①現代でも料理レシピが注目されている、ドイツ薬草学の祖。
②まとまった作品が残るヨーロッパ最古の女性作曲家。
③幻視の力を持つ修道女。
この3つ全てが同一人物だとしたらびっくりしませんか? 「中世ヨーロッパ最大の賢女」ヒルデガルトは、その多才な功績が20世紀になってから再び注目されるようになった人物です。今回は彼女の功績や人生をご紹介しましょう。
目次
「中世ヨーロッパ最大の賢女」ヒルデガルト
ヒルデガルトとはどんな功績をあげた人物なのか、まずはその人生とともにご紹介しましょう。
*ヒルデガルトの功績まとめ*
①中世ドイツの修道女であり、神秘的女性ヒーラー。幻視と預言の力を持つ。・神学書『スキウィアス(主の道を知れ)』、ヒーリングに関する書物『フィジカ』(邦題は『聖ヒルデガルトの医学と自然学』)、『病因と治療』などを執筆。
・神学書の仕事でローマ教皇の公認を得た。
②ドイツにおける博物学・薬草学の祖。
・著書『フィジカ』で大量の植物、樹木、動物、宝石、金属などの医学的効能を説明。
・1000種類以上の動植物にドイツ名を付ける。
・20世紀になってから再評価されるように。
③まとまった作品が残るヨーロッパ最古の女性作曲家。
・70以上の聖歌を作詞作曲。
・劇、絵画なども制作。
ヒルデガルトは1098年、ドイツのベルマースハイムに生まれます。幼い頃から幻視と預言の力を持ち、8歳で女性隠者ユッタに預けられると、その能力で注目されるようになりました。
成長したヒルデガルトはユッタの後継者として女子修道院の院長を務めます。彼女に転機が訪れたのは42歳の時でした。幻視で神の啓示を受け、『スキウィアス(主の道を知れ)』という神学書を執筆したのです。
この仕事が時のローマ教皇エウゲニウス3世に支持されたため、ヒルデガルトは一躍有名人になりました。彼女のもとには悩める人々から膨大な量の相談が舞い込み、信奉者から「ラインのシビュラ」と呼ばれるようになります。「ライン」はライン川、「シビュラ」は古代の有名な女預言者の名前です。
こうして彼女はさまざまな分野の知識を使って活躍するようになります。人々の悩みに助言を与えたり、ヒーラーとして病気の治療や悪魔祓いを行ったりした他、薬草学の知識を活かして1000種類以上もの動植物にドイツ名を付けたり、その医学的効能をまとめた本も著しました。さらに、作詞・作曲といった芸術分野でも功績を残しています。その多才ぶりから、後世の人々は彼女のことを”中世ヨーロッパ最大の賢女”と呼ぶようになりました。
*ヒルデガルトの生涯*
・1098年:ドイツ・ベルマースハイムにて誕生。・1106年:8歳で修道院所属の女性隠者ユッタに預けられる。
→幻視と預言の能力で注目される存在に。
※数年後、ユッタの庵は女子修道院となる。
・1136年:ユッタ逝去。後継として、ヒルデガルトが女子修道院の院長に任命される。
・1141年:神学書『スキウィアス(主の道を知れ)』執筆開始。
→1147年暮れ~の教会会議で、ローマ教皇エウゲニウス3世に公認される。
→信奉者たちから「ラインのシビュラ」と呼ばれるように。
・1150年:ルベツベルクに女子修道院を設立。
→ヒーリングに関する書物『フィジカ』『病因と治療』執筆。
・1179年:逝去。
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ヒルデガルトの教え①薬草学の知識を活かしたレシピ
ヒルデガルトの残した業績の中には、現代でも注目されているものがあります。そのひとつが料理のレシピです。
ヒルデガルトは修道院で自給自足の生活を送りながら、薬草学の知識を活かして季節の野菜や果物、穀物、ハーブを使った料理を多数考案しました。これらのレシピは彼女の生誕から900年以上が経った現代でも、健康食、ダイエット食として研究され、注目されているのです。
どんなレシピか知りたい、作って食べてみたいという方にぴったりの本があります。ドイツ料理の第一人者であり、ヒルデガルトのレシピ研究者としても知られるシェフが記した本で、当時のレシピにできるだけ忠実に、でも現代の日本でも手に入りやすい材料で作れるよう、工夫を凝らした内容となっています。
料理好きの方はもちろん、普段は食べる方専門という方も読み物として楽しめますよ。なかなか知る機会のない中世ドイツ修道院の様子がわかるので、ファンタジー小説などの創作をしている方にもおすすめです。
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ヒルデガルトの教え②エメラルドで病気を治療?!
ヒルデガルトの功績は素晴らしいものですが、中世の人ですので、現代とはかなり異なる考え方をしている部分もあります。たとえば彼女の著作『フィジカ』には、宝石エメラルドの効能についてこんなことが書かれています。
・エメラルドは太陽の光を浴びて成長する。
・そのため胃や脇腹に病気がある人は、エメラルドを携帯すれば身体を温めることができる。
・エメラルドを口に含むと、エメラルドによって唾液が熱くなる。
・この石を繰り返し身体にあてれば、急な疫病も終わらせることができる。
現代の私たちからすると、エメラルドで病気が治るとはにわかには信じがたいですが、中世ヨーロッパでは宝石にさまざまな薬効があると考えるのは普通のことでした。
このように荒唐無稽に見える内容が含まれているとはいえ、ヒルデガルトの著作の中には現代でも役に立つ医学的な知恵も隠されています。そのため、彼女の業績は現代でも評価されているのです。
ヒルデガルトが再評価されたきっかけとは?
ヒルデガルトは亡くなった後、長い間忘れられていましたが、20世紀に入ると再び世間から注目されるようになります。そこには、ふたつのきっかけがありました。
第二次世界大戦の最中、ザルツブルクの捕虜収容所にひとりの骨折した兵士が運び込まれました。兵士は痛みでもだえ苦しんでいましたが、戦争で医薬品が不足しており苦しみを和らげる方法はありません。
そんな時、オーストリアの軍医ヘルツカは図書館で1冊の本を見つけます。それはヒルデガルトの著した『病因と治療』でした。ヘルツカは本に書かれていた”骨折にはノコギリソウが効く”という一節を信じ、野原に生えていたノコギリソウを摘んで兵士に用います。すると兵士の苦しみはひと晩で和らいだのです。
1970年頃から欧米を中心に、既存の西洋医学とは別のオルターナティブ・メディスン(代替医療)を探し求める流れが登場します。
この流れの中で、オルターナティブ・メディスンのひとつとしてハーブが注目されるようになり、その第一人者であるヒルデガルトの著作や生涯にも光が当たるようになりました。
こうしたふたつのきっかけからヒルデガルトは再注目されるようになりました。現代でもヒルデガルトの功績に学び、その知恵を生活の中で活用しようとする人々が多くいます。「中世ヨーロッパ最大の賢女」の教えは現代でも有効だといえそうです。