文:斜線堂有紀
「幻想キネマ倶楽部」とは?
毎月28日にお届けする、小説家の斜線堂有紀先生による映画コラムです。
月ごとにテーマを決めて、読者の皆さんからテーマに沿ったオススメの映画を募集します。
コラムでは、投稿いただいた映画を紹介しつつさらにディープな(?)斜線堂先生のオススメ映画や作品の楽しみかたについて語っていただきます!
今月は映画に出てくる「好きな関係性」について語らない?
執筆依頼をいただく時、何を書きたいですか? の問いにとにかく「感情が書きたいです」と答えてしまう。とにかく人間の関係が好きだ。
というわけで、今回のテーマは自分の作家的根幹でもある「関係性映画」である。私は小説家でいる限り人間と感情、そして関係のことについて考えながらぐるぐる回り続ける予定なので、そういう意味でもとても根深いのだ!
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ジェシー&セリーヌの関係性は3部作通して惚れ惚れするが、とくにこの2作目での2人の会話のリズムが素晴らしすぎる。この上なく愛せる80分。(くー)
ビフォア・サンセット
ビフォア・サンセット(2004)
監督:リチャード・リンクレイター
製作国:アメリカ
監督:リチャード・リンクレイター
製作国:アメリカ
ビフォア3部作から『ビフォア・サンセット』への投稿。この3部作の特出すべきところは、とにかく恋人の前段階であるジェシーとセリーヌの微妙な関係性にある。確実に特別な感情を抱いているのに、2人の関係は運命に翻弄され続ける。この辺りはどこか『ワン・デイ』らしさもある気がする。
3部作ともなると、どうして彼らは関係性の踊り場で足踏みをしているのかと思わなくもないのだが、人間の複雑さとタイミングが分かりやすい結末に向かわせない。でも、何となく分かってしまう。終わるくらいなら始めたくないというのは誰もが納得出来る感傷じゃないだろうか? 私は特にそういう類いの感情に弱いので、人生ではいつも震えっぱなしだ。「(誰かが去った)穴は埋められない」は名台詞だと思う。傷は絶対に同じ形にならないのである。
上記の台詞でも分かるように、コメントで頂いた会話劇がとても面白い。パリに起爆装置を仕掛けた男や、人間の幸福の話、それらの小話がスパイスとして挿入されている映画が好きな人は絶対に楽しめる映画だ。
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ドクとマーティですかね。年齢も超える信頼関係。博士と助手、というのではなくてあくまで一個人同士で交流してる所に魅力を感じます。何はともあれもうこの2人とデロリアン。という構図を見ただけでワクワクするw(灰人)
バック・トゥ・ザ・フューチャー
バック・トゥ・ザ・フューチャー(1985)
監督:ロバート・ゼメキス
製作国:アメリカ
監督:ロバート・ゼメキス
製作国:アメリカ
名作『バック・トゥ・ザ・フューチャー』に寄せられたこのコメントに感じ入るところがあった。そういえば、ドクとマーティの関係ってよく考えると不思議である。近所に住んでいる変人科学者と親友の高校生。ドクの人生からするとマーティの存在はかなり得難いのではないかと思い始めた。いや、観客は彼が本物の天才であり、いずれデロリアンという凄まじい発明をすることを知っているのだが、そうでなければドクはかなり堂に入った変人である。その発明を成し遂げる前からドクと屈託無く仲良くしてくれるマーティは、よく考えれば凄いのかもしれない。
ドクは紛れもない天才だけれど、天才性を間近で観測してくれる人間がいた方が嬉しいし、それが友達なら尚更嬉しい。恐らくドクはマーティに色々な発明を見せただろう。けれど、それは冒頭の自動朝食作りマシンや超巨大アンプの実用性に乏しいものから、デロリアンのような神がかった発明まで幅があったはずだ。そのどれをもちゃんと目にしながら、それでもドクの才能を信じてくれていたマーティの関係性って、良いものだったのだなと今になって思う。それを踏まえての『バック・トゥ・ザ・フューチャー3』のラストは更に感慨深いものになる。
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というわけで、今回の斜線堂セレクト映画の話をする前に、自分の好きな関係性全般の話をしたい。一言で言うと「のっぴきない関係」に尽きるのだが、それを上手く伝えるのは難しい。ここから先は何処にも行けないような、出会う前とは人生がすっかり変わってしまうような、そういう関係が好きだ。つまり私の推し関係性とは、人生を変える出会いを経た関係性ということになる。
そこでもう一つ問題がある。というのも、映画にはそういう関係性を描いたものが多いのだ。正直、今回は何本か他にも悩むものがあった。(『恋の罪』の美津子といずみの関係も個人的には凄く理想ののっぴきならなさがあるというか、田村隆一の『帰途』の言葉と共に悲しさというものを噛みしめるいずみの小さな戦い……)しかし、今回は「かなりのっぴきならない関係映画だけど、のっぴきならない関係映画としてあんまり紹介されていない気もする映画」である『ベイビー・ドライバー』を紹介したい。
『ベイビー・ドライバー』は、公開当時から話題になった名作クライムアクション映画である。天才的なドライビングテクニックを持った雇われドライバーであるベイビーは、暗黒街の大物かつクライムプロデューサーであるドク(BTTFに引き続きこちらもドクだ)と組んで日夜犯罪家業に精を出しているが、ある日運命の女の子であるウェイトレスのデボラと出会い、自分の人生を変える決意をする──というのが、この映画のあらすじである。こういう風にしか生きられないベイビーが音楽と才能で人生を切り開いていくのは観ていて爽快感がある。
けれど、推し関係性で見た時、ここで注目するべきはこのドクである。ドクは賢く、長年フィクサーとして働いてきた。ベイビーの人生を歪めた本人でもあり、抜け目の無い悪人でもある。ドクは基本的に無慈悲でビジネスライクであり、この性格が故にのし上がってきたのがよく分かる。けれどそれがよく分かるからこそ、観客はドクの動向に一抹の不安を覚える。ドクが成功した理由が丹念に描かれているからこそ、それが失敗する理由もまざまざと分かってしまう。この映画の半ばから、ドクのベイビーへの執着が漏れ出た瞬間に、私達は「これがきっかけでドクは足下を掬われるのだ」と察してしまう。
描かれる人物像ややっていることから考えて、ドクはどう考えてもベイビーを特別視してはいけないのだ。けれど、一度ベイビーに執着し始めたドクはどうにもならず、メインであるベイビーの傍らで静かに身を持ち崩していく。軽快なミュージックと鮮やかなアクションの傍らで「自分でもまずいと思っているだろう悪手」を着々と積み上げていくドクを観ていると、これこそがのっぴきならない関係! と思う。ここまで書いて、人生が悪い方向に変わる出会いの方が特別好きなんじゃないか? ということに気づいてしまったが、何にせよ崩壊とは美しいものだ……。
映画の終盤、悪者としての人生を順調にやっていたはずのドクは、殆どベイビーの所為で破滅の方向へと向かっていく。部外者である我々は「どうしてドクがそんな悪手を踏むのか」という思いと「人間は感情があるので仕方ない」の間に置かれる。その流れも含めて『ベイビー・ドライバー』は名作なのである。ところで、私はこの映画のラストがとても好きだ。この監督は人間が好きなのだろう、と心から思う(と言いつつ、ドクの感情……! とも思う。人間が好きだと強感情を描きがち)。
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今回は以上の3本を取り上げた。人間と人間がそこにいるだけでドラマが生まれる。人間の関係性のそんな輝きをこれからも丹念に観測していきたい。
(パンタポルタからのお知らせ)
11月のテーマは
「実話をもとにした映画」
『幻想キネマ倶楽部 ~小説家 斜線堂有紀とファンタジー映画観てみない?~』11月のテーマは、「実話をもとにした映画」です。
映画を観ていると、よくこんな一文を目にしませんか?
「これは実話をもとにした物語です」
地元のTSUTAYAには「実話だと思って観れば100倍楽しめる映画」なんてコーナーがありますし、真実の物語というのは人の心を打つものです。というわけで今回は、「実話をもとにした映画」をテーマに、ノンフィクション映画の魅力について語り合いませんか?
映画のタイトルだけでも大歓迎☆
たくさんのご投稿をお待ちしております。
*作者紹介*
斜線堂有紀。第23回電撃小説大賞で《メディアワークス文庫賞》を受賞した『キネマ探偵カレイドミステリー』が1~3巻、『私が大好きな小説家を殺すまで』『夏の終わりに君が死ねば完璧だったから』がメディアワークス文庫から発売中。『死体埋め部の悔恨と青春』(ポルタ文庫)は新紀元社より発売中!
斜線堂有紀。第23回電撃小説大賞で《メディアワークス文庫賞》を受賞した『キネマ探偵カレイドミステリー』が1~3巻、『私が大好きな小説家を殺すまで』『夏の終わりに君が死ねば完璧だったから』がメディアワークス文庫から発売中。『死体埋め部の悔恨と青春』(ポルタ文庫)は新紀元社より発売中!
シリーズ名:ポルタ文庫
著者:斜線堂 有紀
イラスト:とろっち
定価:本体650円(税別)