イラスト:くろでこ
☆ポルタ文庫2019年10月12日刊行『小戸森さんは魔法で僕をしもべにしたがる』の作者、藤井 論理先生による書下ろし番外編です☆
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君以外には考えられない
今日のロングホームルームの議題は文化祭の出し物――演劇の役割分担についてだった。
僕は照明係に立候補した。人前に立つよりも、誰かを引き立てる役割のほうが性に合っている。
照明係以外の裏方も早々に埋まって、いよいよ配役に話が移った。
「ヒロインは
一番前の席に座っていた女子が言った。彼女が言わなくても、きっとクラスメイトの誰かが言ったであろう台詞。異論が出るはずもない。
『ヒロインは小戸森さん以外には考えられない』
それがクラスの総意だった。
僕もそのとおりだと思う。小戸森さんほど『ヒロイン』という言葉がしっくりくるひともそういない。ひとのいい彼女はきっと、ちょっと困ったような顔をしながらも首を縦に振るに違いない。
そう思った、の、だが。
小戸森さんは弱り顔をして、きゅっとくちびるを固く結んでいる。そしてちらと僕のほうを見た。まるで助けを求めるように。
でも教室はもう『ヒロインは小戸森さんで決まり』という雰囲気になってしまっていて、とてもじゃないが異論を差しはさめる状況ではない。
そのとき小戸森さんが急に立ちあがった。
クラスメイトたちが怪訝な顔をするなか彼女は教室の後方へと歩みを進め、ガラス戸を開いてベランダに出てしまった。
そして祈るような仕草をする。
その瞬間、クラスメイトたちは夢から覚めたみたいにきょとんとした顔になった。
教壇に立った文化祭実行委員の男子が戸惑ったように言う。
「あれ? いまヒロイン役、誰かに決まりかけてなかった……?」
教室はざわざわするだけで、答えは返ってこない。
「え、ええと……。じゃあ、ヒロインの配役を決めます。誰かやりたいひと、いませんか?」
これまでの流れをすっかり忘れてしまった――それどころか小戸森さんの存在自体を忘れてしまったように話を進める。
釈然としない空気のなか、僕だけはなにが起こったのか理解していた。
――ベランダは中と外の『境界』だから。
魔女はドイツ語で『HEXE(ヘクセ)』といい、語源は『垣根の上にいるひと』だ。ここでいう垣根は実際の垣根ではなく、『あの世とこの世の境界』という意味である。
境界に立った魔女は、ふつうのひとには認識できなくなる。
境界に立った魔女――小戸森さんを、故あって認識できる僕は、ガラス戸の向こうにいる彼女を見た。
彼女は僕の視線に気がつき、きまり悪げに顔をうつむけた。
放課後、学校裏にある低い石垣――ここも境界だから誰にも見つからない――で小戸森さんと落ちあう。この低い石垣に並んで腰かけ、短い『密会』をするのが僕らの習慣になっていた。
「演劇のヒロイン、てっきり受けるかと思ってた」
「うん……」
彼女は気まずそうな顔で曖昧な返事をした。
「あ、べつに責めてるんじゃなからね? 魔法を使うほど嫌だったのが、ちょっと意外だったというか」
「嫌ってわけじゃないけど」
足元をじっと見つめたままつぶやくように言う。
「……
「僕が?」
頬を赤らめて、こくりと頷く小戸森さん。
僕は脚本の内容を思い出していた。
『遠い未来の話。家族を亡くした少女・カナエのもとに、万能家政夫アンドロイド・マックスがやってくる。マックスは料理や掃除を完璧にこなすも、カナエは「お前なんかパパやママの代わりになんかならない」と物を投げつけたり踏みつけたりと、きつく当たる。ある日カナエは、マックスを家から追いだそうと決意をするが……』
ヒロインはカナエ。相手役とはアンドロイドのマックスのことだ。
僕は背筋が寒くなった。
約半年前の四月から、小戸森さんは僕をしもべにしようとしている。具体的にどうするかは分からないが、魔法や呪いを使って僕を意のままに操ろうとしていると思われる。
僕がいままで彼女の魔法にかからずに済んでいるのは、心に隙を作らないよう気を張りつめているからだ。
でもたとえば。僕がマックス役になり、台本読みや練習などで毎日のように物を投げつけられたり踏みつけられたりして、奴隷のように扱われたらどうだろう。擬似的とはいえいつまでも意志を強く持っていられるだろうか。俳優さんには役を私生活に引きずるひともいると聞くし……。
小戸森さんが僕をしもべにするのをあきらめるまで、あと約半年という取り決めだ。それに耐えきったら僕は彼女に告白しようと考えている。だからそれまで、絶対にしもべになるわけにはいかないのだ。
「で、でも、アンドロイドの役なんて難しそうだし」
「園生くんにぴったりの役だと思うんだけど」
――根っからしもべっぽいってこと……?
「それにほら、僕じゃ小戸森さんと釣りあわないし」
「そんなことない!」
きっぱりと否定し、
「絶対に、そんなことないよ」
と、僕の目をじっと見つめて言う。
僕はごくりとつばを飲みこんだ。
――絶対にしもべにするという強い意志を感じる……。
「ま、まあ、もう決まっちゃったし」
「そうだけど……」
小戸森さんはちょっとすねたような顔をする。
僕はどきっとして視線を逸らした。大人っぽい彼女がときおり見せる子供っぽい表情に、僕はとても弱い。
「と、とにかく、僕は照明係、小戸森さんはナレーションを頑張ろう!」
「そうだね」
小戸森さんは微苦笑を浮かべた。
◇
僕たちのクラスの文化祭公演は滞りなく終幕となった。
照明器具を設置していたキャットウォークから下りると、観客席で三年生の女子ふたりの話し声が聞こえた。
「あのふたり、付きあうのかな?」
「なにそれ、なんの話?」
「知らない? この劇で主演した男女は高確率で付きあうって」
「知らない。誰から聞いたの?」
「演劇部の先輩がOBから聞いたんだって」
「嘘くさっ」
僕はパイプ椅子に足を引っかけて倒してしまった。がたん! と音がして、びっくりしたふたりが僕を見た。
「す、すいません」
ふたりはとくになにも言わず、席を立って体育館を出ていってしまった。
僕は立て直したパイプ椅子に崩れ落ちるように座りこむ。
――配役を決めた日の、あの会話……。
もしも小戸森さんが、いまの先輩の話を知っていたとしたら?
――いやいや! まさか……。
演劇部のOBしか知らないようなマイナーな都市伝説を知っているはずがない。
――でも……。
魔女である小戸森さんなら、マイナーな都市伝説を知っていてもおかしくはない。
「うう……」
僕は頭を抱えてうめいた。
このあといつもの石垣にお茶とお菓子を持ち寄って、小戸森さんと小さな打ち上げをする予定、なのだが。
今日は彼女の顔をまともに見られなさそうだ。
『小戸森さんは魔法で僕をしもべにしたがる』
著者:藤井 論理
イラスト:くろでこ
定価:本体650円(税別)
小戸森さんは魔女だ
草食系を通り越して老成した趣きのある高校生・園生くんは、ふとした偶然から、非の打ちどころのない美少女で学校一の人気者・小戸森さんが魔女だと知る。おまけに小戸森さんに「魔法でしもべにする」と宣言されてしまい、眉唾な魔法をいろいろ使われる羽目に。しかし、“しもべ”なんかではなく、小戸森さんの“恋人”になりたい園生くんとしては、なんとか小戸森さんの魔法に抗いたい。とはいえ、園生くんの前ではなぜか素が出てしまう小戸森さんは、今ひとつ魔女として本領発揮ができないようで!? 超ド級の鈍感男子と超絶奥手魔女による、じれじれ“両片想い”ストーリー。
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