作者:井戸正善
パンタポルタ連載小説『よろず道場のお師匠さん』(著:井戸正善)に登場するエルフの少女ルリによる、聞きかじり防具コラムが連載スタート!
師匠から聞きかじった武器の知識を丁寧にわかりやすく教えてくれます。
隔週木曜日更新、全10回予定!
戦場では馬も象も武装していた
――騎馬兵が騎乗する馬に鎧を着せるのは、古代ギリシャ時代から見られるようになりましたが、当初は革や布を使った軽い素材で作られていました。
さほどの防御力は無く、剣が当たっても切れにくいくらいで、馬の背中を覆う程度のものでした。
そして、2世紀頃には帝政ローマで馬用の金属鎧が登場します。
――10世紀ほど後にシャンフランやチャンフロンと呼ばれるようになる馬の顔を覆う面や兜は、実は鎧より先に採用されています。
これは戦場で兵士よりも前に出ることになる馬の頭部を守るためでもありますが、臆病な馬が戦場の音や兵士達の動きに驚いたり怯えたりしないようにと視界を制限するためでもあります。
このように馬の視界を制限する方法は、現在でも競馬場で競走馬に採用されています。視界を遮って競争に集中させたり、耳を覆って音に驚かないようにするのです。
――そして4世紀頃になると西ゴート王国でも馬の鎧が使用されるようになります。
鉄板で作る馬の面については似たような構造ですが、身体を覆うのはチェーンメイルでは無く、布に小さな鉄板を張りつけたスケイル・アーマータイプのものです。
チェーン・メイルよりも安価且つ短期間で製造でき、尚且つ馬の体形に合わせるのも容易だったためだと考えられます。
――こうして発達した馬用鎧は、14世紀になって一つの完成形へと到達します。
『バード(バーディング)』と呼ばれる馬の為の金属製全身鎧です。
頭部を守るシャンフラン、首部分を覆うクリネット(クリニエール)、胸当てとなるペイトラル(ペイトレール)、鞍を乗せる胴体中心部を包むフランカド(フランチャー)、尻部分を覆うクラッパ(クルーピエ)の5つのパーツから構成されています。
――シャンフランは目の部分が円形にくり抜かれていますが、塀のように覆う縁が作られており、馬の視界を制限しています。馬の動揺を抑えるための視界や聴覚の制限は、ここでも活かされているわけです。
円形の補強具であるロンデルはシャンフランの特徴とも言えるパーツで、スパイク(突起)がついたデザインのものも多く存在します。
――弓で敵将の馬を狙う戦法や、まず馬を切りつけて落馬した騎士を狙うという戦法が確立され、歩兵や弓兵に対する騎兵のアドバンテージが低下する状況になりました。
そこで、馬用の鎧が見直され、騎士達と同じように馬の為の全身鎧が開発されることになったのです。
斬撃が通用しないから鈍器が活躍したって説明した頃の話ね。矢が当たっても衝撃はあっても怪我はしなかった程度には頑丈だったの。
でも、頑丈な鎧を着ていても落馬したら怪我をするか、下手したら命を落とすこともあるわ。
でも、頑丈な鎧を着ていても落馬したら怪我をするか、下手したら命を落とすこともあるわ。
――こうして誕生したバードは、その後は騎士同士が戦う馬上槍試合でも使われるようになります。
一対一でランスやウォー・ハンマーを構え、互いに馬を走らせてすれ違いざまに攻撃して落馬させる“ジョスト”という競技に置いて、馬を守る為に使われたのです。
ジョストはあくまで騎士を狙うことになっていますが、手元が狂うことも無いわけではなく、突進する馬が怯えないようにするためでもあります。
――日本や中国でも、馬用の鎧は登場します。
その多くが皮を鞣して馬の身体を覆うように乗せたものか、そこに金属板を取り付けたスケイル・アーマータイプのものでした。
――戦象の歴史は古く、インド周辺から発生したと考えられ、紀元前4世紀頃には数百頭の戦象が投入されたとされています。
しかしこの頃は象を守るための装備はあまり発達せず、せいぜい布をかけた程度か、人が乗るためのやぐらを固定するために胴や頭部に金属製や木製の覆いを付けるくらいでした。
象を守ることを目的とした鎧が登場するのは、17世紀にムガル帝国においてのことです。
この頃には銃砲による攻撃が主流となり、象そのものが戦力とはなりえませんでした。しかし、指揮官が戦場を見渡すための移動できるやぐらとしての運用がされたのです。
次回「脚の防具」は8月22日公開予定!
◇おすすめ記事
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「ルリちゃんの聞きかじり武器講座」 |
◇キャラクター紹介
【ルリ】
道場主である斎舟の一番弟子を自負するエルフの少女。
斎舟が居ない間は道場の留守を任されている。
生活のほとんどを稽古と研究に費やしているという努力家な一面も。
道場主である斎舟の一番弟子を自負するエルフの少女。
斎舟が居ない間は道場の留守を任されている。
生活のほとんどを稽古と研究に費やしているという努力家な一面も。
【熊公】
本名はイービルベアードといい、熊獣人に魔族の血が混じった大男。
“モノ溜まり”と呼ばれる場所に流れ着く、異世界からの漂流物を回収
して売買することを生業としている。
本名はイービルベアードといい、熊獣人に魔族の血が混じった大男。
“モノ溜まり”と呼ばれる場所に流れ着く、異世界からの漂流物を回収
して売買することを生業としている。
◇参考書籍
『図解 防具の歴史』
著者:高平鳴海
イラスト:福地貴子
>書籍はこちら
*作者紹介*
井戸正善(いどまさよし)。HJノベルスより『呼び出された殺戮者』が1~9巻まで発売中! コミックウォーカー及びニコニコ静画にて、コミカライズ版も掲載。また、Kラノベブックスより『王族に転生したから暴力を使ってでも専制政治を守り抜く! 』が発売中。佐賀市のエアガン飲み屋『NEST』の店主さんでもある。
井戸正善(いどまさよし)。HJノベルスより『呼び出された殺戮者』が1~9巻まで発売中! コミックウォーカー及びニコニコ静画にて、コミカライズ版も掲載。また、Kラノベブックスより『王族に転生したから暴力を使ってでも専制政治を守り抜く! 』が発売中。佐賀市のエアガン飲み屋『NEST』の店主さんでもある。