イラスト:アオジ マイコ
☆ポルタ文庫2019年9月14日刊行『怪異収集録 謎解きはあやかしとともに』の作者、桜川 ヒロ先生による書下ろし番外編です☆
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天童探偵事務所の不思議
「前々から気になってたんですけど、
八月ももう終わりにさしかかり、外はずいぶんと涼しくなっている。
天童は
ちなみに、昌磨は相も変わらず大学の勉強中である。エアコンが効いた事務所の室内は、自習にうってつけだ。
「俺、怪異の収集以外で天童さんが働いているところ、見たことがないんですけど」
「さぁて、どうやって稼いでいると思う?」
不敵に笑いながら、天童は盤面の右隅に黒を置いた。
その瞬間、白が多かった盤面が一気に黒に変わる。
冬花は「あぁ!」と情けない声を漏らした。
「どうやって、って」
「当ててみてごらん。当てられたら、特別ボーナスに明日の昼食おごってあげる」
その挑戦的な言葉に昌磨は眉間に皺を寄せ、考え込む。
天童の生活費に、冬花と昌磨のバイト代。
事務所の家賃だってあるだろうし、光熱費含め、その他諸々お金はかかってくる。
必要経費だけで考えても、それなりに稼いでないとおかしな計算だ。
しかし、天童には働いている様子はなく、だからといって金に困っているという感じもない。
つまり、昌磨のわからないところで稼いでいるか、不労所得があるということだろう。
昌磨は人差し指を立てた。
「もしかして、株とかしてるんですか?」
「はずれ」
「ネットビジネス!」
「広いね。でも、違う」
「探偵事務所らしく、迷子の犬猫を探しているとか……」
「全くやったことがないといえば嘘になるけど。はずれ」
「パソコンを使って、なんかしてるとか!」
「さっきのネットビジネスとどう違うんだい? 残念ながら、それもはずれ」
「実はどっかの会社の役員で、役員報酬があるとか……」
「何もしなくてもお金をもらえる会社があるのなら、喜んで務めたいね」
次々と否定され、昌磨はうなだれた。
昌磨は縋るような思いで冬花に視線を移す。
「冬花ちゃんは、天童さんがどうやってお金を稼いでるか知ってる?」
「あー。まぁ、なんとなくは……」
劣勢で厳しいのか、冬花は盤上に目をとめたまま昌磨の声に応えた。
「一個だけヒントちょうだい!」
「ヒントですかぁ? ……そうですね。あんまり天童さんらしくない方法ですかね」
「『天童さんらしくない』か」
そもそも労働してお金を稼いでいる姿というのが、彼らしくない。
しかし、そんなことを言っていたら、いつまで経っても正解は見つからないだろう。
「天童さんらしくない、天童さんらしくない……『正義の味方』とか?」
「……何言ってるのかわからないけど。それが俺らしくないと思われてるのも心外だね」
天童は珍しく呆れたような視線を昌磨に向けた。
「いやだって、天童さんって割と自己中じゃないですか」
「自己中ではないよ。俺は自分を何より大切にしているだけだ」
「……良いように言いますねぇ」
オセロが劣勢で悔しいのだろう、冬花も口をすぼませながら昌磨に加勢する。
盤上はもう黒一色だ。
「でも、すすんで人を助けようとは思わないでしょう?」
「それはまぁ、メリットがある方がやる気が出るのは事実だね。……というか、そもそも正義の味方ってどうやって金を稼ぐんだい? あれって慈善事業だろう?」
「それはほら、悪いやつをとっちめて!」
「とっちめてって……」
いつもならば昌磨の方がツッコミ役だが今回に限ってはどうやら逆らしい。天童は意味がわからないというような顔をしていた。
「この事務所、あんな看板掲げてるから霊感商法でひどい目に遭った人とかも来そうじゃないですか?」
昌磨が指すのは『不可思議な事象、何でも相談に乗ります』というシールが貼ってある窓ガラスだ。
文字は外に向けられたものなので昌磨たちから見ると鏡文字になっている。
天童は昌磨の指をたどるように窓ガラスを見た後、肩をすくめた。
「まぁ、来ないとは言わないけどね」
「そういう人たちの相談に乗りながら、組織を潰して謝礼をもらうとか! ほら、収集録に入ってるみんなの手を借りて……」
「……あまりにも荒唐無稽だね」
仮にも怪異を集めて回っている人には絶対に言われたくない台詞である。
考えた案をバッサリと切られ、昌磨は口をへの字にさせた。
「それじゃあ、どうやって収入を得てるんですか?」
「おや、もう降参かい?」
「……降参です」
昌磨が降伏するように両手を挙げながらそう言うと、天童は「マンションだよ」と薄い笑みを浮かべた。
「マンション?」
「駅前のマンションの何室かを持っていてね。その家賃収入が主な収入かな。ちなみにこの事務所も買い上げてるから家賃とかは必要ないよ」
「……それは確かに天童さんらしくない方法ですね……」
不動産収入なんて考えたこともなかった。
しかし、確かにそれならこの状況も頷ける。
天童は盤面に黒の石を置いた。
「あぁっ!」
「うん。完全勝利だね」
見れば、盤面は見事に真っ黒になっている。白い石は一つも見られない。
冬花は怒りで顔を真っ赤にさせながら、身を乗り出した。
「そういうエグい勝ち方やめてくださいっていつも言ってるじゃないですか!!」
「どうして?」
「やる気が! 削がれるんです!!」
冬花は頬を膨らませる。
そんな彼女を尻目に、天童は立ち上がり、棚から新しい盤を取り出した。
「じゃ、次はチェスにしようか? 大丈夫、ポーンとキングだけで勝負してあげるよ」
「そういうあからさまなハンデも嫌って言ってるじゃないですか!」
冬花は声を荒らげた。
そうして、夕方。
夜のバイトが入っているという昌磨は、早々に事務所を後にした。
事務所に残ったのは天童と冬花の二人だけである。
「天童さん、あの時言わなかったですけど。昔やっていましたよね『正義の味方』」
冬花のその台詞に、天童は嫌な顔をした。
「案外物覚えが良いよね、君は」
「昌磨さんに言ってあげれば良いのに。きっと、昌磨さん、天童さんのこと見直しますよ」
「あれは単なる若気の至りだよ。それに、俺は元々そういうキャラじゃないからね。知られても恥ずかしいだけだ」
「そーですか」
冬花は立ち上がると、片付けを始める。
「……ところで、明日のお昼は焼き肉につれてってほしいなぁ――なんて」
「……それはもしかして、脅しってやつかな?」
天童が目を眇める。
冬花は涼しい顔で首を横に振った。
「いえいえ、滅相もない! ……ただ、おいしいお肉食べたら、昔のことなんて綺麗さっぱり忘れちゃうだろうなぁって思っただけですよ」
「……冬花ちゃんは試合に負けて勝負に勝つタイプだよね」
「そうですか? ありがとうございます」
そうして翌日。
天童のおごりで三人は焼き肉を食べることとなったのだった。
『怪異収集録 謎解きはあやかしとともに』
著者:桜川 ヒロ
イラスト:アオジ マイコ
定価:本体650円(税別)
怪異を追うのは、謎めく探偵+引き寄せ体質の青年コンビ!?
集めた妖怪たちとともに……事件解決!!
突然、奇妙な幻が見えるようになった大学生の花島昌磨。
そのせいで授業にもバイトにも支障が出始めた昌磨は『不可思議な現象、何でも相談に乗ります』と掲げた怪しい探偵事務所を訪ねる。
出てきた所長は、美形ではあるものの、どこか胡散臭い印象の男、天童。
幻の正体は『怪異』だと説明する天童から、身を守る“お守り” を作ってあげようと提案された昌磨は、
さらに天童に誘われるまま彼の仕事も手伝うことに。
天童は『収集録』と呼ばれる本から逃げ出してしまった怪異を探し出して再び本に収めているらしい。
天童や収集された怪異とともに、昌磨は奇妙な事件に巻き込まれていく———。