火や水、風、大地など、自然に関するものを司る神様は遠い昔から世界各地に存在しています。そこで今回はケルト神話、スラブ神話、インド神話、ハワイの神話、ギリシャ神話の中から、火の神にまつわるエピソードをご紹介しましょう。
目次
ケルト神話からキリスト教の聖人に 炎の神ブリギット
最初にご紹介するのはケルト神話の女神ブリギットです。
*ケルト神話の火の神ブリギットとは?*
・ケルト神話の女神。神々の父ダグダの娘で、2柱の異母妹とともに三相一体の女神とされる。
・炎の女神であり、農業、医学、詩作、出産、春、戦争なども司る。
・魔法の火鉢を持っている。3人の女神として描かれることもある。
・キリスト教の聖人にも取り入れられ、アイルランドのキルデア修道院創設者とされる。
・祝祭は2月1日。この日はケルトのインヴォルグ(春の祭典)でもある。
ブリギットの「ブリガ」とはケルト語で戦いのことです。その名の通り、ブリギットは戦女神であり、また農業、医学、詩作、出産、春など多くのものも司っています。
さらに、彼女は炎の神でもあります。魔法の火鉢を持つとされ、神殿(男子禁制です)には決して耐えることのない聖なる炎が燃やされ続けています。
ブリギットはケルトの女神でしたが、後にキリスト教にも取り入れられ、アイルランドのキルデア修道院を創設した実在の人物とされるようになりました。キリスト教ではブリギットの祝日は2月1日ですが、この日は元々ケルトのインヴォルグ(春の祭典)であり、春を司るブリギットの祭日だった日です。
スラブ神話の炎の神スヴァログとふたりの息子たち
ロシアなどに伝わるスラブ神話にも火の神がいます。天の神であり創造神の「スヴァログ」と、彼のふたりの息子「ダージボグ」「スヴァロジチ」です。
・ロシアの天の神であり創造神。かまどの神、火の神でもある。
・立ち込める暗黒雲の中で、稲妻の炎を灯して火を創造した。=太陽と火の創始者でもある。
スヴァログは創造神であると同時に、かまどの神・火の神でもあります。神話によると、スヴァログは立ち込める暗黒雲の中で稲妻の炎を灯し、火を創造したとされています。
彼にはふたりの息子がおり、それぞれ太陽と火を司っています。
・スラブ神話の太陽神、光の神、火の神。
・東の果てにある常夏の国の宮殿に住み、毎朝黄金のたてがみの12頭立ての馬車で天を一周する。
・月の神メーシャツと夫婦だという伝説もある。ふたりは春に結婚するが、秋になると翌春まで別れてしまう。夫婦が喧嘩をすると地震が起きる。
「ダジ」=与える、光、「ボグ」=神という意味で、その名の通り、ダージボグは光や太陽を司っています。寒いロシアでは太陽はとても重要であり、父神スヴァログよりも息子のダージボグの方が熱心に崇拝されていました。
ダージボグは大地の東の果てにある常夏の国の神殿に住んでいます。朝になると宮殿を出て、黄金のたてがみを持つ12頭立ての馬車で天上を一周して宮殿に帰ってきます。
また月の神メーシャツと夫婦だという神話もあります。春になるとふたりは結婚しますが、秋になると別れてしまい、また次の年の春に結婚するというのです。夫婦が喧嘩をすると地震が起きるという説もあります。
・スラブ神話の火の神であり軍神。
・父スヴァログと同一視されることもある。
ロシア語で「~イッチ」とは息子を意味します。つまりスヴァロジチはスヴァログの息子という意味です。
スヴァロジチは天から降りてきた火(雷で発生した炎)の神であり、軍神でもあります。しかしスヴァログやダージボグよりも影が薄く、地域によっては父神スヴァログと同一視されることすらあります。
インド神話からヒンズー教・仏教へ 火の神アグニ
続いてご紹介するのはインドの神話に登場する火の神ですが、その扱いは時代によってだいぶ異なるようです。
①インド最古の神話『リグ・ヴェーダ』(紀元前1500年頃)
・インドラとともに最も重要な神とされた。
・炎の髪、黄金の顎と歯、3枚または7枚の舌を持つ姿で描かれる。
・東の方角を守護していた。
②神話叙事詩『マハーバーラタ』(紀元前4世紀頃)
・三面三脚七腎の神として描かれる。
・東南を守護するようになる。
③その後~現在
・仏教に取り入れられ「火天」という名前で東南を守護するとされた。
・現在のヒンズー教では太った赤い肌の男として描かれる。
・インドラとともに最も重要な神とされた。
・炎の髪、黄金の顎と歯、3枚または7枚の舌を持つ姿で描かれる。
・東の方角を守護していた。
②神話叙事詩『マハーバーラタ』(紀元前4世紀頃)
・三面三脚七腎の神として描かれる。
・東南を守護するようになる。
③その後~現在
・仏教に取り入れられ「火天」という名前で東南を守護するとされた。
・現在のヒンズー教では太った赤い肌の男として描かれる。
「アグニ」とは火のことで、その名の通り、アグニは火の神とされています。
アグニの姿は時代とともに変わっていきました。インド最古の神話『リグ・ヴェーダ』(紀元前1500年頃)では、インドラとともに最も重要な神とされていましたが、神話叙事詩『マハーバーラタ』(紀元前4世紀頃)の時代になるとその地位は少しずつ低下していきます。現在のヒンズー教では太った赤い肌の男とされ、かつての輝かしさはすっかり失ってしまいました。
ライバルは雪の女神 ハワイの火の神ペレ
ハワイに住む火の女神ペレは激しすぎる性格をしていますが、ライバルの雪の女神ポリアフには弱いようです。
*ハワイの火の神ペレとは?*
・ハワイ島・キラウエア火山の女神。・カヒキ(タヒチ?)から移住してきたとされる。
・キラウエア火山は世界で最も活発に活動している火山で、その女神ペレも情熱的で激しい性格をしている。
・ライバルはハワイ島・マウナケア山の雪の女神ポリアフ。ふたりは何度も戦っているがいつもペレが負ける。
ハワイ諸島最大の島・ハワイ島には、世界で最も活発に活動しているというキラウエア火山があります。ペレはこのキラウエア火山の女神です。
キラウエア火山と同様に、ペレはとても激しく情熱的な性格をしています。自分好みの人間の族長が女の子と遊んでいると、ペレは美女に化けて現れ、気を惹こうとするという伝説がいくつもあるのです。
どの伝説もストーリーは同じで、最初は喜ぶ族長ですが、やがて美女が気まぐれで怒りっぽい性格をしていることから、ペレではないかと気付き、慌てて彼女を遠ざけようとします。しかし時すでに遅し。ペレの怒りで大地は揺れ、溶岩に焼かれて族長どころか村ごと全滅してしまうのです。
そんなペレにも弱点があります。それはライバルの雪の女神ポリアフです。ポリアフは同じハワイ島・マウナケア山の女神ですが、こちらは4000m以上もの高さがありスキーもできるほどの雪山です。ハワイの神話の中でふたりは何度も対決しますが、いつも溶岩が冷たく凍ってしまい、ペレが負けるとされています。
いつも人間の味方 ギリシャ神話の火の神プロメテウス
最後に、ギリシャ神話の火の神プロメテウスをご紹介しましょう。
*ギリシャ神話の火の神プロメテウスとは?*
・ギリシャ神話に登場する巨人。予言の力を持つ。・ゼウスの命を受け、泥土をこねて人間を創造した。
・人間に火を与えた罰で、カウカソス山に縛り付けられ毎日鷲に肝臓を食われ続けることに。
プロメテウスはギリシャ神話の中で、大神ゼウスの命令を受けて泥土をこね、神々の姿に似せて人間を創造したとされています。
彼はいつも人間の味方をしてくれます。神々と人間が捧げ物の分配で揉めた時、プロメテウスは牛を解体すると、つやつやと輝く美味しそうな脂肪とグチャグチャの胃袋とに分け、ゼウスに「好きな方をお取りください」と差し出しました。ゼウスは脂肪を選びましたが、実はこれはプロメテウスの策略で、脂肪の中身はただの骨で、胃袋の方に栄養たっぷりの肉がたくさん詰め込まれていたのでした。
このことから、神に捧げ物をする時には人間は肉を食べ、骨の方を神に捧げれば良いと決まります。ところがゼウスは怒り、骨を焼くのに必要な火を人間に与えようとしません。そこでプロメテウスはウイキョウの茎(中空になっています)に火を入れて盗み出し、人間に与えました。
夜になり人間たちが火を使っていることを知ったゼウスはたいそう怒り、プロメテウスをカウカソス山に縛り付けると、彼の肝臓を毎日鷲に食わせることにしました。プロメテウスは不死身なので、いくら肝臓を食われてもまた再生してしまい、苦しみ続けなくてはなりません。この責め苦はずっと後の時代に英雄ヘラクレスが弓矢で鷲を射落とすまで続いたということです。
世界各地に残る火の神の伝説たち。寒い夜でもこうした伝説を読めば、なんだか少しあたたかくなる……かもしれません。寒さに負けず、火の神の恩恵を受けたいですね。
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◇参考書籍
図解 火の神と精霊
著者:山北 篤
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