いても、雀の鳴き声は消えなかった。まるで葵の後をついて来ているかのように、近くでずっと聞こえているのだ。
「チッチッチッ」
「追いかけて来てる? な、何だか怖くなってきた……」
葵は思わず独り言を呟くと、目の前に見えているコンビニに急ぐ。可愛い雀の鳴き声でも、夜に後をつけてくるという奇妙な状況では、少し怖くなってしまう。
明るいコンビニの店内に入るとホッとしたが、コピーを取って宵月荘に帰る道中でも、雀の鳴き声は葵を追いかけて来た。
(私、雀に何かしたかな?)
追いかけて来ているのは雀の霊なんじゃないかと、非現実的なことを考える。だけど妖怪もいるのだから、動物の霊だっていてもおかしくない。
(雀をいじめたりなんてしてないけど……。もちろん殺したりも)
けれど知らぬ間に、何か恨みを買っていたのだろうか?
「チッチッチッチッ」
「……!」
追いかけて来る雀の鳴き声がだんだん激しくなってきている気がして、葵はついに走り出した。
宵月荘に着くと、息を切らせながら階段を上り、二階にある自分の部屋に向かう。雀の鳴き声はまだついて来る。
「はぁ、はぁ……」
しかし葵が自分の部屋に入ってドアを閉めると、やっと鳴き声は聞こえなくなった。
――かと思えば、今度は窓の外から「チッチッチッ」と声がしてくる。
「ひっ!」
葵はビクッと肩を震わせ窓から離れる。鳴き声は近い。ベランダにいるのだ。
「か、要さん……」
誰かに助けを求めようとして、葵は真っ先に隣人の姿を思い浮かべた。鬼である要なら、雀の霊くらい追い払ってくれそうだ。
「でも夜だしな……。それに猛くんがもう寝てるかもしれないし、チャイムを鳴らすと起きちゃうかも……」
相手にとって迷惑なのではと考えてしまった葵は、こんな状況でもちょっと迷う。けれどまだ鳴き声は聞こえているし、このままでは怖くて部屋にいられないので、結局部屋を訪ねることにした。
「要さーん……」
外廊下に出て、要の部屋の前で小さく呼びかける。寝ているかもしれない赤ん坊の猛を起こさないように。
しかしこれでは要も気づいてくれないなと思ったところで、目の前の扉がガチャリと開いた。
「どうした? 葵」
出て来たのは、猛を抱いた要だ。
「でぅ」
猛もまだ起きていて、葵を見るとこちらに軽く手を伸ばしてきた。
「呼んでおいて何ですけど、あんな小声でよく気づきましたね。そして猛くんもまだ起きてたんですね」
「寝かしつけしてたけど、昼間よく寝たからか全然寝ねぇ」
要はちょっとだけうんざりして言う。
「でもよかったです。実はちょっと助けていただきたいことが……」
「任せろ」
葵が言い終わらないうちに、要はきらりと瞳を輝かせて答えた。普段、猛のことで葵に助けられることが多いからか、逆に頼られるのは嬉しいらしい。
「それで何があったんだ?」
「実は……」
葵は雀のような鳴き声が家までついて来たことを話して、要に部屋に来てもらった。
と、要や猛が入って来た途端、雀の鳴き声はぴたりと止んだ。黙ってこちらをうかがっているような雰囲気だ。
後をついて来た〝何か〟がベランダにいると思う、と葵が言う前に、要は猛を片腕で抱いたまま一直線に窓の方へ向かう。
そしてカーテンと窓を勢いよく開け、外にいた〝何か〟に向かって凄んだ。
「てめぇ、葵に何の用だ」
「あじゅ!」
ついでに猛も相手を睨む。
「チュッ……!」
しかしベランダの柵の上にとまっていたのは、黒いけれどふわふわで可愛らしい雀だった。強い要が凄むほどの相手ではない。
黒い雀は、どうも霊ではなくてちゃんと実体があるようだった。それに近くで見るとちっとも恐ろしくない。小さくて、丸い瞳もつぶらで可愛いと葵は思った。
「
「はい……」
要が正体を言い当てると、黒い雀は小さな体を震わせながら素直に答える。強い鬼である要が怖いようだ。
「喋れるんですか?」
驚く葵に、要が「こいつは妖怪だ」と説明する。
「妖怪……そうだったんですか」
正体が分かると葵は少し安心した。葵にとっては、今や幽霊より妖怪のほうが身近で怖くない存在になっているのだ。
「でも、どうして私の後を追って来たんですか?」
葵が尋ねると、夜雀はふわふわの翼をパタパタと二度はばたかせて答える。
「噂で、あなたが妖怪の子守りをしてくださると聞きましたので! ぜひうちの子も預かってくれないかと頼みにきたのでチュ!」
「チュ……」
思わず真似して呟く葵。五人の子の父親だという夜雀は続けた。
「私たちは他の妖怪のように人間社会に紛れるのではなく、雀社会に紛れて、普通の雀のように生きているのでチュが、一昨日の大雨で大事な巣がボロボロになってしまったんでチュ。それで妻と一緒に直そうとしているのでチュが、その間、まだ雛鳥の子供たちをどうしようかと困っていたんでチュ! それであなたに預けたいと思ったのでチュ」
「だったら普通に声をかけてくださればよかったのに。鳴きながら後をついて来なくても……」
夜道で雀に声をかけられたらそれはそれでびっくりするが、すぐに妖怪だと気づけるので、意外と怖い思いはしなかったかもしれない。
葵の言葉に、夜雀は申し訳なさそうに返す。
「人間を脅かすのが私たちの性分でして……チュみません。あなたが怖がってくださるので楽しくなってしまって」
「まぁいいですけど」
正直すぎる夜雀の言葉に複雑な思いはあるが、夜雀が困っているのは本当のようなので、葵は結局子供たちを預かることにしたのだった。
そして翌日、さっそく五羽の雛たちがやって来た。要も猛を連れて葵の部屋に来ている。
「ふわふわ~!」
ピチュピチュとさえずる黒い雛たちを両手の上に乗せ、葵は感嘆の声を上げた。
雛たちはまん丸で、ふわふわモフモフで、とにかく可愛い。
「軽い! 温かい! 可愛い~!」
すると、座布団の上で仰向けに寝ていた猛が面白くなさそうな顔でこちらを見てくる。
「ブーッ!」
「あ、もちろん猛くんも可愛いよ!」
葵は慌てて猛の機嫌を取る。一方、要は呆れたように言う。
「葵は人が良過ぎる。あの夜雀は金なんて持ってねぇから、子供を預かってもただ働きだぞ」
「夜雀のお父さんは、雀を餌付けしている家を知ってるから、そこから米粒を持ってきてくれると言っていました。でも断りましたけど……」
葵は笑って言った。米を数粒貰っても困ってしまう。
「今回は一日預かるだけですし、可愛い子供たちとこうやって触れ合えて幸せなので、それでいいんです」
まだ人間の言葉は喋れないようで、夜雀の子供たちは「ピチュピチュ」「チュッチュッ」と鳴きながら、葵の手のひらの上で安心したように丸くなっている。
(今日はこのまましばらく動きたくない)
ふわふわな子供たちを優しく包むように持ちながら、葵はそんなことを思ったのだった。
『あやかしアパートの臨時バイト 鬼の子、お世話します!』
著者:三国 司
イラスト:pon-marsh
定価:本体650円(税別)
あやかしシッター奮闘中!
売れない漫画家の藤崎葵は、ある日突然、連載打ち切りの憂き目にあってしまう。
今後の家賃の支払いに不安を抱えていた葵だったが、駅で困っていた少女を助けたところ少女の知り合いの厚意で格安物件へ引っ越せることに。
ところがそこは、人間社会にまぎれて生きるあやかしたちが暮らすアパートだった!
引越し早々、隣室の鬼の青年・要が泣き止まない赤ん坊の猛(鬼の子)に手を焼いているところを救った葵は、子供が大好きな点と面倒見のよさを買われ、あやかし住人たちの子供の面倒を見るシッターのバイトを始める。
しかし、巷では幼い子供の誘拐事件が連続していて……!?