誰もが1度は読んだことのあるアンデルセンの童話「人魚姫」。いくつかある物語の結末のひとつに、人魚姫が泡になるというものがあります。でもなぜこのような結末になったのか、不思議に思ったことはありませんか?
実はこの結末には、ギリシア・ローマ神話の女神が関係していると考えられます。今回は人魚姫が泡になる理由を考察していきましょう。
目次
「人魚姫」の作者アンデルセンと代表作
「人魚姫」の作者ハンス・クリスチャン・アンデルセンは1805年、デンマークの都市オーデンセに生まれます。貧しい家に育ち、若くして父親を亡くした後は学校を中退しますが、後に政治家コリンの援助を得て大学に進みました。
1835年、30歳の時に出版した小説『即興詩人』は、日本では森鴎外が翻訳したことで知られています。また同年『童話集』を発表し、以後1875年に亡くなるまでの40年間で数多くの童話を書き続けました。
アンデルセンの代表作には次のようなものがあります。
・赤いくつ
・絵のない絵本
・おやゆび姫
・人魚姫
・白鳥の王子
・はだかの王さま
・マッチ売りの少女
・みにくいアヒルの子
・絵のない絵本
・おやゆび姫
・人魚姫
・白鳥の王子
・はだかの王さま
・マッチ売りの少女
・みにくいアヒルの子
どれも1度は読んだことのある物語ばかりではないでしょうか。
3分で読める! 「人魚姫」のあらすじ
そんなアンデルセンの「人魚姫」のあらすじをご紹介しましょう。ちなみにディズニー映画の『リトル・マーメイド』は「人魚姫」を元にしていますが、内容が異なっています。
主人公の人魚姫は人魚の王のもとに生まれた6人姉妹の末っ子です。15歳の誕生日を迎え、海の上の世界を見に行っても良いというお許しを得た彼女は、海に浮かぶ船の上に美しい人間の王子を見つけ恋をします。
その夜、海は大嵐になり、王子の乗る船はあっという間に波にのまれてしまいました。人魚姫は必死で王子を助けると、彼が溺れぬよう一晩中その身体を海面に持ち上げ続けます。しかし朝になっても王子の意識が戻らなかったため、人魚姫は温かな浜辺に彼をそっと横たえると、少し離れた場所で見守ることにしました。そこへひとりの修道女が通りがかり、王子を連れて行ったので、人魚姫は安心して海の底へと帰ることにします。
この出来事がきっかけで人魚姫は人間に興味を抱きます。しかし祖母から「人魚の寿命は300年だが、人間はそれより短命」で、「人魚は死ぬと泡になって消えるが、人間は魂を持っており天国へ行く」と教えられます。「人間が自分たちを愛してくれれば、人魚にも魂が宿るが、人間が異形の私たちを愛することはない」というのです。
それでも王子を諦めきれない人魚姫は、海の魔女のもとを訪れ、声と引き換えに尻尾を人間の足に変える飲み薬を貰います。海の魔女は「王子に愛されなければ、あなたは海の泡となり死んでしまう」と警告しましたが、人魚姫の決意は固く、その場で薬を飲んだのでした。
こうして尻尾の代わりに足が生え、念願の人間の姿となった人魚姫は、憧れていた王子に助けられ一緒に宮殿で暮らしはじめます。王子はこんなことを言いました。
「船が沈んでしまった時、ひとりの修道女が僕を助けてくれた。僕は彼女が好きだ。でも彼女は修道院に入っているから、僕とは結婚できないだろう。君は彼女によく似ているから、君のことも好きだよ」
――違う、あなたを助けたのは私です。
人魚姫は本当のことを伝えようとしますが、声を失っているためどうすることもできません。
そんなある日、王子に隣国の姫君との縁談が持ち上がります。その姫君とはあの時浜辺で王子を助けた修道女でした。彼女は教養を身につけるため一時的に修道院に入っていたのです。王子は喜んで姫君と結婚しました。
悲しみに暮れる人魚姫のもとを、人魚の姉たちが訪ねました。見れば皆、自慢の髪を短く切っているではありませんか。姉たちは海の魔女に髪を差し出すことで、人魚姫を救うための短剣を手に入れたのです。
「この短剣で王子を刺せば、あなたは人魚の姿に戻れるわ」
人魚姫は王子と花嫁が眠る寝室へ向かうと、王子に向けてそっと短剣を構えました。しかしふたりの幸せそうな寝顔を見ると、どうしても王子を刺すことはできません。
人魚姫は海へと身を投げました。海の泡となった彼女は消えることなく風の精として生まれ変わり、王子の花嫁を見つけその額にそっとキスをすると、空へ向かって浮かび上がっていきました。先輩格の風の精が人魚姫に教えます。「これから300年の間風の精としての務めを果たせば、魂を得て天国へ行けるでしょう。人間に対し善い行いをすれば、もっと短い期間で天国へ行けますよ」
人魚姫とローマ神話の女神ヴィーナス
ではなぜ、人魚姫は最後に泡になってしまったのでしょう? その答えはギリシア神話に隠されています。
ギリシア神話にはアフロディーテという女神が登場します。彼女の誕生をめぐる神話には、アンデルセンの「人魚姫」を彷彿とさせる部分があります。こんな内容です。
ギリシア神話最初の神ガイアにはウラヌスという夫がいましたが、恥知らずな行いをしたため、ガイアは息子のクロノスと共謀して彼に復讐することを決めます。妻と床をともにすべくウラヌスがガイアに覆い被さろうとした隙に、息子のクロノスが彼の性器を切り取って遥か彼方の海へ放り投げたのです。
ウラヌスの切り取られた性器はしばらく海面を漂っていましたが、やがてその不死の肉から白い泡が現れます。そこからひとりの美しい乙女が誕生し、泡(アプロス)から生まれたためアフロディーテと呼ばれるようになりました。
アフロディーテはその後天界で愛と肉欲を司る神となり、鍛冶神ヘパイストスと結婚します。彼女の神としての仕事は神や人間に恋心を吹き込むことで、自らも夫だけでなく多くの神々と情を交わしたということです。
愛と肉欲の女神アフロディーテはローマ神話では金星の女神ヴィーナスと名を変え、美を司るようになります。ルネッサンス期に描かれた名画「ヴィーナスの誕生」などは、ヴィーナスと美との結びつきを示す象徴といえるでしょう。
こうして、「海の泡から誕生し、愛や美を司る」というヴィーナスのイメージ像ができあがりました。19世紀になりアンデルセンが描いた「人魚姫」も、こうしたイメージ像のもとに書かれたのではないかと考えられます。
こんなわけで、海から誕生した美しい乙女は想いが叶わないと知った時、自ら海の泡に戻ることとなったのです。
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