中世ヨーロッパ風の世界観を舞台に創作するなら、やっぱり実際の中世ヨーロッパの様子を参考にしたいもの。ですが中世の人々は現代人とは価値観が異なるため、全ての設定を史実と同じにすると書きにくくなってしまうことがあります。
今回はそんな「中世ヨーロッパでは当たり前だったけれど、ファンタジー世界観に盛り込むと自分が書きにくくなる設定」をまとめてご紹介しましょう。あなたは設定として採用しますか? しませんか?
目次
①ノミ・シラミだらけ 風呂にはあまり入らなかった
きらびやかなドレスに身を包む王侯貴族、質素ながらも清潔な服装をしている街や村の住人――ちょっと待ってください、それはRPGの世界だけの話かもしれません。
中世ヨーロッパでは自宅に風呂がある者は少なく、入浴する時は風呂屋まで行かねばなりませんでした。水の便の良い地方では風呂屋の数も多かったものの、農民などの中には入浴を惰弱な行為だと考える者がいたり、修道士のように入浴を贅沢な行為ととらえる者もいるなど、入浴が毎日の習慣になっていたわけではありません。領主の暮らす城塞ですら浴室が無いことも多く、クリスマスや復活祭などの行事の前に召使いにお湯を運ばせて腰湯に浸かる程度でした。
風呂屋の様子も現代日本の温泉とはだいぶ異なっています。
*想像と違う?! 中世ヨーロッパの風呂屋*
・入浴は朝行う。
・木桶で温浴、または蒸し風呂。
・都市の風呂屋では飲食・飲酒・賭博・洗髪や散髪のサービスを受けることも可能。
・瀉血や外科手術などの医療行為が行われることもあった。
中世ヨーロッパの風呂屋は、疲れを癒す場所というより身支度を整え、娯楽を楽しむための場所でした。しかし飲酒や賭博、売春が行われることもあり風紀が乱れたこと、また中世後期になると梅毒が流行るなどしたことから、風呂屋文化は次第に廃れてしまいました。
入浴以外に身を清めていた方法といえば、外出前に洗顔・手洗いをすること、歯磨きや行水を行うことなどです。
では衣服はどうだったかというと、一張羅も多く、毛皮の裏張りがある衣服は洗濯も行いません。結果的に髪や衣服にノミやシラミが繁殖することも多く、プロのシラミ取りが商売をしていたほどでした。
ノミに刺されシラミに悩む主人公――これではどんな物語も悲劇になってしまいそうです。
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②トイレの処理は豚任せ! 街にはゴミが散乱
残念なありさまだったのは風呂や洗濯事情だけではありません。トイレもまた酷いありさまでした。
農村では、トイレは家畜小屋で済ませて肥料にしたり、屋外で用を足すなどしています。
都市部では、領主の住む城塞にトイレ(ガルドローブ)が設置されはじめたのは11世紀頃のことです。出窓式で丸い穴が開いていて、排泄物はそのまま下の地面や堀・河川などに落ちて行きました。また庭がトイレとして利用されることもあります。
街の家々にも出窓式のトイレが設けられ、出たものはやはり道路に落下する仕組みになっていました。
排泄物はその後適当に片づけられるか、街中に放し飼いにされていた豚に食べさせていました。おかげで中世の街は汚物まみれで、上水道の汚染や疫病が問題となることも多かったといいます。
豚が走り回り、排泄物やゴミが散乱し悪臭を放つ中を歩く主人公――衛生問題がテーマでもなければ描写しにくい光景ですね。
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③王侯貴族も庶民も手づかみで食事していた
時には食事の様子も描きたいもの。ですが、史実通りに描写するのはちょっと大変かもしれません。
中世ヨーロッパでは、王侯貴族から農民まで皆手づかみで食事していました。料理を切るためのナイフは使われていましたが、フォークが一般化したのは最も早いイタリアでも15~16世紀、しかも当初のフォークは二股で使いやすくはありませんでした。地域によりますが、スプーンも公に使われるようになったのはルネサンス期以降で、それまでは器からスープを直に飲み干していました。
テーブルマナーも現代の感覚とはだいぶ異なっていて、当時のマナー集には次のような項目が掲載されていたほどです。
・ナイフで歯をほじらない。
・口に入れた物を戻さない。
・食べ物以外に触れてはならず、頬や鼻をかかない。
・唾を吐いたり、ゲップしたり、冷ますために息を吹きかけない。
食事中にゲップをしまくりナイフで歯をほじるなんて、そんな主人公の姿はちょっと描写しづらいですね。
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④貨幣はバラバラで統一されていない
RPGならどこの街でも同じ通貨で買い物できますが、現実の中世ヨーロッパではそうはいきません。ヨーロッパでは12世紀半ば以降少しずつ貨幣制度を確立させていき、街によって次のような金貨・銀貨が鋳造されています。
・ヴェネツィア:ドゥカート(金貨)、グロス(銀貨)
・ジェノバ:ジェノヴェーゼ(金貨)
・フィレンツェ:フローリン(金貨)
貨幣を使った貿易が盛んになると、当然両替も必要になります。さらに、金貨や銀貨は重いので持ち運びに不便、しかも盗賊に襲われる危険性もあったため、両替商や銀行業が発達し、為替手形での信用取引も行われるようになりました。
こうした経済制度の話をどこまで設定・描写するかは悩みどころです。描写にリアリティが出るかもしれませんが、小さな買い物の場面でいちいち両替の場面も描いていてはきりがありません。取捨選択がポイントになりそうです。
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⑤結婚相手は選べず、男尊女卑が当たり前
今でこそ恋愛・結婚・就職など男性も女性も自由に行える世の中ですが、中世ヨーロッパは男尊女卑が当たり前の社会で、しかも男性であっても自由に結婚相手を選べたわけではありません。
中世初期の頃は婚前同棲や一夫多妻もあったものの、13世紀頃から、教会主導での一夫一妻制が一般的となります。結婚は子作りのためのものであると制定されたのです。
領主や貴族の場合、結婚は同盟関係を強めるための戦略的な手段でした。権力者が自分の部下や同盟者を強制的にお見合いさせることもありましたし、子供を産めない女性は離縁される可能性もありました。
農民(農奴)の場合、結婚には領主の許可が必要です。労働力を増やすことを目的に、未婚女性や寡婦が結婚を強要されることもありました。さらに、領主には花嫁と一夜を共にする権利があり、免除してもらうためには税金(実質的な結婚税)を払わなければなりません。こうした制度は現代では理解されにくく、描写もちょっとしづらいかもしれませんね。
創作の設定に史実をどこまで取り入れるかは本当に悩みどころです。ですが何も調べず適当に創作するよりも、調べて知った上で設定に盛り込む・やめる方がきっと説得力のある描写になるはず。今回の記事が皆さんの創作ライフの役に立ちますように!
◉参考書籍