☆ポルタ文庫2019年8月10日刊行『死体埋め部の悔恨と青春』の作者、斜線堂有紀先生による書下ろし番外編です☆
死体埋め部の広報と実態
「なあ
「駄目に決まってるでしょう」
二人きりの部室の中で、祝部はげんなりしながらそう答えた。本当は無視してやりたかったのだが、そうすると一層面倒なことになりそうだったのでやめた。出会って一月くらいしか経っていないのに、祝部は
「でも本当じゃん。俺とお前でやったことって言ったら死体埋めだけじゃん。死体埋め部だからそれでいいんだけどさ」
「……言っておきますけど、織賀先輩が頼むから一緒にイケア行ったじゃないですか。あと、結構二人でご飯食べたりとか、行ってみたいからの一点張りでゲーセンも付き合ったでしょう」
「それは俺達が仲良しなだけだろ!」
「仲良しカウントされるのもあれなんですが……」
「そういうのは書けないんだよな。だって、サークル活動だもん」
そう言って、織賀は白紙の『サークル概要書』を見せてきた。
二人が通っている英知大学では、六月になると『サークルオリエンテーション』が催される。各サークルが新入部員を獲得するべく、ブースを設置するという小さな説明会のようなものだ。どれだけこの行事に熱を入れるかはサークルの裁量次第だが、オリエンテーションカタログに情報を載せる為の『サークル概要書』だけは全てのサークルが提出を義務づけられている。
勿論、織賀と祝部が表向き所属している生物研究会も例外じゃない。
「表向きは俺達は生物研究会なんですから。表だけでいいから取り繕ってくださいよ」
「はいはい」
「本当に頼みますよ!? 俺は織賀先輩の破滅願望に巻き込まれたくないですから!」
「俺にだって破滅願望はねえけどさ、埋め部への愛着はあるから」
そう言って織賀は八重歯を見せながらにんまりと笑った。
今までのやり取りは悪趣味なジョークのように聞こえて趣味なジョークではない。何しろ、織賀と祝部は依頼人から金を受け取り、死体の処理を請け負う死体埋め部なのだ。表向きは生物研究会としてサークル申請をしているけれど、実際にやっているのは生と対極にある活動と言っていい。
本当なら祝部はこんな物騒なサークルに加入するつもりじゃなかった。当然だ。明るく楽しい青春に死体要素なんか絶対に差し挟みたくない。
それでも祝部は、英知大学に入学したその日に織賀に助けられた。正当防衛でうっかり殺してしまった相手の死体を、織賀の手で処理してもらったのだ。人生を左右するこの救済に対し、織賀が求めてきたことと言えば、ただ死体埋め部の副部長になることだけだった。それ以上でもそれ以下でもない。勿論、死体処理という犯罪に加担させられているというのは
だからこそ、祝部は織賀を強く拒絶することも出来ず、むしろ好ましい先輩として思うようになってきていた。本当に笑えない事態だ。今だって、試すような言葉で祝部の動揺を誘う織賀の相手をしてしまっている。
「じゃあいいっつーの。普通に生物研究会、活動内容・生物研究で出すから」
「それでいいと思いますけど、やる気なさ過ぎじゃないですか? 勧誘する意思がまるでないっていうか……」
「いやさ、これで誰かが入ってきたってまずいだろうがよ。実際は埋めてばっかなのにさ。完全犯罪は人数が多いほど難しくなるもんなのよ。だから、人はなるべく増やしたくないの」
「なのに俺のことは引き入れたんですね。織賀先輩が一人でやってた方がきっと上手く行ってたのに」
「そうかもね」
織賀は否定することもなく、一つ大きく頷いた。
「だって、俺はもう既にお前を助けたことをワンミスだと思ってるからね」
「……はあ、マジですか」
「俺はね、今まで気ぃ抜かなかったの。自分で決めた一線をしっかり守って、高望みしないで生きてきたわけ。でも、ずーっとそれも寂しいじゃん。ずりいよ。みんなだけ欲しいものに手伸ばすとか。だから、駄目なのにちょっと望んじゃったわけ。ほんとよくねえのよ。マジで最悪。だから俺が神の奴に足を掬われるとしたら──掬われるとしたらの話な? 俺は絶対そんなことしねえけど、それは多分、お前の所為なわけ」
散々な言われようだった。今だって巻き込まれているのは祝部の方であるはずなのに、どうして織賀は自分の失態のような顔をして悔恨しているのだろう?
「なら、どうして俺のことを助けてくれたんですか」
「理由なら言ったじゃん」
織賀が祝部を助けたのは、偏に後輩が欲しかったからだ。死体埋め部の顔を知ってもなお、自分の元に居てくれる後輩を必要としていたからだ。ついでに言うなら活動後に一緒に食べるラーメンも、部室での他愛ないお喋りも、何をするでもない合宿をも求めていた。けれど、だからって祝部を──殺人犯を助けて仲間に引き入れようとするなんて狂気の沙汰でしかない。そのまま信じるなんてもっての外だ。
けれど、その全ての疑念を吹き飛ばすように、織賀は先輩ライクな笑みで屈託なく言ってのけるのだ。
「俺はお前といると幸せな青春なのよ」
「……そうですか」
「あー? 何だよその薄いリアクションは。これでも俺は結構危ない橋渡ってんだからな? 神様は気にくわないだろうし。どーせあいつ俺が欲しいもん全部奪ってくんだもん。きっと俺はお前を助けたことを後悔する日が来るよ」
「じゃあ、時間が戻ったら俺のこと助けないんですか」
「そうだなあ。俺は死体埋め部の部長だけど、祝部
嘘か本当か分からないことを言って、織賀はまた笑った。
結局、この年のサークル勧誘を生物研究会は一人の入部者も出さずに乗り切った。少しでも興味を持った人間が居れば「土日も毎日登校で亀の世話してもらうけどいい?」と滅茶苦茶な要求で追い返した結果である。二人きりの生物部室でニヤついている織賀を見て、本当にこれでいいのかと思わなくはなかった。祝部の青春が軋みを上げているのが分かる。元々、誰かの死の上に成り立つ死体埋め部自体がおかしいし歪なのだ。織賀だっていつ祝部を裏切るか分からない。賢くてドライである織賀善一は、死体を埋める暗い穴に祝部を放ることだって厭わないだろう。
でも、その八重歯の似合うキュートな笑顔で吐かれた言葉なら信じてみたいと思うのが人間であって。そう思ってしまう祝部はもう行くところまで行ってしまったわけで。
なら、全てに目を閉じて、神様に蹴り出される前に、自分の手を取ってくれたたった一人の先輩のことだけを想って青春をやっていくしかないかもしれない。祝部はそうやって今日も自分を正当化する。
ところで、亀を嘘に使う織賀を見ながら、祝部は「亀くらいなら飼ってもいいんじゃないですか」と、心にも無いことを言ってみた。生き物を飼うのは一大事だけれど、織賀は意外とそういうのが嫌いじゃないだろうし。けれど織賀は真面目な顔をして「俺らって亀より長生き出来んのかな? そうじゃなきゃ可哀想じゃん」と笑った。本当に縁起でも無い。でも、演技でもなさそうなので、この青春はままならない。
『死体埋め部の悔恨と青春』
著者:斜線堂 有紀
イラスト:とろっち
定価:本体650円(税別)
死体の処理、引き受けます。
秘密裏に“案件”を請け負う先輩と
巻き込まれ型の後輩が奇妙な死体の謎に挑む。
英知大学に入学したばかりの祝部は、飲み会の帰りに暴漢に襲われた末、誤って相手を殺してしまう。
途方に暮れた祝部を救ってくれたのは、同じ大学の先輩だという織賀だった。
しかし死体の始末を申し出てくれた織賀の車には、すでに別の死体が乗っており、
祝部は秘密裏に死体の処理を請け負っている織賀の手伝いをする羽目に。
そのうえ、織賀が運ぶ“奇妙な死体”がなぜそんな風に死んだのか、織賀を相手に推理を披露させられることになるのだが…。
繰り返される『死体遺棄』の末に祝部と織賀を待ち受けるものはいったい何か――。
気鋭の作家が描く、異色の青春ミステリー。
◇斜線堂有紀先生の映画コラム