イラスト:藤 未都也
☆ポルタ文庫から2019年8月10日に刊行された『託児処の巫師さま 奥宮妖記帳』の作者、霜月りつ先生による書下ろし番外編です☆
真夏に雪女の噺を聞く
「
巫師の
「ゆきめ?」
「吹雪の夜に現れて、人を凍え死にさせるあやかしです」
久しぶりに
「少しは涼しくなるかもしれませんよ」
「ほお」
翠珠は
「会ったことがあるのか、巫師殿?」
あけ放った窓の外には入道雲。夏の日差しが遠慮会釈もなく床の上に落ちてくる。
「みーずー、ひやっこい、みーずー」
通りを水売りの声が通って行った。
「あれは何年前だったか、もう忘れちまいましたがね」
昴は耳に心地よい、低い声で話しだした。
その日、小さな山を越えようとしていたのですよ、雪が降る前に。
ところがやっぱり降られてしまいまして、とある山小屋に転がり込んだんです。
山小屋には先客がおりまして。
若い女と男……どうやら駆け落ちものらしく見えました。他には荷物を抱えた行商人、出稼ぎから帰ってきたらしい男、商家のだんなとそのおつきの若いもの。ええ、俺もあわせて七名です。
雪は避けられたんですが、薪が足りなくなりまして、このまま火がなくなって眠り込めば凍死は必至。そんなわけでどうにか起きていようと、だれからともなく怖い話でもしようじゃないかということになりました。
俺はもちろん巫師ですから、その手の話はいろいろ体験してますよ。なので話題には困らないんですが、まあ他のものの話でも聞いてみようかと黙っておりました。
面白い話がいろいろ出ましたよ。駆け落ちものはじつはさる貴族の若妻と使用人だったんですが、病気の夫を置いて出てきてしまったらしいんです。それでさっきから吹雪の音がその病気のだんなのひゅうひゅうとなるのどの音に聞こえてしょうがない、とか。
はは、マジメな翠珠さまには腹の立つ話でしょうね。
出稼ぎから帰ってきた男は帰り道、子供たちに早く会いたいがために、腹の大きな女を押しのけて船に乗ったということです。女の腹を強く押してしまった時、赤ん坊がぐにゃりとつぶれる気配があったと言ってました。さあ、そのあと女がどうなったかは見てないと言ってましたが、さすがに後味が悪かったんでしょうね。
ああ、この話も翠珠さまには気に入りませんよね。
商家の旦那は息子に代を譲ったら、とたんに邪魔ものにされてしまったらしいんですよ。小さな座敷に押し込められて、店に顔を出すと怒られるんだそうです。くさくさするんで旅に出たそうですよ。
お供の若い男は故郷の母親の具合が悪いという手紙をもらって心配でしょうがないそうです。家がそこから近いので見舞いに行きたいと言っていましたが、旦那さんが許してくれないらしいんですよ。
そうですよね、どうせ気晴らしの旅なんだから、ちょっとは融通利かせれば……って、翠珠さまの仰るとおりです。
最後の行商人は、青い顔をして黙っておりました。ところが話が進むうちにがたがた震えてきましてね。どうしたんです、こんどはあんたの番ですよ、と商家の旦那が促します。それで行商人は泣きそうな顔で言いだしたんですよ。
実は昨日泊まった宿で殺人を目撃しちまったって。
若い男が年寄りを殺したんだそうです。その前になにか大声で言い合っていたのを聞いたって。それでどたんばたん音が聞こえて気になってこっそり覗くと、若い男が包丁を持って商家の旦那ふうの年寄りを刺して呆然としていたらしいんですよ。
その若い男ですか? 宿の窓から飛び降りて首を折って死んでしまったそうです。
で、その前にもひどい出来事に遭遇してるんですよ、その行商人。
大きな川で渡し舟が転覆したのを見たそうなんです。お腹の大きな女を押しのけて船に乗ったやつがいたらしいんですが、その船がどぼんと。妊婦は自分の身代わりになったと拝んでましたって。
おや……? 翠珠さま、なにか言いたそうですね。
そうそう、そもそもその男は行商人のフリをしてましたが、実はさるお屋敷から頼まれて、不義を働いた妻と使用人を追ってきたものだったんですよ。でもね、結局妻と使用人はお互いの腕を縛って川に飛び込んで心中しちまったんですって。
行商人はそれだけ言うと頭を抱えてうずくまってしまいました。聞いていた他の人間はだんだん青い顔になっていきましたよ。
駆け落ちものたちは互いの腕を結んだ紐に気づいたようです。
出稼ぎ男は全身から水がぽたぽた落ちているのに。
商家のだんなは自分の腹から突き出している包丁に。
若い男は折れて曲がっている自分の首に。
はは、とんだ死人芝居でしょう。
タネをあかされた死者たちはたちまち消えてしまいましたよ。
残されたのは俺とその行商人だけ。
そのときですよ、雪女が現れたのは。
真っ白な肌に淡い色の髪、氷のような青い瞳。
雪女はその手に一人の男の亡骸をぶらさげていましたよ。それが驚くじゃありませんか、今俺の目の前で腰を抜かしている行商人とそっくりなんです。
〝ああ ここにいた〟
雪女は言いました。
〝さっき こおらせてやったのに たましいだけを にがしてしまった〟
悲鳴を上げた行商人はたちまち消えうせてしまいました。雪女は俺を見るとまっしろな顔を歪めて笑いましたよ。
”おまえも ひとが わるいねえ しにんをあつめてひまつぶしかい”
いえいえもちろん、俺はそんなつもりはありませんでしたよ。どういうわけだか集まっていたんです。ほんとですよ?
翠珠は冷茶をぐっと喉の奥に叩き込んだ。昴は相変わらずにこにこしている。
「私は雪女は見たことはないが」
翠珠は口をへの字に曲げた。
「きっとお主のように恐ろしく美しい顔をしているんだろうな」
「そんなに褒めていただかなくても」
「褒めてない!」
卓を叩いた翠珠に、昴は大仰にのけぞる。
「ではこんな無駄話より、翠珠さまの話を聞きましょうか。どうせ仕事のご依頼でしょう?」
「ああ」
翠珠は苦乙の葉を噛んだようなまずい顔をした。
「今度は何が出ましたか?」
「首だけで宙を飛ぶ魔物だ」
「面白そうだ」
昴の笑みが深くなる。翠珠は卓に肘をつき、顔を前に突き出すと、巫師・昴にことの次第を話し始めた……。
『託児処の巫師さま 奥宮妖記帳』
著者:霜月 りつ
イラスト:藤 未都也
定価:本体650円(税別)
堅物女性兵長と皇宮リストラ青年巫師が
男子禁制の後宮を駆ける!!
かつて皇宮巫師として名声を博した青年、昴。
理由あって皇宮を離れた今は、街で託児処を営み子どもたちの世話をしている。
貧しくとも楽しい日々を送っていたある日、突然現れた兵士にさらわれた昴。
兵長の翠珠から「奥宮の妖怪騒ぎを巫師の力で解決してほしい」と言われ、
昴は報酬を目的に仕事を引き受けることに。
だが、妃たちが暮らす奥宮は男子禁制。昴は男であることを隠し、女装姿で事件の捜査を進めるはめに。
しかし、妖怪騒動には意外な事実が隠されていた――。
子ども好きな美貌の巫師と堅物女性兵長のコンビが、妖怪事件の謎を解く!
中華あやかしミステリー!!