近年、よく「悪役令嬢」という言葉を目にします。モーニングスターブックスから発売されたばかりの新刊『前世悪役だった令嬢が、引き籠りの調教を任されました』(田井ノエル)も、タイトルのとおり悪役(だった)令嬢が主人公です。
著者:田井 ノエル
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貴族の令嬢は、大邸宅の奥で使用人たちや教育係などに囲まれて育ちます。貴族に生まれついた幼い令嬢たちはレースやフリルに囲まれながら、貴婦人としての教養を身につける時期をすごすのです。
マナーやエチケットを学びながら、社交界へのデビューとロマンスを心待ちにする令嬢も多かったことでしょう。一人前のレディとなり、結婚そして母親として次の世代を産み育てるまで、彼女たちはどのような生活を送ったのでしょうか。
舞台は18世紀末から19世紀にかけてのイギリス。厳重に守られた邸宅の奥、貴族の令嬢たちの暮らしをのぞいてみましょう。
目次
大邸宅の2階が遊び場! 幼少期から少女時代にかけての悪役令嬢
髪を垂らし短いドレスを着た幼い姿の令嬢たちは、大人たちとは隔絶された屋敷のこども部屋で育ちます。幼少期から少女時代にかけて、彼女たちの勉強や食事の様子などをご紹介しましょう。
<幼少期>
① 貴族の大邸宅では、子どもは2階以上に設けられた「子ども部屋」で過ごすことが大半。子どもの過ごす場所は大人とはっきり線引きされている。
② 大人の領域と子どもの領域を区切る扉には、騒音を防ぐ扉が設置されていることも。
③ 子どもと親が接触する時間は短く、「こどもの時間」という区切りがあり、その時間だけは子ども部屋を出てお茶のテーブルに加わったり応接間に行くことも許された。
④ 「こどもの時間」に、子どもたちはドレスアップした。幼くても貴族として、シーンに応じた装いが求められた。
⑤ 使用人たちはいい遊び相手。キッチンや使用人部屋に入り込んで構ってもらうこともしばしば。トランプや手品を見せてもらうことも。
① 大人とは別々の食事。料理はこども部屋に運びこまれていた。
② ある日の献立
朝食:ミルク、ポリッジ、フレンチトースト、ベーコンひときれ
おやつ:きざんだリンゴ
昼食:ゼリー寄せのスープ、魚料理、もしくはチキン
お茶の時間:バター付きパン、フルーツのサンドイッチ、スポンジケーキ、ミルク
夕食:ミルクとバター付きパン
おやつ:きざんだリンゴ
昼食:ゼリー寄せのスープ、魚料理、もしくはチキン
お茶の時間:バター付きパン、フルーツのサンドイッチ、スポンジケーキ、ミルク
夕食:ミルクとバター付きパン
③ 味の良さよりも栄養と安全が優先されがち。毎食同じようなメニューも多かった。特にバター付きパンやベーコンやハム、ミルクプディングは定番。
<令嬢の少女時代>
① 7、8歳ぐらいまでは子ども部屋付き家庭教師(ナーサリー・ガヴァネス)から読み書き音楽の初歩的なことを学ぶ。
② 以降は、少し進んだ内容を教える家庭教師に教わり始める。内容は外国語(フランス語を中心に)地理、歴史やピアノや絵画まで多岐に渡る。
③ 10代半ばになると専門の教師が呼ばれ、社交界デビューのための総仕上げの期間になる。フランス語だけでなく、ドイツ語やイタリア語を教える外国語の教師が呼ばれることもあった。音楽やダンスは淑女の教養と呼ばれ、自己研鑽よりは社交会で役立つものとして捉えられていた。裕福な家庭では毎日代わる代わる教師を呼ぶ家もあった。
④ しかし、教養がありすぎるのも結婚に不利とされ、大学には貴族たちは令嬢を入れたがらなかった。
⑤ 上流の子女が通う学校もあった。仕上げ学校(フィニッシングスクール)と呼ばれており、寄宿制学校だった。学科とスポーツやピアノ・ダンスなどを学ぶことができる。ドイツ・スイスの有名な学校に令嬢を通わせることが、当時の貴族たちの間では一般的だった。
王宮での挨拶でデビュー決定、悪役令嬢たちの社交ライフ
10代の後半になると社交界へのデビューが近づきます。豊かな教養と礼節を身につけた令嬢たちは、華やかな舞踏会に繰り出す日を夢見るのです。
<令嬢の社交会デビューまで>
① 垂らしていた髪をアップにして、ドレスを長くする。一人前のレディと子どもの間には服装の面でも大きな違いがあった。
② 令嬢は17歳前の数ヶ月、親戚や隣人の屋敷を訪問し、地位のある人と面会したり小さな舞踏会に参加したりして、社交の経験を積み正式なデビューにそなえる。
③ 正式なデビューは宮廷用のドレスを身につけ、王宮で王・女王や王族たちに拝謁し、母親や親族の女性により紹介されて完了する。
<社交会デビュー後のある令嬢の1日>
午前
リネンやモスリンの服を着て散歩。
友人や姉妹と前夜の舞踏会について意見を交わし合う。
時には衛兵見物に出かけることも。
昼食 午後2時
午後用のドレスに着替えるのが必須。
午後
親や姉妹などと知り合いを訪問。
移動は馬車。徒歩で訪問して回るのは論外。
お茶の時間 晩餐前に夜用のドレスに着替える。
夕食 午後8時15分
舞踏会
午後11時開始
舞踏会では軽食が用意されている。
コンソメ・カツレツ・フルーツやコーヒーなどがテーブルにのぼった。
令嬢にはお酒は厳禁。レモネードやストロベリー・アイスクリームが人気。
帰宅 午前3時
リネンやモスリンの服を着て散歩。
友人や姉妹と前夜の舞踏会について意見を交わし合う。
時には衛兵見物に出かけることも。
昼食 午後2時
午後用のドレスに着替えるのが必須。
午後
親や姉妹などと知り合いを訪問。
移動は馬車。徒歩で訪問して回るのは論外。
お茶の時間 晩餐前に夜用のドレスに着替える。
夕食 午後8時15分
舞踏会
午後11時開始
舞踏会では軽食が用意されている。
コンソメ・カツレツ・フルーツやコーヒーなどがテーブルにのぼった。
令嬢にはお酒は厳禁。レモネードやストロベリー・アイスクリームが人気。
帰宅 午前3時
舞踏会はデビュタントと呼ばれる未婚令嬢たちにとって重要な催しでした。帰宅の時間は午前1時30〜午前3時まで幅がありますが、週に何度も参加するのはなかなかハードな催しです。
令嬢たちはシャペロンというお目付役を伴い散歩や舞踏会に出かけました。若い男性と親しくしすぎないように、監視の目が付いていたのです。舞踏会で同じ男性と3回踊ることもマナー違反とされていました。複雑なエチケットを上手に守るのが良い淑女の条件でもありました。
<ロマンス探しに舞踏会へ、恋の相手を品定め>
① 社交・舞踏会は結婚相手を見つけるために有用な場所
② 令嬢の恋の相手として最も有望なのは、見目よく長身、爵位を持っているか継承の予定があり、なおかつ財産のある男性。条件を満たす貴族の長男は希少
③ ゆえに、複数の男性をキープすることも普通だった
④ お目付役のお眼鏡にかなわなければNG
⑤ 令嬢たちの理想は、ロマンティックな恋に落ち、愛のある結婚すること!
⑥ しかし実際には、親の選んだ相手との結婚にがっかりしたり、身分違いの恋を諦めることも多々あった
婚約、そして結婚! 悪役令嬢から貴族夫人へ
<令嬢の結婚支度>
困難を乗り越えて、婚約へたどり着いた令嬢は何ヶ月もかけて準備を行いました。
嫁入り支度はトルソーと呼ばれ、これを立派に整えるのが貴族の令嬢たちの重大な関心事でした。その中身とはどんなものだったのでしょうか。
<トルソーの中身>
新婚旅行の衣装、舞踏会用ドレス、晩餐会用ドレス、茶会服、普段着用の晩餐服・午前服
ガウン・寝間着、外套、コルセットなどの下着類、帽子、ブーツ、服飾品や装飾小物
ハンカチ、タオルなどのハウスリネン類など
ウェデイングドレスもこのトルソーに含むことがある
嫁入り支度には、花嫁の父親の地位や収入で大きな差がありました。
裕福な令嬢はトルソーに2,000ポンドを費やしたと言われています。これは地主の年収ほどの大金です。一般市民の読む当時の雑誌では、30ポンドしか予算のない読者にドレスの生地を変えるように助言したり、それより裕福な100ポンド用意できる花嫁には、ドレスのほかに4ダースのハンカチやタオルを準備するようアドバイスしています。令嬢たちのトルソーがいかに豪華なものだったのかがわかりますね。
<令嬢の結婚>
① 新婚家庭の収入源は親の援助が大半だった。結婚が決まるとすぐに財産についての話し合いが持たれ財産分与が行われ、書面で詳細な取り決めがなされた。
② 令嬢たちは父親から持参金を持たされる。その利率が重要な収入だった。
③ 結婚の日取りは6、7月が一番人気で25%のカップルが挙式。キリスト教の暦で節制を求められる3月や、社交のハイシーズンの5月は人気がなかった。
④ 伝統的な結婚披露宴は昼食時間に行われた。時代が進むと午後の挙式も認められた。
⑤ 19世紀初めまで、ハネムーンは親戚の家を訪ねるのが一般的。2人きりでの旅行はさらに時代が進んでからのことだった。
⑥ 他家に夫婦として訪問し過ごす新婚旅行は、それまで生家で守られていた令嬢が、嫁ぎ先で貴族夫人になるための通過儀礼でもあった。
ライターからひとこと
こうして、令嬢から貴族夫人になった女性たちは、女主人として嫁いだ家で活動しはじめます。まず「嫡男を産むこと」がこの時代の貴族の女性にとって重要な役割でした。娘が生まれた時には自分の受けたのと同じように教育と教養を授け、一人前のレディに育て上げることに注力します。そして、今度は母親としてこれまで母や親戚たちがしてくれたように、娘の素晴らしい結婚のために奔走するのでした。
◇参考文献
『図説 英国貴族の令嬢』村上リコ 著(河出書房新社)
『図説 英国社交界ガイド』村上リコ 著(河出書房新社)
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