リュートをかき鳴らしながら騎士たちの物語を朗々と歌い、自由気ままに諸国をめぐる――吟遊詩人になって旅暮らしをしてみたいと思ったことはありませんか?
ところがこの吟遊詩人、実際には有力者に仕えていた者も多いなど、多くの方のイメージとは少し異なる部分もある職業でした。今回は吟遊詩人とはどんな職業なのかご紹介します。
目次
権力者に仕える者も! 吟遊詩人ってこんな職業
吟遊詩人は、楽器を奏で、詩を語り歌う職業です。
*吟遊詩人ってどんな職業?*
・諸国を旅したり、有力者に仕えたりしながら詩や音楽を創作・演奏する。
・「宮廷歌人」と「楽師・芸人」とに分類できるが、実際には身分も社会階層もさまざま。
・15、16世紀頃から次第に「音楽家」「芸術家」などの階層化が進んだ。
吟遊詩人はリュートやホーンパイプなどの楽器を奏でながら音楽や物語を吟唱する職業です。彼らの奏でる詩や物語には、伝説の英雄(ロランなど)にまつわる武勲詩、貴婦人への愛、アーサー王をはじめとする騎士道物語などさまざまな種類がありました。
吟遊詩人には諸国を旅する者もいれば、王侯貴族ら権力者に仕える者もいます。その特徴から、以下のようなふたつのグループに分けられます。
- 宮廷歌人……トルバドゥール、トルヴェール、ミンネジンガーなどと呼ばれる人々。有力者に仕え、詩歌を提供する。高貴な出自の者も多かった。
- 楽師・芸人……ジョングルール、ミンストレルなどと呼ばれる人々。宮廷歌人に仕えたり、旅芸人として諸国を放浪したりしながら歌唱や演奏を行った。不名誉な存在とされていた。
しかし実際には、全ての吟遊詩人がこのどちらかのグループにはっきり分類できたわけではありません。彼らの出自や社会階層はさまざまで、地域や時代によっても違いがみられます。
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吟遊詩人の歴史
ヨーロッパの人々にとって、吟遊詩人とはどんな存在だったのでしょう? 吟遊詩人をめぐる歴史を少し紐解いてみましょう。
古代ギリシャ・ローマ時代には、皇帝を神と讃える祝祭や祭儀の際などに歌や踊りが盛んに行われていました。
ところがローマ時代に一神教のキリスト教が勢力を広げると、ギリシャ・ローマの多くの神々や皇帝を讃える楽曲は次第に禁止されてしまいます。それに伴い、剣闘士の戦いやおかしな見世物、歌や音楽、劇といった芸能・スペクタクルに関わる者たちの社会的地位も貶められていきました。
やがて9世紀になると、イスラム圏からスペイン経由でイスラムの文物風習、音楽や楽器などが伝わります。吟遊詩人がよく使っていたリュートも元は古代ペルシャの「バルバット」という弦楽器で、イスラムに伝わり「ウード」となり、さらにズィルヤーブという人物がアンダルシアに持ち込んでヨーロッパで広まったものです。
リュートは持ち運びが簡単で、歌いながら伴奏するのにもぴったりだったので、以後長い間、吟遊詩人の間で盛んに用いられるようになりました。
こうしたイスラムの芸能文化は、12世紀頃になるとキリスト教世界の中に取り込まれるようになります。聖職者たちは、イスラムの音楽や詩をキリスト教の物語や祭儀に封じ込めることで、キリスト教的な秩序を強化しようとしたのです。こうして、それまで公式な記録には残りづらかった吟遊詩人たちの姿は、次第に文献資料の中に書き残されるようになりました。
吟遊詩人に対する当時の人々のイメージは次のようなものです。
・宮廷……娯楽の提供者として歓迎。多少なら王や領主を批判しても大目にみていた。
・キリスト教会……娯楽はキリスト教的に非難の対象。なんとか秩序を保ちたい。
・領民・市民……不名誉な存在として蔑む一方、吟遊詩人の音楽や情報は人気があった。
・キリスト教会……娯楽はキリスト教的に非難の対象。なんとか秩序を保ちたい。
・領民・市民……不名誉な存在として蔑む一方、吟遊詩人の音楽や情報は人気があった。
15、16世紀になると吟遊詩人たちは「音楽家」「芸術家」としての地位を少しずつ確立しはじめます。それに伴い、「吟遊詩人」という職業は少しずつ歴史の中へと消えていきました。
時代や立場によって、吟遊詩人に対する見方はさまざまだったのです。
吟遊詩人のギルドもあった?! 独英仏の吟遊詩人
時代や地域によっても少しずつ異なっていた吟遊詩人。どんな違いがあったのか、最後にふたつの例をご紹介しましょう。
・フランスやイングランドの宮廷で活躍。
・身分は王侯、騎士、市民などさまざま。男性も女性もいた。
・最古のトルバドゥールはアキテーヌ公ポワティエ伯ギヨーム9世。他にイングランド王リチャード1世獅子心王など。
トルバドゥールはフランスやイングランドの宮廷で活躍した吟遊詩人です。王侯、騎士、市民などさまざまな身分の者がおり、男性・女性の性別も問わない職業でした。
最古のトルバドゥールとされる人物は、第1回十字軍(1096~1099年)にも参加したアキテーヌ公ポワティエ伯ギヨーム9世です。彼の孫娘がイングランド王ヘンリー2世と再婚したことがきっかけで、トルバドゥールの詩歌は北フランスやイングランドにも広まりました。
・ドイツなどで活躍。
・貴族、騎士、家人が中心。14世紀以降になると市民層出身者もみられる。
・14世紀以降、「マイスタージンガー(職匠歌人)」が登場した。
ミンネジンガーはドイツ語圏で活躍した吟遊詩人で、主に貴婦人への愛を歌っていました。元は貴族、騎士、家人など身分の高い者が中心でしたが、14世紀以降になると市民階級出身のミンネジンガーが活躍し始めます。最終的に、マイスタージンガー(職匠歌人)と呼ばれ、他の商人や職人と同じように組合(ギルド)を作り活動するようになりました。
吟遊詩人の実像は、イメージ通りでしたでしょうか? 彼らの作った詩や音楽の中には、今も残っているものもあります。機会があれば聞いてみると、またイメージも変わるかもしれません。
◉参考書籍
吟遊詩人
著者:上尾 信也
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