近頃人気のジャンル「悪役令嬢」ものですが、当時の爵位や世襲のしくみはどうなっていたのでしょうか? 今回は、悪役令嬢がいたかもしれない時代背景を解説します。
爵位の誕生は中世でした。ヨーロッパでは5爵位が広く用いられるようになり、公爵・侯爵・伯爵・男爵などの高位の貴族と、彼らに使える下級貴族が生まれました。
代々世襲で継いでいく爵位もあれば、一代限りの爵位もあります。世襲の場合は基本的に男性の継承に限られていました。
しかし、女性が爵位を継ぐことも稀に存在します。女性が爵位を継承するためにはどんな条件が必要だったのでしょうか?
爵位の成り立ちや継承について紐解きながら、上流階級のしくみをのぞいてみましょう。
爵位の構成は国により差異がありますが、現在も貴族制度が存続している英国貴族の制度を中心にご紹介いたします。
目次
悪役令嬢の時代背景①上流貴族と下級貴族、爵位のルーツとは
英国の貴族制度の起源はノルマン王国時代にさかのぼります。国王から領地を与えられた有力者たちが「召喚状」により会議に参加したことがはじまりです。英国では爵位の保持は当主一人に限定されています。このため相続人である息子は厳密にいうと、法的な貴族ではありません。こうした場合、父親が複数の爵位を持っている場合には、父親の2番目の爵位を名乗ることが通例です。
こうした貴族たちへの呼びかけは厳格なルールがありました。爵位を持つ当主だけでなく、夫人や息子・令嬢たちへの呼びかけも決まっているのです。貴族たちの教科書といえるマナーブックには詳細に記されています。
爵位の起源とともに、貴族社会のエチケットを確認してみましょう。
公爵の起源はローマ帝政末期の軍事指揮官にまでさかのぼることができます。貴族の中でも別格の序列の高さを持ち、呼びかける敬称も他の貴族とは別に設定されており◯◯閣下(ユア・グレース)のように用いられます。
現在のイギリス王室でも王室直系の王子たちには結婚と同時にこの公爵位が与えられることが多く、当然5爵位の中で最も保持している人の少ない爵位です。
侯爵の名称は、フランク王国時代に他民族と接する地域の統治を任された辺境伯が起源です。イギリスにおける侯爵位の創設は遅く、公爵・伯爵・男爵に次いで14世紀に設けられました。侯爵から男爵までは◯◯卿(ロード・〇〇)と呼ばれます。
伯爵はフランク王国時代の統治権のうち司法権を委ねられた伯が元になった名称です。一般に、公爵と伯爵が一番古い爵位だといわれています。伯爵位は、前出の公爵・侯爵とは段違いに爵位を保持する貴族の数が増えます。公爵位が30程度あるのに比べて、200近い伯爵位があるのです。しかし、20世紀後半になっても女性伯爵はそのうち5名しか存在しませんでした。
子爵は伯爵の裁判権や徴税権をサポートする役人「副伯」という役職が元になった爵位です。イギリスでの誕生は遅く、5爵位の中で一番最後で、15世紀にボーモント子爵に与えられたのがはじまりでした。
男爵は、中世初期に政治の中心部で重要な役職を務めた役人の称号から発生しました。後世になると、准男爵という称号も生まれ爵位は世襲で承継されますが、男爵と違い貴族院の議席は持っておらず厳密には貴族ではありません。
13世紀以降、貴族の内部階層が細分化されると下級貴族の称号もいくつか設けられました。イギリスで17十七世紀に創設された准男爵や、世襲制ではない一代限りの騎士もそのひとつです。
他方フランスでは5爵位の下にシャトラン(城主)や陪臣、盾持ち貴族などの称号が作られました。ドイツでは騎士をリッターと呼称します。またスペインでは戦士階層であったイダルゴも下級貴族とみなされました。
◎関連記事
悪役令嬢はどんな暮らしをしていたの? 社交界デビューから結婚までの流れを解説
錬金術師? それともペテン師? カリオストロ伯爵の生涯
悪役令嬢の時代背景②息子がいないと大ピンチ、爵位世襲の厳しいルール
世襲制度を用いるイギリス貴族社会では、家に嫡男を得ることが最大の関心事です。爵位は終身のもので、爵位を持つ人が亡くなると一番近い血縁の男子が継承することになります。貴族の嫡男はエア(継承者)と呼び、次男は俗な言い方ですがスペア(予備)と呼ばれました。
爵位ばかりか土地や財産も長子が大半を相続するため、次男三男の分け前は微々たるものでした。そのため、志のある次男以下の男性は学問や法律、経営の分野に活躍の場を求めることがありました。また、養子や非嫡出子には爵位の継承が認められません。
女性も普通爵位を継ぐことはできません。ある貴族に令嬢しか子供がいなかった場合、その爵位は父親が亡くなると、父の兄弟など血縁の男性へと受け継がれ、爵位や土地財産も親戚の元へわたってしまうのです。こうなると、後ろ盾のない令嬢は住み慣れた家をあけ渡さなくてはならないピンチに陥ります。
例外もあります。例えば、イギリスの爵位には創設時期の古い伯爵位や男爵位があり、こうした爵位には「特記事項」(スペシャルリマインダー)と呼ばれる記載があります。この記載があれば女性も特別に爵位を継ぐことができるのです。この他にも、古いスコットランドの爵位には女性が継承できるものもあります。しかし、全体的に見ると貴族令嬢の立場は男性に比べて弱いもので、家族の状況に左右されやすいものだと言えますね。
ライターからひとこと
爵位世襲の制度は複雑です。古い家柄の貴族では多くの爵位を持つことがありますが、爵位の継承の条件が一定でないこともあるため、次代では爵位が消滅してしまったり別の継承者の元へ爵位が渡ってしまったりということも起こり得ます。女性が継承できる爵位でも、令嬢に他の姉妹がいると権利は継げても爵位は名乗ることのできない休止状態におかれます。継承者が一人になるまでは、その爵位は使うことができないのです。こうした休止状態の爵位は、継承の条件を満たした時に、国王に申し立てを行うことで再び爵位を用いることができるようになります。中には400年以上の休止状態を経て復活した爵位もあるそうです。
◇参考文献
『図説 英国貴族の令嬢』村上リコ 著(河出書房新社)
『図説 英国貴族の暮らし』田中亮三 著(河出書房新社)
『歴史学時点〈第10巻〉』尾形勇 著(弘文堂)