文:斜線堂有紀
「幻想キネマ倶楽部」とは?
毎月28日にお届けする、小説家の斜線堂有紀先生による映画コラムです。
月ごとにテーマを決めて、読者の皆さんからテーマに沿ったオススメの映画を募集します。
コラムでは、投稿いただいた映画を紹介しつつさらにディープな(?)斜線堂先生のオススメ映画や作品の楽しみかたについて語っていただきます!
今月は「実話に基づく映画」を観てみない?
今回の「幻想キネマ倶楽部」のテーマは実話を基にした映画だ。宣伝文句として大きく書かれることの多いこの「実話」という単語。今回は、何故人間は実話を基にした映画に惹かれるのかというところも踏まえて、その魅力についても深堀りしていきたい。
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「これは真実に基づく物語ではない。真実の物語である」ドキュメンタリー監督ならではの手法を上手く織り交ぜた作品で、ドキュメンタリーとフィクションの揺れを楽しめる。(メメントモリ)
アメリカン・アニマルズ
アメリカン・アニマルズ(2018)
監督:バート・レイトン製作国:アメリカ/イギリス
監督:バート・レイトン製作国:アメリカ/イギリス
(c)AI Film LLC/Channel Four Television Corporation/American Animal Pictures Limited 2018 |
実を言うと、個人的な2019年ベスト映画がこの『アメリカン・アニマルズ』だ。これは2004年にケンタッキー州の大学生4人組が起こしたヴィンテージ本盗難事件をモチーフにした映画である。件の本は時価12億円のオーデュボンの画集「アメリカの鳥類」。これだけでワクワクする物語だし、華麗なクライムサスペンスを感じさせる設定だ。
しかし、この映画の主役は大学生たちだ。しかも、何かを成し遂げたいが何をすればいいのか全く分からん、とにかく人生を変えたい! という大学生である。……この時点で刺さる人間には刺さる映画だと分かって頂けるだろう。平凡な日常に飽き、何者かになりたいと願った結果、地道な努力ではなく12億円の本の強盗計画になってしまうという、この何とも短絡的かつモラトリアム臭のする思考。このリアリティーがたまらない。そんな動機から始まった犯罪計画だから、当然ながら雑に失敗していく。この雑さが未熟だった自分に重なって、ままならなさに身を焼かれるのだ。もう少し考えた方がいい、と思わずにはいられないのだが、もう少し考えられる人間なら画集を盗もうとなんてしないのだ……。
そして、メメントモリさんの言うとおり、この映画には揺れがある。というのも、この映画には実際の犯人たちが出演している。彼らは作中にコメンタリーのように挿入され、物語に介入して事件を回想する。この手法も上手い。現実の彼らが証言することによって映画と現実が混じり合い、直接本人から話を聞いているかのような気分になれる。
とにかく、人間のどうにもならない感じを楽しめる方は観て損はないモラトリアム特攻ドキュメンタリーです。それはそれとして胡乱な青春を楽しめる1本でもあります。2019年はこの映画でコーナーに差をつけていこう。
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自分の子供が行方不明になり、政府が「あなたの息子です」といって連れてきたのは見知らぬ男の子。
記者会見で顔を潰されたくない政府は母親に「自分の息子だとこの場では言ってくれ」と頼む。母は精神病院に入れられ……という映画。ホラー映画じゃないのにとてもホラーでおすすめです!(虎走かける)
記者会見で顔を潰されたくない政府は母親に「自分の息子だとこの場では言ってくれ」と頼む。母は精神病院に入れられ……という映画。ホラー映画じゃないのにとてもホラーでおすすめです!(虎走かける)
チェンジリング
チェンジリング(2008)
監督:クリント・イーストウッド製作国:アメリカ
監督:クリント・イーストウッド製作国:アメリカ
(C) 2008 Universal Studios. ALL RIGHTS RESERVED. |
『魔法使い黎明期』の虎走かける先生からの投稿です。概ねこのコメント通りの映画なのだが、これを一読した方は誰もが思うことだろう。そもそも何故そんなことが起きたんだ? と。「行方不明の息子だ」と知らない子供を引き渡され、本物の息子を探すことも出来ない状態に追い込まれるクリスティンの境遇は、想像を絶する悪夢だ。自分は正しいことを言っているのに、世界はそれを是としない恐怖は、確かにホラー映画に通じるものがある。世界が自分に牙を剥く恐怖はいかほどだろう。これが実話なのだから本当に恐ろしい。
この映画の舞台である1920年代は、知っての通り「狂乱の20年代」であり、アメリカが禁酒法によって掻き乱されている時代でもある。この頃の警察は映画通り汚職と怠惰に塗れており、フーヴァー大統領が警察改革に乗り出すまで、『チェンジリング』の悪夢を叶える土壌になっていた。
そんな中で母親の強さを保ち続けたクリスティンの美しさは、暗い物語における光である。あのラストシーンはけしてカタルシスを与えるものではないが、深く染み入るものだ。
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さて、以上の2本に加えて今回紹介したいのは『完全なるチェックメイト』である。これは実在のアメリカ人チェスチャンピオンであるボビー・フィッシャーをモチーフにした伝記映画だ。この映画は彼が「神の一手」を指すまでの物語であり、冷戦というものを興味深い切り口から見た物語であり、才能というものが人にどんな影響を与えるかを克明に描いた物語でもある。
完全なるチェックメイト
(2015)監督:エドワード・ズウィック製作国:アメリカ
(2015)監督:エドワード・ズウィック製作国:アメリカ
(C)2014 Lions Gate Entertainment Inc. All Rights Reserved. |
この映画の舞台である1972年は冷戦の真っ只中、米ソ間の関係に緊張が走っていた頃だ。そんな中、天才チェスプレイヤーであるボビー・フィッシャーはアメリカ側の代表選手として、ロシアの天才チェスプレイヤー、ボリス・スパスキーと闘うことになる。2人の天才が頂上決戦をする、というシチュエーションはそれだけでも興奮するが、この時代の背景がボビーとボリスの対決に「代理戦争」の文脈を付与してしまう。
ボビー・フィッシャーはチェスに特化した天才プレイヤーだが、だからこそこの代理戦争という文脈は彼に多大な負担を掛ける。ボビーは心身全てをチェスに捧げ、国の期待を背負って対局を続けるのだが、ある一線を越えたとき、彼は精神を病み、対局すらすっぽかしてしまうようになる。この様が生々しく描かれているのがこの映画の素晴らしいところなのだが、これが実在の人物をモデルにした作品なのだと思うと得も言われぬ不安感に襲われる。
大きな主語を敢えて使うが、専門的な道に進もうという人間は誰しもが天才に憧れるものじゃないだろうか。かくいう私もその一人で、才能というものに並々ならぬ興味と情熱がある。少しでもその領域に近づきたいと努力を惜しまないでいられるのも、天才というものへの飽くなき焦燥があるからだ。
そんな私がこの間、読んで胸を抉られた作品がある。コトヤマ先生の描かれた短編漫画『いとおかし』である。これは駄菓子漫画『だがしかし』のスピンオフであり、天才漫画家である尾張ハジメの物語である。誰よりも面白い漫画を描く才能を持った彼女は、周りからも活躍を期待されている天才だったが、担当編集者の衝撃的な一言で漫画の道を諦めることになる。彼女に何が起こったかは実際に読んで確かめて欲しいのだが、この作品を読んだ時に私が真っ先に思い浮かべたのがこの『完全なるチェックメイト』だった。
ボビー・フィッシャーは紛れもない天才だ。誰もが認める天才的なチェスの才能があり、自身もチェスを愛している。数多の努力家達が目指す頂だ。
しかし、期待を掛けられ自分自身の全てと引き替えにチェスを指すボビーは、およそ幸せそうに見えない。この映画も大部分がボビーの苦しみの描写に費やされている。
村上春樹先生の『スプートニクの恋人』に、幼い頃からピアノを弾き続けてきたミュウの印象的な台詞がある。
「わたしがピアノのために犠牲にしてきたのは、いろんなことなんかじゃない。あらゆることよ。わたしの成長過程に含まれたことのすべて。ピアノはわたしに、わたしの血や肉をまるごと、供物として要求していたし、それに対してわたしはノーと言うことはできなかった。ただの一度も」
自分への戒めとして壁に貼っておきたくなるくらい好きな台詞だ。つまり、才能にはそういう面がある。才能は人生を丸ごと供物として要求してくるもので、ボビーは「神の一手」を打つためにその要求に応え続ける。その様は痛々しく、陰鬱だ。
しかし、その様が苛烈であればあるほど、私のような業の深い人間はかくありたいと思ってしまう。それは自分の今の苦しみに報いを見出す行為であり、破滅的な喜びだ。この美しさに共鳴する人は、是非観て頂きたい。
というわけで、今回は以上の3本を紹介した。こうして事実に基づく映画を並べると、一度きりの人生を何度も味わえる贅沢と恐ろしさを感じる。この何ともいえないぞくぞく感も、事実に基づく映画の醍醐味だと思う。
(パンタポルタからのお知らせ)
12月のテーマは
「一番好きなファンタジー映画」
『幻想キネマ倶楽部 ~小説家 斜線堂有紀とファンタジー映画観てみない?~』は、12月で最終回を迎えます。当初は3ヶ月限定の予定だった本連載も、皆さまの応援のおかげで1年3ヶ月も続けることができました。長い間、本当にありがとうございます。
最終回のテーマは、連載タイトルに立ち返って「ファンタジー映画」に決まりました!
みなさんの「一番好きな」ファンタジー映画をお送りください。
映画のタイトルだけでも大歓迎☆
たくさんのご投稿をお待ちしております。
*作者紹介*
斜線堂有紀。第23回電撃小説大賞で《メディアワークス文庫賞》を受賞した『キネマ探偵カレイドミステリー』が1~3巻、『私が大好きな小説家を殺すまで』『夏の終わりに君が死ねば完璧だったから』がメディアワークス文庫から発売中。他の著作に、『コールミー・バイ・ノーネーム』(星海社FICTIONS)『死体埋め部の悔恨と青春』(ポルタ文庫)などがある。
斜線堂有紀。第23回電撃小説大賞で《メディアワークス文庫賞》を受賞した『キネマ探偵カレイドミステリー』が1~3巻、『私が大好きな小説家を殺すまで』『夏の終わりに君が死ねば完璧だったから』がメディアワークス文庫から発売中。他の著作に、『コールミー・バイ・ノーネーム』(星海社FICTIONS)『死体埋め部の悔恨と青春』(ポルタ文庫)などがある。
シリーズ名:ポルタ文庫
著者:斜線堂 有紀
イラスト:とろっち
定価:本体650円(税別)