ルシファー、ベルゼブブ、アスモデウス――フィクションで人気の悪魔たち。漫画『悪魔くん』やゲーム『女神転生シリーズ』、最近もソーシャルゲームなどに登場し、ある意味では身近な存在といえるでしょう。
そんな悪魔たちが、もともとは神だったことを知っていますか? なぜ神だった存在が悪魔へと変じてしまったのでしょうか。
これには、キリスト教が関係しています。悪魔の多くは、「異教だから」という理由で、キリスト教により悪魔の烙印を押されてしまった存在なのです。
今回は、悪魔となった神々を紹介しましょう。
目次
敵対者はみんな悪魔? 異教の神々を貶めたキリスト教
フィクションに登場する悪魔は、ユダヤ=キリスト教に由来するものが大多数です。
一神教において神は絶対的な善でなければならないので、この世の悪を説明する原理が必要でした。そのため、絶対悪・神の敵対者としての悪魔が生まれたのです。
そんなユダヤ=キリスト教の悪魔たちの中には、異教の神々に起源を持つものがいます。
キリスト教は各地に広まっていく中で現地の神話を取り込みました。ハロウィンやクリスマスなど異教に起源を持つ祭りも、その名残りです。
そうした過程で、異教の神々もまたキリスト教に取り込まれました。そして、神に敵対する悪魔としての地位を与えられることとなったのです。
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豊穣の女神アスタルテが貶められ、大悪魔アシュタロトに!
悪魔へ貶められた神として有名なのが、16世紀以降にヨーロッパで猛威を振るった大悪魔アシュタロト(アスタロト)です。
アシュタロトの名は多数のグリモワール(魔道書)に登場します。『悪魔の偽王国』や『ソロモン王の小さな鍵(レメゲトン)』で地獄の侯爵と称され、『ホノリウス教皇の魔道書』『アブラメリンの聖なる魔術書』などでも、ルシファー、ベルゼブブ、アスモデウスなどと肩を並べる大悪魔として描かれています。
アシュタロトは中世の悪魔憑き事件でも活躍しました。17世紀前半に起きたルーダンの悪魔憑き事件ではアスモデウスとともに尼僧ジャンヌ・デ・ザンジュに憑依し、のちに発見された悪魔の契約書にも名を連ねたのです。
このように悪名高い大悪魔アシュタロトですが、実は古代フェニキアの女神アスタルテに由来を持ちます。女神アスタルテはビブロフの街の守護神で、セム族の豊穣神でした。またアスタルテは古代メソポタミアの女神イシュタルとも類縁関係にあるといわれています。
女神アスタルテは旧約聖書にもたびたび登場します。『列王記上』ではソロモン王が異国の妻を何人もめとってアスタルテを崇拝したという記述があり、そのため神の怒りを買ってイスラエル統一王国は南北に分裂してしまいました。
その結果、女神アスタルテは崇拝してはいけない異教の神、つまり悪魔としてキリスト教に受け継がれたのです。
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クトゥルフ神話で有名な海の悪魔ダゴン、実は豊穣神
クトゥルフ神話の創始者H.P.ラヴクラフトの小説『ダゴン』や『インスマスの影』には、全身が鱗に覆われ手足に水かきのある邪神ダゴンが登場します。ミルトンの『失楽園』でも、上半身は人間だが下半身は魚の半人半魚の悪魔として描かれました。
ダゴンは主要なグリモワールには登場していませんが、16~17世紀に流行した集団憑依事件に名前が出てくることがあります。
フランスのルーヴィエ修道院で起きた悪魔憑き事件では、ダゴン、ピュティファル、グロンガードなどが修道女に取り憑きました。オソンヌのウルスラ修道院の集団憑依事件にも出現しています。
しかしダゴンはもともと古代ペリシテ人の豊穣神で、人の姿をしており、半人半魚ではありませんでした。
旧約聖書『サムエル記上』には、イスラエルの神の契約の箱を奪ったペリシテ人がそれをアシドのダゴン神殿に運び込んだところ、翌朝にはダゴン像の手足が切り取られて神の箱の前に倒れていたという記述があります。
ペリシテ人は古代イスラエルと戦争状態にありましたから、彼らの神であるダゴンがキリスト教において悪魔とされたのはある意味当然でしょう。
ダゴンがのちに海の悪魔となっていったのは、ヘブライ語の「dag」が「魚」を意味することから、ユダヤ教のラビの中にダゴンは半人半魚だと考える者が出てきたからのようです。
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蝿とは無関係だった? 地獄界2位の悪魔ベルゼブブ
悪魔ベルゼブブは新約聖書の中でサタンと同一視される、強大な悪魔です。『マタイによる福音書』では悪魔祓いをして人々の病気を治したイエスを、ファリサイ人たちが「悪霊の頭ベルゼブブの力によらなければ悪霊を追い出せるはずがない」と非難する場面があります。
1~3世紀ごろの『ソロモン王の遺言』という書物にも、ベルゼブブが悪霊の支配者として登場しています。ダンテの『神曲』(14世紀)地獄篇では悪霊たちの頭のことを通常ルシファーと呼んでいますが、時折サタン、ベルゼブブと呼んでいる箇所があります。ミルトンの『失楽園』(17世紀)でも、ベルゼブブは悪の威力がサタンに匹敵する地獄界第2位の悪魔とされています。
そんなベルゼブブの名が「蝿の王」を意味することは有名です。しかし、ベルゼブブの元となった神は蝿とは関係がありませんでした。
元はカナン地方にあったペリシテ人の都市エクロンの神で、カナン人は「バアル・ゼブル(至高の王)」と呼んで崇拝していました。これを嘲笑して「蝿の王」というヘブライ語に言い換えたのが「バアル・ゼブブ」だったのです。
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あの悪魔もこの悪魔も元はバアル!? 名前が持つ威力
旧約聖書にはバアルという名を持つ異教の神々が多数登場し、それぞれがのちに悪魔へと変化していきます。
たとえば『民数記』に登場するモアブ人の神「ペオル(フェゴル)のバアル」は、怠惰の悪魔ベルフェゴールに変化しました。
『士師記』などでシケム人の神として登場する「バアル・ベリト」は、ソロモン王の72悪魔の一柱ベリト(ベリス)となりました。悪魔の位階を人間に教えたというバルベリトも同じ由来を持ちます。
また悪魔ベリアルは、バアルという音がヘブライ語的にベリ・ヤールと変化することで生まれたのです。
なぜこのようなことが起きるのかというと、実はバアルという言葉が「主人」「王」を意味する普通名詞だったから。つまり「ペオルのバアル」は「ペオルの王」であり、「バアル・ベリト」は「ベリトの王」なのです。
一方で単独のバアル(バエル)という悪魔も存在し、『レメゲトン』では序列第1位、多くの軍団を支配する東方の王とされています。
このバアルは古代カナン人の豊穣神で、元は「バアル・ハダト(雷鳴の王)」という名でした。それが時を経て、ただのバアルとなったようです。
このような成り立ちを踏まえてフィクションの悪魔を眺めてみると、また違った側面が見えてくるかもしれませんね。
◉参考書籍