中国国内だけで三部作合計2100万部以上も売り上げ、2015年にはヒューゴー賞長編部門を受賞するなど欧米でも高い評価を得たSF小説『三体』。2019年7月についに日本でも発売され、早速重版となりました。
『三体』(早川書房) |
『三体』は文革で父を殺された女性科学者・葉文潔と、ナノマテリアル研究者の汪淼を中心に壮大なスケールで進む物語で、作中には3つの太陽を持つ異星が舞台のVRゲーム「三体」が登場します。太陽が3つもあるとはいかにもSFな設定ですが、実は古代中国にも、空にたくさんの太陽が現れたという神話がありました。
そこで今回は、複数の太陽をめぐる古代中国の神話をふたつご紹介しましょう。
目次
空に10個もの太陽があったお話
最初にご紹介するのは、世界に10個もの太陽があったというお話です。
太古の昔、世界には10個の太陽がありました。太陽の父は東の天帝・帝俊、母は義和という女神です。
太陽たちは東の果てに住んでいます。そこには湯谷という深遠な谷があり、天まで届く巨大な扶桑がそびえていました。太陽たちは毎日、谷底の水を浴びて身を清めると、ひとつの太陽だけが扶桑の木の天辺から東の空へと昇り、天空を西へ西へと進みます。やがて西の果てに到着すると太陽は沈み、扶桑の木の下で待っていた次の太陽が東の空へと向かいます。こうして世界は新たな1日を迎えるのです。
さて、中国の伝説の皇帝・堯帝の時代に、10個の太陽が同時に空に昇ってしまうという事件が起こります。地上世界はあっという間に灼熱地獄と化し、植物は枯れ、動物は倒れ、人間たちも次々と悶死していきました。
助けを請う堯帝のために、東の天帝・帝俊は天界随一の弓の名手である羿(げい)を人間界へと派遣することにします。帝俊は羿を呼び、「ちょっとお灸をすえてやってくれないか」と頼みました。太陽たちは可愛いわが子ですから、地上世界をめちゃくちゃにしたからといって殺してしまおうとまでは思わなかったのです。
羿は妻の嫦娥とともに早速地上世界へと向かいます。そこで目にしたのは、予想以上に酷い現実でした。
羿は帝俊の指示を守ることをやめ、太陽を全て射殺することに決めます。羿が矢を放つと、太陽は大音響とともに破裂しました。こうして9つの太陽が射殺され、空には残されたひとつの太陽だけが昇るようになりました。言いつけを守らなかった羿は天帝の怒りを買い、妻の嫦娥とともに神の資格を奪われ天界から追放されてしまいました。
射落された太陽と月
同じ中国でも、雲南省の山岳地帯に住む布朗(ぷーらん)族にはまた違う神話が伝わっています。
黒い霧や雲が漂うだけだった原初の世界に、ある時、創造神グメイヤが現れ、天地を造りました。グメイヤは次に超巨大な宇宙サソリの体から天空・星辰・大地・人間・動物・植物を創造します。天地創造は順調に進み、いつしか地上世界は人間たちの楽しい笑い声で包まれるようになりました。
ところがグメイヤと敵対する太陽の9姉妹と月の10兄弟はこれが面白くありません。そこで彼らが一斉に強烈な光を放つと、たちまち大地は干上がり、植物は枯れ果て、動物もバタバタと倒れていきました。生きているものも身体の一部を焼かれ失ってしまいます。カエルに尻尾がなく、ヘビに足がないのはこのためです。
兄弟姉妹の所業に怒り狂ったグメイヤはいちばん高い山に登ると、彼ら太陽・月に向けて矢を射かけました。8個の太陽と9個の月が射落とされ、残った太陽と月は山の向こうへ逃げていきます。太陽を失った世界は暗闇と冷気に包まれはじめました。
灼熱地獄から一転、暗くて寒い地上世界では、農作物が育たず外を出歩くこともままなりません。人間たちの嘆く声を聞いたグメイヤは、逃げてしまった太陽と月を連れ戻そうとツバメに隠れ場所を探させます。探索の結果、太陽と月は東の果ての洞窟に逃げ込み、巨大な岩で入口を閉じてしまっていることがわかりました。
そこでグメイヤは鳥・獣・昆虫たちに太陽と月を説得して出て来てもらうことにします。自分が行くと恐がられてしまうと思ったからです。
鳥・獣・昆虫たちは洞窟にたどり着くと、一斉に「お出ましを」と呼びかけましたが、反応はありません。結婚して夫婦となっていた太陽と月はグメイヤの襲撃に怯えて外へ出られず、餓死寸前になっていたのです。
雄のニワトリが彼らの説得をはじめました。
「私の鳴き声はあなたがたの安全が保障されているという証です。鳴いたら出て来て、鳴かなければ出て来なければいいというのでどうでしょう?」
雄ニワトリは約束を違えないという証に、木疙瘩(むげだ)という赤い植物をふたつに断ち切り、一片を洞窟に投げ入れ、もう一片は自身の頭の上に乗せました。雄ニワトリの頭に赤いトサカが付くようになったのはこの時からです。
雄ニワトリの説得で、太陽と月は洞窟の外に出ることを承諾しました。動物・昆虫たちはグメイヤからのふたつの要求を伝えます。ひとつは「決して一緒に天空に昇らず、ひとりは昼に、もうひとりは夜に昇ること」、もうひとつは「ふたりが会うのは、月の初めだけにすること」というものでした。
太陽と月は相談し、昼は妻である太陽が、夜は夫の月が昇ることに決めました。大勢の人に見られることを恥ずかしがる妻に、夫は針を渡すと、「お前を見つめる者がいたら、これで目を突き刺してやりなさい」と諭します。こうして太陽と月は再び天空に昇るようになり、地上世界には平穏な暮らしが戻って来たということです。
『三体』の設定にも似たところのある中国神話。こうした神話は中国だけでなく、アジア各地や北アメリカ西部のネイティブ・アメリカンたちの間にも存在していたといいます。太陽や月が複数存在する世界というのは、案外身近なものなのかもしれません。
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◎参考文献
太陽と月の伝説
著者:森村宗冬
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