イラスト:松尾 マアタ
☆ポルタ文庫から2019年9月14日に刊行される『お嬢様がいないところで』の作者、鳳乃 一真先生による書下ろし番外編です☆
▷ポルタ文庫作品のSS一覧
男三人が夜な夜なしている意外なこと、とは?
名家財閥に数えられる道明院家。
その血筋に連なり、『お嬢様探偵』として社交界を騒がせる道明院可憐(18)お嬢様の御傍仕えとして忠義を尽くす三人の男たち。
眼鏡が光る完璧執事・
眉目秀麗の運転手・
眼帯の新人召使・
彼らが夜な夜なしている意外なこと。
それは――
「お嬢様の命令で暗殺計画を練っているのである」
眼鏡をクイッと上げる勇悟の言葉に、他の二人が渋い表情を浮かべる。
「うーん、なんというかありきたりだよ、勇悟」
志水の感想に勇悟がムッとする。
「いや、暗殺計画ですよ! 意外じゃないですか!」
「でも、勇悟さん。夜な夜な集まっているんだったら、むしろありそうな感じがしませんか?」
続く薫の感想に、勇悟は言葉を詰まらせた。
時刻は夜の二十二時過ぎ。
場所は道明院家の本邸敷地内、使用人寄宿舎二階にある『椿の三』の間。
本日の仕事を終え、ルームシェアという形で暮らしている部屋に戻ってきた三人が、テーブルを囲んでいったい何をしているのか?
一言でいうならば大喜利である。
ちなみに今回のお題は『男三人が夜な夜なしている意外なこと、とは?』。
男たちの特徴を自分たちと一致させた上で、誰が一番お題に合った回答をすることができるか?
審査員は自分たち。もちろん最優秀回答者には豪華賞品がある。
そして最初の回答者である勇悟は、見事に不評を買ったという塩梅だ。
「では次は志水くんの番ですよ」
不機嫌そうな勇悟に促され、「OK」とイケメン運転手が笑みを浮かべる。
可憐お嬢様にお仕えして十年の完璧執事。
可憐お嬢様に外国でスカウトされてから五年の運転手。
可憐お嬢様が三ヵ月前に連れてきた新人召使。
彼らが夜な夜なしている意外なこと。
それは――
「実は全員宇宙人であり、仮想通貨ビジネスによる地球侵略計画を練っている」
「いやいやいやいや! おかしいおかしい!」
「幾らなんでも乗っけ過ぎですって!」
全力で手を振りながら否定する勇悟と薫。
「でも意外だろ?」
「いや、志水くん! 意外かもしれないですけど、流石にそれは意外が過ぎます!」
「そうですよ、志水さん! もう僕たち三人の特徴とか全然関係ないじゃないですか! せめてそこは生かさないとダメですって!」
両手で「×」を作る薫の姿に、志水は諸手を上げて降参のジェスチャー。
「わかったよ。……なら最後は薫の番だ」
そう促され、眼帯の新人召使が「はい」と元気に頷く。
完璧に仕事をこなすも、偏屈な主に「普通ね」といつも罵られる眼鏡執事。
命令に従い、主をどこにでもエスコートするが、それ以上のことは(出来る癖に)決してしようとしない運転手。
時折、お嬢様に呼び出されてコソコソと何かをしている節のある新人召使。
そんな三人が夜な夜なしている意外なこと。
それは――
「甘いお菓子とお茶を楽しみながら、どうでもいい話をしたり、思い付きで遊んだりしている」
薫の回答に、二人は黙り込む。
そして示し合わせたかのように、目の前のビスケットに手を伸ばし、紅茶を一口。
「というか、文月くん」
「それのどこが意外なことなんだい、薫」
二人の反応はもっともだ。なにせ今まさにその状況にあるからだ。
「改めて思ったんですけど、これって結構珍しいことではないでしょうか?」
仕事上がりの夜も良い時間。
三人で甘いお菓子とお茶を用意し、夜な夜な茶会を開く。
最近道明院家にやってきて、この生活を始めたばかりの薫からすると、やはりこれは珍しい日課であると思うのだが……。
「いや、そんなことはないでしょう」
「こうして俺たちは毎日しているんだから」
平然と言ってみせる勇悟と志水。
どうやら薫が道明院家にやってくる前から長らくこの習慣である二人からすると、これはごく普通のこと、という認識であるようだ。
「でも、やっぱり珍しいと思うんです」
改めてそう主張する新人召使。
「いや、普通ですよ」
「ああ、普通だね」
しかし自分以外の先輩二人は真顔でそう言っている。
「……普通、ですかね?」
「では逆に尋ねますが、文月くん。あなたは今夜もお茶とお菓子の準備をしてくれましたが、その時、自分が今日、特別な事をしているという実感はありましたか?」
眼鏡執事の質問に、薫は唇に手を振れ考える。
「いや……いつも通りのことだと思いました」
「なら薫。自分がいつも通りのことだと思っていることは、意外なことになるのかな?」
「いや、それは違うと思いますけど……あれ?」
志水の質問に答えところで、なんだか頭がこんがらがってきた。
「えーっと、つまり、毎夜毎夜この時間に紅茶とお菓子を楽しむのは、別に意外なことでもなんでもない、ってことですかね?」
「ええ、普通のことですよ」
「ああ、普通のことだね」
淀みなく答える二人。
「……なるほど。なんだか普通のことのような気がしてきました。すみません、変な回答をしちゃいましたね」
「そうですよ。しっかりしてください、文月くん」
「そうそう。ちゃんと考えないとダメだよ、薫」
顔を見合わせて「あはは」と笑い合う三人。
「しかし今の文月くんの回答ですが、やはり優秀とは言えないでしょうね」
「かと言って、俺たちの回答も良いモノではなかった」
「ということは、また引き分けですか。……あの、そのことなんですけど、すでに今夜の大喜利も、テーマを変えて五巡目ですし、そろそろ何かしらの決着を付ける方向で考えませんか?」
「それは仕方がないでしょう」
「満場一致で満足するような回答が出ないんだから」
甘いお菓子と紅茶と共に始まった大喜利は、開始からすでに一時間近くが経とうとしていた。
何気ないお遊び。
ただその賞品が問題だ。
いつも薫たちにお菓子を提供してくれるパティシエ見習い遊馬君が明日試作する予定のアップルパイ1ホールの取り分が掛かっているのだ。
最優秀者には、いただいたアップルパイの五十%を食べる権利が与えられる。
つまりこの勝負において相手の回答を認めることは、明日のパイ(楽しみ)の大きさが減るということになる。
そんな三人の思惑(正確には薫はそこまでの執着はないのだが、先輩二人が根っからの甘いモノ好き)が交錯する結果、毎回毎回必ず何かしらのケチが付く。
この繰り返しなのである。
「では次のお題を考えましょう」
「じゃあ『女性をベッドに連れ込んだ時に囁いたことのある甘い一言』にしよう」
浮名を流す志水の提案に、勇悟も「結構」と考え始める。
甘いモノの為に一切妥協する様子を見せない先輩たち。
そんな中、薫は一人、冷や汗を掻く。
あの、すいません。そもそも女性をベッドに連れ込んだ事がないんですけど……
どうやら三人の夜の茶会は、今夜も長くなりそうである。
『お嬢様がいないところで』
著者:鳳乃 一真
イラスト:松尾 マアタ
定価:本体650円(税別)
イケメン使用人×日常ストーリー
お嬢様にお仕えする男たちが大活躍……しません!?
名家として政財界に広く名が知られる道明院家の可憐お嬢様は、見目麗しく頭脳も明晰。
そのうえ人一倍ある好奇心の赴くまま事件に首を突っ込んでは、
それがどんな難事件であっても必ず解決してしまう“お嬢様探偵”なのであった。
この物語は、とても素敵な可憐お嬢様が、関わった事件を次々と鮮やかに解決していく様を描いた華麗なる事件簿──ではなく。
傍若無人で勝手気ままなお嬢様に誠心誠意お仕えする三人の男たちが、お嬢様の縦横無尽な活躍の裏で否応なしに蓄積した疲れを、
とっておきの甘味で癒やす……そんな日々を描いた物語である。