童話のようなファンタジー小説『ミミズクと夜の王』で第13回電撃小説大賞・大賞を受賞し、その後10年以上にわたって、幻想的な世界観をもつ作品を数多く執筆してきた紅玉いづき先生。
紅玉先生にとって“ファンタジー”とは何なのか? ファンタジーへの想いを語っていただきました。
何を書きたかったのかといえば、小説が書きたかった。
書ければなんでもよかった、というのは乱暴だけれど、そう的外れでもないと思う。
私は小説を愛していたので、私の愛する小説を書きたかった。なんだっていい、自分の愛した小説を。でも、なんでも書けるわけではなかった。指先は万能とはほど遠かったから。だから、書けるものを書くしかなかった。
足りなかったのは才か努力か。「好きなものが書けていいですね」というようなことを囁かれることもあるけれど、別に選んでこうなったわけではなく、能力の及ばなさだと痛感している。結局、好きなものしか書けず、愛する気持ちしか、形に出来なかった。
それは、作家になって10年、小説を書き始めて20年近く経つ今も、変わってはいないように思う。
デビュー作『ミミズクと夜の王』はファンタジーだった。
夜の森で、奴隷の少女と、魔王が出会う。
そんな話を書こうと思ったから、これはファンタジーなのだろう、とぼんやり考えていた。ローファンタジーという言葉もハイファンタジーという言葉も知らなかった。かといって、昨今流行りの転生先の「異世界」とも違う。「それってどんな世界なの?」と聞かれれば、よくこう答えていた。
「あなたの知っている、あの、ファンタジーですよ」
私の愛した小説の中にはファンタジーも含まれていた。だから、そういうもの、を書くことにためらいはなかったし、みんながそんな世界を知っているものだと思い込んでいた。
改めて聞かれても、うまく説明はできないのだ。
なにしろ私も確かなことはなにも知らないから。私の指先から流れ出る、ファンタジーについて。それが一体どんな世界なのか。
その世界の形について、思いを馳せる。
空があり、大地がある。連なる山脈と、時に荒れ狂う海がある。魔法があり、それを扱える者もあるが、まったく縁のない者もいる。王がいて、国があり、剣を振るう者もいるが、すべてではない。しかし、どのような人間も食器を使わずには生きられない。
魔に連なる生き物もいるとされるが、人の暮らしとは一線を画している。人の暮らしには通貨があり、農耕があり、信仰がある。そしてなによりも、──そこには心を打つ、伝説がある。
伝説は幻想と生活をつなげる薄いとばりである。
隔てるということは、同時に隣り合わせにつなげることでもある。
人々は仲間に、子に、誰とはなしに、朗々と語るだろう。
魔物の森の夜の王。
巫女の抱く聖なる剣。
あるいは、封じられた魔物の子供。
あるいは、雪山で争い続ける部族の呪い。
そしてあるいは、異界との扉を守る、湖のほとりの古城。
戦い。婚礼。従属と思慕。時に果たされることのない想い。伝説という幻想を前に、語る人々には憧憬と畏怖がある。だからこそ語り継がれ、伝説同士が、複雑に絡み合う。
願わくば、私もその伝説を語る人になれたならばいいと思っている。
伝説であった、いつかは伝説となる幻想の中に、確かに生きている誰かがいて、そこに心があったのだということを。
一杯のスープのあたたかさを。少女の強い微笑みを。触れれば壊れてしまいそうに透き通った恋を。
語られる伝説と、語る誰かがいる。
それが、わたしの考えるファンタジーの世界に他ならない。
デビューから10年の月日が経ち……私は、まだ、飽きもせずにファンタジーを書いている。
最新作は『悪魔の孤独と水銀糖の少女』。
死霊術師の孫娘である少女と、悪魔を背負った男が、孤独の島で出会う。
それだけといえば、ただそれだけのお話だった。伝説となるには、まだはやすぎる、ささやかなおはなし。
たとえば、私がこの物語の連なりを語り出す時は、こんな文句ではじめるだろう。
──平凡とは、弱者だけに与えられた幸福である。
そして物語の終わりには、こんな風に嘯くのだ。
──そして孤独とは、強者だけが持ちうる力である。
こうして語ることで、とばりの向こうに物語を浮きあがらせる。誰かに伝わるように祈りながら。
幻想を抱いて、彼らは生きて、確かに誰かを想ったのだということを。
どこかはわからないけれど、あの、世界で。
ひとつの世界を語り終えたあとは、ゆっくりとその世界が遠ざかるのを感じる。
だからしばらくは、ファンタジー小説は書かないかもしれない。
けれどまたいつか時がきたら、わたしはその世界について語りだすのだろう。
私はきっと語ることをやめない。そして願い続ける。
これからも幻想と伝説に触れるファンタジーという世界が生き続けますように。
そして私の小説が、ファンタジーとあなたの間の、薄いとばりとなりますように。
本の紹介
ミミズクと夜の王
(電撃文庫)
著者:紅玉いづき
悪魔の孤独と水銀糖の少女
(電撃文庫)
著者:紅玉いづき
*著者紹介*
紅玉いづき。2006年、『ミミズクと夜の王』で第13回電撃小説大賞・大賞を受賞。童話のような作風で、あたたかなファンタジーを描いている。本作と世界観を同一にする『MAMA』『雪蟷螂』も電撃文庫から刊行中。その他、著書多数あり。
紅玉いづき。2006年、『ミミズクと夜の王』で第13回電撃小説大賞・大賞を受賞。童話のような作風で、あたたかなファンタジーを描いている。本作と世界観を同一にする『MAMA』『雪蟷螂』も電撃文庫から刊行中。その他、著書多数あり。