イラスト:魚田 南
☆ポルタ文庫2019年12月16日刊行『名古屋四間道・古民家バル きっかけは屋根神様のご宣託でした』の作者、神凪 唐州先生による書下ろし番外編です☆
▷ポルタ文庫作品のSS一覧
進物
「ただいまですー。ちょっと遅くなりましたー」
柱時計がボーンと時を告げる中、店の入り口の引き戸がガラガラっと開かれる。
少し慌てたようなまどかの声を聞きつけ、少女姿で小上がりにごろんと寝転んでいたトン子がすっと体を起こした。
「買い出しご苦労じゃった。また今日はぎょーさん仕入れてござったなぁ。ほれ、コウもぼーっとしとらんと手伝ったりゃーせ」
両手一杯に荷物を抱えたまどかの姿を見て、トン子はカウンターの席に座っているコウに声をかける。
コウはチッと一つ舌打ちすると、渋々といった態度をありありと見せながら、それでもまどかが抱えていた大きな袋を一つ引き受けた。
「ん? これ、全部タラのやつか?」
袋の中を見たコウが首をかしげる。
中に入っていたのはタラを加工した定番駄菓子。「たら松葉」にも似た、ピリッと辛いロングセラー商品だ。
「おー、アレかアレか。しかしこりゃ、随分と一杯仕入れてきやーしたなぁ」
おつまみにしやすいこともあり、このタラ菓子はまどかたちが営む駄菓子屋バル『るーぷ』でも定番商品となっている。
とはいえ、一度に仕入れる量としてはせいぜい大袋で二つか三つ程度。賞味期限は比較的長い方ではあるが、今日のように両手で抱えるほど仕入れるようなものではない。コウが怪訝そうな表情を見せるのも無理はなかった。
すると、まどかが眉をハの字にしながらコウに答える。
「実はこれ、いつもの問屋さんからの頼まれ事で……」
「ほう、頼まれ事とな」
驚き混じりの声を上げるトン子。一方のまどかも、ゆっくりと首を縦に振った。
まどかの話によると、いつも駄菓子を仕入れている問屋が発注ミスをしてしまい、一桁多くメーカーからこのタラ菓子を仕入れてしまったらしい。早々に捌ける量ではないし、そもそも置いておく場所がない。そこで、捨て値でいいからまどかの店である程度引き取ってもらえないか頼まれたとのことであった。
「うちの店ならこのタラ菓子をつまみにするお客様も多いですし、スペース的にも多少余裕はあります。日持ちはするので、これくらいならある程度は捌けるかなーって思ったんですけど……」
まどかは話を続けながらも、そっとコウの顔を覗き込む。
相当値引いてくれたとはいうものの、正直なところ、断り切れずに引き受けることになったという面は否めない。それだけに、コウがどう反応するか不安を拭うことは出来なかった。
すると、じっとまどかの話を聞いていたコウが、大袋を一つ開け、中の小袋を次々と取り出し始めた。
「えっ?」
コウの突然の行動に驚きの声を上げるまどか。
目をパチクリとさせていると、コウがふぅと息をつく。
「チマチマ売ってたってしゃあないから、とりあえず使い道考えるしかねえだろ」
「へ? あ、そっか。料理に使って食べてもらえば!」
コウの言葉の意味を理解したまどかがポンと手を打った。
二人の話を聞いていたトン子もうんうんと頷く。
「ちょうど昼時じゃし、早速作ってみるのがええな。まどか、うみゃーもん待っとるでな」
「はーい! そうしたらすぐ作ってみますね」
まどかはそう答えると、荷物を運びながらキッチンへと入っていった。
◇
試作を兼ねた昼食を終え、コウが早々に二階の自室へと戻っていく。
一方のまどかは、カウンターに突っ伏していた。
その傍らから、トン子が心配そうにトン子が声をかける。
「まどかや、大丈夫か?」
まどかは小さく頷くと、ゆっくりと身体を起こし、そのまま首をそらした。
「あー、もうっ! ホントに、あいつったら……! あ、トン子様ごめんなさい。そこまで凹んではないです」
「ほんならええがな。ワシは旨かったと思うぞ?」
「ありがとうございます。でも、コウさんの言ったことはその通りなんですよね……」
慰めてくれるトン子の頭をそっと撫でながら、まどかがふぅと息をつく。
まどかが落ち込んでいたのは、試作品に対するコウの評価が思いのほか辛辣だったからだ。
ランチ兼用の試作品として作ったのは、肉の代わりにタラのお菓子をたっぷりと入れたソース焼きそば。これなら普段とはひと味違う焼きそばになって楽しんでもらえるのではと考えたのだ。
実際、味は決して悪くなかったとまどかは思う。タラ菓子を使うことで肉入りと同じような満足感は得られていたし、実際にコウもなんだかんだ言いながら残さず食べてはいる。そこまで不味いというわけではなさそうであった。
とはいえ、「これ、タラ菓子入れてる意味があるんか?」と言われたら、正直反論はできない。そのまま食べるとしっかりと味がついているように思えるタラ菓子も、いざソース焼きそばに入れてしまうとソースの味に風味が全部飛んでしまっていた。
火を通したせいか食感も柔らかくなっており、「食べやすいが、印象に残らない」味になってしまっている。「このままじゃ売り物にはならない」というコウの言葉も痛いほどよく理解できた。
ひとしきり落ち込んだまどかが、もう一度大きく息をつきながら声を上げる。
「あーあ、結構自信あったんだけどなー」
「まぁまぁ。最初っから上手く行くことなど早々にゃあ(ない)でよ。ダメならまっぺん(もう一度)やりゃあええんじゃ」
「ですね。夕ご飯でリベンジです! さてと、とりあえず洗い物やっちゃいますか」
まどかはようやくいつもの笑顔を取り戻すと、カウンターの上に並べっぱなしになっていた皿を重ね、キッチンへと運んでいった。
すると、階段からドタドタと足音が聞こえてくる。
ふっと見上げると、そこにはコウの姿があった。
「あれ? コウさん、どうしたんです?」
「いや、ちょっと飯が足りんかっただけだ。白飯あったよな?」
「ええ、冷凍庫に余りごはんが……」
まどかがそう言うが早いか、コウは冷凍庫を空けてガサガサと奥の方を探し出す。
いつもと変らぬ愛想の無い態度に、背後のまどかがベーッと舌を出した。
まどかが片付けをしながら様子をうかがっていると、コウは冷凍ごはんを電子レンジにかけ、その間にお湯を沸かしはじめる。すると、商品棚においてあった小さな袋入りの駄菓子を一つ手に取った。
「これもらうぞ」
「ちゃんとつけておきますからね!」
ついつっけんどんな態度となり、ぷいっとそっぽを向くまどか。しかし、コウが何を作っているのか気になり、そーっと手元を覗きこんだ。
コウが手にしていたのはソース風味の揚げ餅風あられ菓子。これもタラ菓子に負けず劣らずの定番駄菓子だ。
コウはその袋をビリッと破ると、先ほど温めたご飯の上にバサっとふりかける。
そして、その上から熱いお茶をたっぷりと注ぎ始めた。
「えっ?」
何を始めたのかと思い、まどかの目が点になる。
すると、立ち上る湯気からふわーっと良い香りが漂ってきた。
「ほう、あられの茶漬けか。存外上手そうじゃな。ワシにも一口もらえぬかの?」
せがむトン子に、コウは茶漬けをひとすくいしてそっと差し出す。
トン子はそれを頬張ると、うんうんと何度も頷いて、満面の笑みを浮かべた。
その様子に、まどかもゴクリと喉を鳴らす。
「あ、わ、私も、一口だけ味見させてもらえない、かな……」
「別に自分で作ればいいだろ?」
「はいはい、分かりました。自分で作りまーす! お湯もらいますねー」
期待とは異なる、しかし予想されたコウの答えに、まどかはぷーっと頬を膨らませた。
コウが沸かしていたお湯を使ってお茶を淹れ、同じようにあられ茶漬けを作る。
洗いたての箸の滴をそっと拭うと、胸の前で両手を合わせてから掻き込むように食べ始めた。
「あれ? これ思ったより……」
「旨い、だろ?」
まどかの言葉に、コウがにやっと口角を持ち上げる。
悔しいが、確かに美味しい。最初はポリポリとしたあられの食感が楽しく、少し時間が立つと塩気や旨味がお茶に溶け出してだんだん味が変化していく。ソース味の酸味が気になるかと思ったが、むしろ全体をまろやかにまとめるのに一役買っていた。
「なるほど、確かに茶漬けにはあられがつきもんじゃな。これは癖になりそうじゃ」
そう言いながらコウの手元をじーっと見つめるトン子。
コウは眉をハの字にしながらも、トン子の口元にあられちゃ漬けを何度となく運んでいた。
やがて茶碗は空となり、まどかがふーっと息をつく。
「ごちそうさまでした。しかしこれは大発見ですね……」
「じゃな。駄菓子の茶漬け、他にもいろいろ試したくなるのぉ」
「そうですね。他には何が良さそう……あっ!」
唐突に大きな声を出すまどか。ハッと顔を上げると、目を大きく開きながらコウを見つめる。
コウはふっと口元を緩めると、すっと席を立ち上がった。
「炭水化物の後に炭水化物。まぁ、今日はしっかり運動しておくことだな」
そう言い残すと、コウはまどかのお腹あたりを一瞥してからさっと階段を上がっていった。
残されたまどかが、みるみるうちに顔を赤らめる。
「まったく、あの男はぁぁぁぁ!」
感謝の気持ちもどこへやら。まどかはガシガシと茶碗を洗い始めた。
◇
その日の夕方、いつものようにまどかが開店準備を進めていると、コウが二階の自室から下りてきた。
そのままキッチンに入ると、手を洗ってから冷蔵庫を開く。
仕事の前に小腹を満たしておくのがお決まりのパターンだ。
「あ、コウさん。今日はここに用意しておきましたよー」
コウに声をかけると、まどかは手元に用意しておいた皿のラップを取り、カウンターに置いた。
普段とは違うまどかの行動に、コウが怪訝そうな表情を見せる。
「ん? 珍しいな。いつも自分で作れってうるさいのに」
「お昼のお礼です。お店開ける前に食べちゃってくださいね。こちらのお吸い物もどうぞ」
コウはキッチンからカウンターに戻ると、まどかが差し出した椀を受け取った。
ふうわりと漂うのは出汁を感じさせる豊かな香り。中を見るとネギとともに白い四角の浮き実が浮かんでいる。
そのままずずっと一口すすると、コウがにやりと口角を持ち上げた。
「なるほど、こうきたか」
「そのままお茶漬けでは芸がないですからね」
コウの反応に、まどかがしてやったりの表情を見せる。
まどかが用意した吸い物に入っているのはタラ菓子。昼のあられお茶漬けからヒントを得て早速試しにお茶に浸してみると、お菓子の姿からじゃ想像できないような繊細で上品な旨味が溶け出したのだ。
そのままお茶漬けにしても美味しいとは感じたものの、それではコウは驚いてくれないだろう。それに、そのまま出すのはコウに負けた気がして少々モヤっとしてしまう。そこでまどかが知恵を絞って作り出したのがこのお吸い物。そして皿の上に用意しておいた「おにぎり」であった。
ドキドキする気持ちを抑えながら、コウがおにぎりを頬張るのをじっと待つ。
その期待の視線に気がついたのか、コウがおにぎりに手を伸ばした。
一口かじると、口の中に広がるのは上品な魚の旨味。その旨味が米の一粒一粒にしっかりとしみこんでいた。
中に入ったタラ菓子もふわふわとした食感になっており、適度な塩気で一層美味しさが引き立っている。
「ほう、混ぜただけかと思ったが、炊き込んであるのか」
「そうです。といっても、炊く前にお米と一緒に入れるだけですしね」
上々の反応を見せるコウの様子に、まどかが笑みを浮かべる。
するとそこに、黒猫姿となったトン子がにゃあと鳴きながら現れた。
「その分だと塩梅よういったようじゃな」
「ええ、これもコウさんのヒントのおかげです。ありがとうございました」
そう言いながら頭を下げるまどか。
しかし、コウはぷいっとそっぽを向いてしまう。
「別に俺は、ただ飯が足りんかっただけだ。ほら、もうすぐオープンだろ? とっとと準備するぞ」
コウはそう言うと、残りのおにぎりをパクリと一口で頬張り、いそいそとキッチンに入っていく。
いつもどおりのつれない態度にぷぅと頬を膨らませるまどか。しかし、ほどなくするとその口元はくすっと緩んでいた。
【タラタラしていない炊き込みご飯(2人前)】
<材料>
・米と水 1合分
・某タラ菓子 一袋
・昆布茶(または白だし) 少々(お好みで)
<作り方>
①炊飯器に米と水を規定量セットする。
②タラ菓子、昆布茶(または白だし)を入れて通常通り炊く。
③炊き上がったら軽く混ぜて完成。
名古屋四間道・古民家バル
副題:きっかけは屋根神様のご宣託でした
著者:神凪 唐州
イラスト:魚田 南
定価:本体650円(税別)
婚約者だと思っていた男にだまされ、大切にしていた両親の遺産まで奪われた挙句、住んでいた部屋からも追い出されてしまった黒川まどか。
絶望のあまり川に身を投げようかとまで思い詰めていたところ、不思議な黒猫にスマホを奪われてしまう。
思わず黒猫を追いかけたまどかがたどりついたのは、一軒の古民家。
すると、黒猫がまどかの目の前で少女に姿を変え、自分を『屋根神』だと言い出した。
おまけに、行き場のないまどかと、古民家の住人でワケアリらしい青年コウに、ふたりで店をやるようにと『ご宣託』を下すが!?
なりゆきで開店した駄菓子屋バルを舞台に描く、出会いと再生の物語。