イラスト:Laruha
☆ポルタ文庫2019年12月16日刊行『金沢加賀百万石モノノケ温泉郷 オキツネの宿を立て直します!』の作者、編乃肌先生による書下ろし番外編です☆
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酔っぱらいなモノノケたちの進まない会議
これは
「……なかなか大変なことになっておりますね」
目の前の惨状を見て、カガリは秀麗な美貌にやれやれと呆れを浮かべた。
―― 月一で開かれる、『四大温泉宿会議』。
今回の会合場所は秋の区域ということで、カガリは春の区域の代表として、化け狸たちが営む『湯湧院ポンポン』を訪れていた。
カガリが営む『オキツネの宿』の宿敵ともいえるこの宿は、厳かな雰囲気の五重塔のような外観で、大きな湖の真ん中にドンっと建っている。陸と繋がるのは三つの石橋。湖の周辺一帯はサラサラと揺れるススキに囲まれ、コオロギの鳴き声がどこからか聞こえてくる。宿の入り口横には立派な紅葉の木も佇んでいて、落ちた赤い葉が湖面を彩る様はなんとも風雅だ。
そんな宿の大広間を貸し切って、たった四人の会議は始まるはずだったのだが………。
「あー! カガリだあ! 遅いよお、カガリ! みんなもう飲んでいるよー」
「うー……ひっく、ひっく……カガリィ? ひっく」
「おう、やっときたか、ノロマなキツネめ。さっさとこっちに来てお前も飲めや」
襖を開けて広間に入ってきたカガリに対して、マオ、ミズミ、ツヅキチの三区の代表たちは各々別の反応を見せたが、顔色は皆一様に赤い。
二十畳はある畳の上には、いくつも転がる酒瓶。どれも値の張りそうな日本酒で、徳利やお猪口も置かれている。お猪口はご丁寧にカガリの分まで。
つまみらしきものが載った皿もあり、ここで今まさに酒盛りが行われていることは明白だ。
「真面目に行う会議のはずが、なぜ酒盛りを……というのは、愚問ですね」
その通り、愚問だった。
カガリはそうでもないが、モノノケは基本的に酒好きが多い。三区の代表たちも例に漏れずお酒は大好きで、カガリが所用で遅れて到着するまでに、ツヅキチあたりが「いい酒が手に入ったぞ!」とでも言い出したのだろう。
やる時はやる代表たちだが、モノノケの本質は自由かつ享楽主義。ぶら下げられた上質な酒を前にしては、つまらない会議なんて二の次である。
「カガリもぐいっと一杯いこうよー。 難しい話は後でいいって! あー、気分最高! 大サービスで踊っちゃおうかなっ」
夏の区域を統べる『猫庵』の女将であるマオは、普段から陽気だが酒が入るとそれに拍車がかかる。いまは猫耳をぴょこぴょこ動かして、座布団の上でステップを踏んでいた。舞台役者としても活躍している彼女の動きは、酔っていても華麗で洗練されている。
ついパチパチとカガリが拍手を送れば、マオは「にゃははは」と高らかに笑った。マオは笑い上戸でもある。
「ひっく……マオはいつでも楽しそうでいいねえ……それに比べて私は……自分の宿を大きくすることくらいしか楽しみがないよ。それも厄介なお客様の対応とか、新人教育とか大変だし……。ああ、なんだか悲しくなってきたね……ううううう」
いきなりさめざめと泣き出したのは、冬の区域を統べる『川胡荘』の女将であるミズミ。プライドが高く、常に嫌味な態度を崩さず強気なはずの彼女は、酔うとネガティブになる泣き上戸だった。
平らな尻尾を萎れさせて、畳に伏して泣く今のミズミからは、四区で一番人気のお宿を背負う敏腕女将の姿は見る影もない。
そして……。
「ようよう、カガリ。突っ立ってないで来いって言ってんだろ。今日は特別に儂が酌してやるよ、ありがたく思えや」
「いえ、僕は遠慮させて頂きます」
「ああん? 儂の酒が飲めねえってのか!」
「はいはい……では一杯だけ」
ここ、秋の区域を統べる『湯湧院ポンポン』の大旦那であるツヅキチは、酔うと誰彼と関係なく絡む、典型的な絡み酒タイプだ。
彼はカガリを呼びつけて隣に座らせると、強引にお猪口を持たせて酒を注いだ。仕方なく、それをカガリはぐいっと飲み干す。
「へっ、相変わらず酒の飲みっぷりだけは悪くねえな」
「飲み比べでは僕は負けなしですからね」
四区の代表の中で、もっとも酒に強いのはカガリだ。ザルでどれだけ飲んでも顔色ひとつ変わらない。
涼しい顔をしたカガリが気に食わなかったのか、ツヅキチはタヌキ腹を掻きながら「飲み比べ『では』な」と皮肉っぽく返す。
「お宿の番付では、お前の宿は二百年近くダントツ最下位だろう」
「それは事実なので言い訳のしようがありませんね」
「おい、余裕ぶっているが、お前のボロ宿は崖っぷちなんだからな。廃業寸前のくせに粋がんなよ」
「おやおや、心配してくれているのですか、ツヅキチ」
「誰がてめぇの宿の心配なんかするか!」
大声で怒鳴るツヅキチに、まだ踊りを続けているマオが「うるさいよ、そこ!」と文句を飛ばす。一方でミズミはずっと泣きっぱなしだ。
混沌とした現状に苦笑したカガリは、思案顔をすると琥珀色の瞳を細めた。
「僕だって余裕があるわけでは決してありませんよ。そろそろなにか手を打とうと考えていたところです。僕の宿に新しい風を入れないと……例えば、そうですね。人間の世界にいる、素敵な若女将未満のお嬢さんを頼るとか」
「はあ? 人間?」
「もちろん無理強いは出来ないので、慎重に頼まなくてはいけませんが」
クロエあたりが先走らないといいんですけど……と、カガリは独り言を落とす。
ツヅキチはカガリの思惑が読めず、厳つい顔に怪訝な表情を乗せるばかりだ。いつもなら「なにを企んでやがるんだ、この腹黒キツネ!」と問い詰めるところだが、酔っている今はそんな気も起きないらしい。
というかこの会話自体、酔いが醒める頃にはツヅキチは忘れているだろう。
「そのときが来るのが楽しみですね」
頭の中でとある人間の少女のことを思い浮かべつつ、カガリはお猪口を傾けた。コクリと喉に酒を流し、「ふふっ」と微笑む。
九本のふわふわの尻尾は、これから賑やかになるであろう未来を予感して、ふりふりとご機嫌に揺れていた。
……なお、結局この日の会議はまともに進行せず中止となり、後日に延期となった。カガリが統べる春の区域以外では、二日酔いに苦しむ代表たちの姿があったとかなかったとか。
金沢加賀百万石モノノケ温泉郷
副題:オキツネの宿を立て直します!
著者:編乃肌
イラスト:Laruha
定価:本体650円(税別)
金沢にほど近いところにある加賀温泉郷─長い歴史を持つ温泉地に建つ小さな旅館『月結いの宿』の一人娘・神ノ木結月は、自分が大切にしている宿をいずれたたむつもりだと言い出した、女将である母親の言葉に反発して家を飛び出してしまう。
そんな結月の前に突然現れたのは大きな黒い狐。それに連れられ、向こう側に白い霧が立ち込める鳥居を結月がくぐり抜けると、そこには狐のあやかしたちが営む『オキツネの宿』があった!
ところがその宿は万年客不足なため極度の経営不振に悩んでおり、結月は宿の再建に力を貸す羽目に!?
おもてなしの心あふれる、あやかし温泉ストーリー。