イラスト:加々見 絵里
☆ポルタ文庫2019年11月13日刊行『一寸法師と私の殺伐同居生活』の作者、千冬先生による書下ろし番外編です☆
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涼子と一寸法師のなんちゃってお茶会タイム
バイト三昧の日々を送る
朝起きて、洗濯をした。よく晴れているので、布団も干した。こういうときは、部屋が2階でよかったと思う。
のんびりと朝食をとり、部屋の掃除をしてしまうと、涼子の今日のやらなければならないリストはもう真っ白になってしまった。
趣味の一つでも持っていないと、貴重な休みの日も無駄になってしまうなあと、涼子は畳の上にごろりと寝そべって、天井を眺めた。
一人の休日だったならば、このあと思いつくのは近所の散歩程度だ。映画にも読書にもそれほど興味がないし、ショッピングを思い切り楽しめるほど財布の中身に余裕はない。
そう、一人の休日であったならば。
「姫。今日はどこへ出かけるのだ。いくらでも供をいたそうぞ」
こともあろうに、仰向けに寝転んだ涼子の顔によじ登ってきたのは一寸法師だ。
名前は一寸法師でも、大きさは三寸ほど、つまり10センチメートルくらい。顔の上に乗られれば、それなりに重さを感じるし、何より人の顔を踏むとはどういう了見だと、涼子は払いのけようとした。
そんな涼子の鼻を
涼やかな目元、通った鼻筋、きりりとした眉。
一瞬見とれた涼子だが、あまりにも距離が近過ぎて寄り目になり、目を閉じてぶんぶんと顔を振った。
一寸法師は、軽やかな身のこなしで涼子の顔の上から畳にひらりと飛び降りる。
「今日は出かけません。というか、人の顔の上に乗らないで。それってすっごく失礼なことでしょ」
乗るどころか、立ち上がって踏んだのだから、失礼も
「今日は部屋でゆっくりしていたい気分なの。晴れていても、疲れてぐだぐだしていたい日もあるのよ」
「ふむ、それなら」
一寸法師は、腕組みをしてしばし考えた。
「先日姫が長考の末買い求めた茶を飲めば、心が元気になるのではないか」
「ああ……紅茶ね」
一寸法師が言っているのは、先々週に涼子がスーパーで購入した紅茶のティーバッグのことだった。
見るもの聞くものすべてが珍しい一寸法師は、スーパーに行くと毎回大喜びする。涼子のポケットから飛び出しかけたことも、一度や二度ではない。
法師曰く、一つの店でこれほど様々なものが売っているのが信じられないらしい。
涼子がバイトしているコンビニよりさらに豊富な商品の数々に、興奮しきりなのだ。
一寸法師が生まれたのが室町時代あたりであれば、スーパーのような店があるはずがない。なので、スーパーに来店するたびに、あれは何だ、これは、それはと、涼子に尋ねては周囲を気にする彼女を慌てさせた。
いつも特売の食料品や日用品ばかり買っていた涼子だったが、その日はふとコーヒーや紅茶の棚の前で足を止めた。
「やだ、すごく安い……」
3日限りの大特価という表示で、紅茶のティーバッグが安く売っていた。25袋で188円、100袋で568円。お得なのは100袋だが、涼子とて毎日飲むわけではない。涼子にとって紅茶はほんの少し贅沢品で、ちょっとした気分転換や、ほんの少しリッチな気分になるために、たまに飲みたいのだ。
どうしても必要な品ではないが、生活に多少の潤いは大切である。涼子は、25袋入りの箱と100袋入りの箱を手に取り、長い時間をかけて悩んだ。
そのときに一寸法師からそれは何だと尋ねられ、外国のお茶で香りがとってもよくて癒される飲み物だと説明した。
結局飲みきれないまま古くなってしまうのもどうかと思い、25袋入りの方を買った。それから紅茶を飲んだのは、購入した日のみの、まだ1回である。
一寸法師に言われて、涼子は紅茶を飲むのもいいかもと、体を起こした。台所でお湯を沸かし、マグカップにティーバッグを1つ入れる。ティーカップというおしゃれなものは、彼女の部屋にはない。
沸騰したお湯を注ぎながら、涼子ははたと思いついた。
「どうせなら……」
そうして涼子が用意したのは、真っ白い皿の上に2種類のクッキーをそれぞれ2枚ずつとチョコレートを2個。マグカップの中が濃い色になったのを確認し、ティーバッグを取り出すと、冷蔵庫から牛乳を出して注ぐ。
即席ミルクティーで全然本格的ではないし、冷たい牛乳を入れたことでマグカップの中の紅茶は熱々ではなくなってしまったが、むしろその方がよかった
何故なら、運んで行った先の座卓の上で、心得たように一寸法師が自分用に買ってもらっていたお猪口を用意して待っていたからだ。
涼子はお菓子の入った皿を置き、一緒に運んできたマグカップからミルクティーをスプーンですくって、一寸法師の分としてお猪口に2杯分注ぎ入れた。
「なんちゃってアフタヌーンティーよ」
アフタヌーンでも何でもなく、今はまだ午前中なんだけどねと、涼子は内心苦笑した。
一寸法師からアフタヌーンティーの説明を求められた涼子は、イギリスという国の習慣で紅茶と一緒に三段重ねのお皿の上にサンドイッチやケーキやスコーンが載っていてねと説明した。ただ、彼女自身一度も経験がないので、微妙に怪しい説明だったが。
「姫はそのような豪華な茶会を開きたいのか」
開くと言うと主催するみたいに聞こえるが、憧れの一つではあるわよねと、涼子は答えた。
「ならば、打ち出の小槌でそのアフタヌーンティーとやらを出せばよいのだ」
願いが何でも叶うのだからなと一寸法師に言われて、涼子はその手もあったかと思ったが、すぐにその考えを払拭した。
「そんなことで使っちゃだめだと思う。それに、いつかお金を貯めて本格的なアフタヌーンティー体験をするからいいの」
涼子は、やや冷えたミルクティーを口に運んだ。
紅茶の風味が弱く、安っぽい味だ。だが、これが今の自分の精一杯だから分相応なのだと、涼子は思う。
それに、彼氏とは絶対に認めないけれど、こうして一緒にお茶をしてくれる相手もいるにはいる。
ちょっとだけ小さいけれど、いや、かなり小さいけれど。しかも、油断するとその口から飛び出してくる言葉が不穏だけれど。
「姫。俺に外国の茶の味はよくわからんが、姫と同じものを口にしていると思うと格別に美味く感じる」
お猪口から口を離した一寸法師の言葉に、涼子はほんのり頬を染めたのだが。
「いずれ姫に見合う体を手に入れ、打ち出の小槌より財宝をざくざく出したら、姫には毎日アフタヌーンティーを振る舞ってやろう。そうだ! 俺が復讐を果たしたら、祝いの宴は姫のためにアフタヌーンティーに」
「そんな宴開かせないし、復讐もさせないから。そんなことを言うやつに、クッキーはあげません」
クッキーとチョコレートが載った皿を涼子が持ち上げて遠ざけると、慌てた一寸法師が「姫! そんな殺生な!」と叫びながらぴょこぴょこ跳ねた。
涼子と暮らし始め、現代の食べ物を口にするようになった一寸法師の舌は、今の食生活にカスタマイズされてきていた。
クッキーを取り戻そうとジャンプする一寸法師を見ながら、涼子はもしかして食べ物でつったら復讐を諦めるんじゃないかと思いついた。それはそれで、何だか情けない気もするが。
そう思っていたら、一寸法師の手が皿の縁に届き、思わず涼子が手を離した皿から座卓の上にクッキーとチョコレートがばらばらと散らばった。涼子の悲鳴があがる。
窓から心地よい風が吹き込む、ある晴れた日。畳の上で開かれた涼子のお茶会は、独りぼっちだった頃より騒々しくも、何だか楽しい時間になったのだった。
一寸法師と私の殺伐同居生活
著者:千冬
イラスト:加々見 絵里
定価:本体650円(税別)
復讐に燃える一寸法師!?
大学進学をきっかけに折り合いの悪い両親が暮らす佐渡を離れて以来、一度も実家には戻らず、大学卒業後もバイト暮らしを続けている涼子。
そんな彼女のもとに、ある日届けられたのは、亡くなった祖父が涼子に遺してくれたという古い木箱。
そこにはおとぎ話に出てくるような小槌と小さな姿の青年が入っていた!
一寸法師だと名乗る青年(小さいけれど美形)は、涼子のことをかつて仕えた姫の生まれ変わりだと言い、青年を粗末に扱った両親やら殿やら鬼やらに復讐せんと燃えていた。
封印していた木箱をうっかり壊してしまった涼子は、一寸法師の暴走を止めるために同居をする羽目に!?