文:斜線堂有紀
「幻想キネマ倶楽部」とは?
毎月28日にお届けする、小説家の斜線堂有紀先生による映画コラムです。
月ごとにテーマを決めて、読者の皆さんからテーマに沿ったオススメの映画を募集します。
コラムでは、投稿いただいた映画を紹介しつつさらにディープな(?)斜線堂先生のオススメ映画や作品の楽しみかたについて語っていただきます!
今月は「平成ベスト」映画観てみない?
平成が終わった実感が持てないまま日々を過ごしている。令和という元号は未だ仮置きの名前として宙に浮いていて、いつか本物の名前が挿げ替えられるんじゃないかと疑っている。平成生まれの身の上としては、元号が変わるというのはそれくらい緩やかに衝撃的なことで、令和に馴染む前に令和すら何処かに行ってしまうんじゃないかと思っている。
というわけで未だ平成31年を生きる斜線堂有紀がお送りする今回のテーマは「平成ベスト映画」である。自由度の高いテーマにて語るべきことが多くなってしまったので、今回取り上げるのは2本だけなのだが、残りははみだし映画語りで補完するのでご容赦頂きたい。
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ワームホールもブラックホールもこの映画を観たら姿が分かるという優れものな時点で、平成ベストに間違いないです。時間を越えた娘と父親のやり取りも感動します。(悪い子)
インターステラー
インターステラー(2014)
監督:クリストファー・ノーラン
製作国:アメリカ
監督:クリストファー・ノーラン
製作国:アメリカ
今回の一本目は『インターステラー』だ。
以前の幻想キネマ倶楽部6月回では、生々しい宇宙の恐怖を描いた『ゼロ・グラビティ』について触れた。あの映画が私達に教えてくれるのは、静謐で超然とした「宇宙」というものに対する人間の無力さである。しかし、今回の『インターステラー』は宇宙の恐怖と共に、その無限の可能性も私達に教えてくれる。あるいは、宇宙も凄いけど人間の感情も凄い!! と教えてくれる。どういうことか? 予めネタバレをしておく。どうしてみんな『インターステラー』が好きなのか。それは『インターステラー』がガッチガチのセカイ系だからである。セカイ系を大雑把に説明すると、人間と人間の強感情と関係性が世界に直結して動く物語のことだ。『インターステラー』では、壮大なSF描写や宇宙の長い旅路を描きつつ、主人公のクーパーと娘のマーフの間の愛で宇宙を巻き込む奇跡をも描いている。
あらすじはこうだ。主人公のクーパーは、寿命が尽きかけ植物がまるで育たなくなってしまった地球の代わりに、人間が居住可能な惑星を探すミッションを受ける。人類の存続を懸けたミッションだが、惑星が見つかる可能性はもとより生還出来る見込みすら殆ど無い。娘のマーフは父親がそんなミッションに身を投じることに反対するが、クーパーは「必ず帰ってくる」という約束を残し、彼女を置いて宇宙に旅立ってしまう……。
『インターステラー』の世界はかなり絶望的な状況だ。放っておけば人類は滅亡するしかなく、存続の望みを懸ける宇宙は危険で孤独な世界である。その上、惑星を調査する為に降り立てば「この惑星の1時間は地球では7年」という浦島太郎もショック死しそうな事実に面と向かうことになり、とにかく過酷なのだ。新海誠監督の『ほしのこえ』のように、宇宙がクーパーとマーフを引き裂いていく。時間の流れによって阻まれる2人の再会を見ていると、宇宙の恐怖とはまた別の、寄せて返すような静かな悲しみを覚えるのだ。
しかし、この映画はその過酷さや神秘の果てにある、とある奇跡を見せてくれる。その奇跡の引き金となるものこそ、マーフのもとに帰りたいというクーパーの強い感情だ。その感情が宇宙を揺るがし、地球でクーパーの帰りを待つマーフへと共鳴する。ここで起きたことを初見では理解出来ず、パンフレットなどを見て解釈したのを覚えている。そのくらい衝撃的な展開なのだ。この展開が不自然ではないのは、偏に宇宙が人間の理解を超えて恐ろしいものだからである。理解出来ないものというのは、可能性の塊であるということでもある。私達は宇宙が完全には解明されていない恐ろしいものだと認識することで──そのことを『インターステラー』の中でまざまざと見せつけられることで、この展開を感覚的に受け入れられるようになる。宇宙ならこういうことが起こるだろう、人間の愛ならこんなことも出来るだろう、という説得力の強さが段違いな映画が『インターステラー』なのだ。
どうして私達はセカイ系に惹かれるのだろう。それは、私達が本質的に自分達をちっぽけな存在だと知っているからではないだろうか。だからこそ、こんなちっぽけな存在でも、世界を揺るがせるというのが、なかなかどうして面白い。『インターステラー』は限りなくマクロなものを扱いながら、限りなくミクロなものの力を信じる映画でもあって、そこが観客を引き付けるのだと思う。
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前回と同じく、ここからは私が選ぶ「平成ベスト映画」なのだが、ベストを選ぶにはこの世には名作が多すぎる。なので今回は平成ベストの題に沿い、「平成に公開された邦画」かつ「原作の無い」「個人的に思い出深い」「あまり他の人が名前を挙げているのを見たことがない隠れた名作」という基準で選んだ。
私の平成ベストは2000年公開、山崎貴監督の『ジュブナイル』だ。内容はズバリ、そのタイトル通り少年少女(ジュブナイル)が、フクロウのような形の高性能ロボット・テトラと出会い、一緒に夏休みを過ごしながら、地球を狙う宇宙人の陰謀に立ち向かう……という正統派青春夏休み映画らしいものである。
ジュブナイル [DVD] |
ジュブナイル(2000)
監督:山崎貴
製作国:日本
監督:山崎貴
製作国:日本
この映画は、私が虚弱体質の名を恣にしていた頃に公開されていたもので、未就学児の私はコロコロコミックの宣伝でこの映画の存在を知ったのだった。けれど、様々な理由から劇場に行くことは叶わず、その後小学1年生の夏休みで『ジュブナイル』のビデオ(だったのかDVDだったのかは正直覚えていない、ビデオがまだあったかもしれない)を買って貰って念願の視聴を果たした。この1年のブランクの間に私は「どんな映画なんだろう」とひたすら妄想し尽くしていた為、観る時は答え合わせをするような不思議な気分だった。
そして観た『ジュブナイル』は、私が拙く妄想していたものより、当然だが遥かに面白かった。「夏休み」というのは本来こんなに輝いていて楽しいのだと思った。明るくて分かりやすい筋立て、みんなで秘密を共有して自転車で遊びに行く様、美しくて明るいのにどこか寂しさを覚える夏の風景……。それらは私の幼心をいたく刺激し、それ以来、暇さえあれば『ジュブナイル』を観た。私はこの映画のセリフを覚え、展開を覚え、夏そのものを記憶した。だからこそ、私の夏の原風景はここにある。
この映画の名前を見ることが少ないのは、これが徹頭徹尾子供向けの夏休み映画だからだろう。だからこそ、私が子供の頃にこの映画を観られたことは得難い経験だった。令和になった今も、子供向けの夏休み映画は作られ続けていて、子供達の原風景を生んでいる。それがとても嬉しい。
余談だが、この映画に出てくる「FID」という言葉のことを、私は折に触れて思い出す。これは主人公の祐介が言う合言葉のようなもので「ファイト一発ドンと行け」の頭文字だ。いかにも子供っぽい魔法の言葉だが、大人になって苦境に立たされる度、私は人生におけるライフハックの一つとしてFIDのことを思い出す。
(パンタポルタからのお知らせ)
9月のテーマは
「この映画に出てくる食べ物が好き!」
『幻想キネマ倶楽部 ~小説家 斜線堂有紀とファンタジー映画観てみない?~』9月のテーマは「この映画に出てくる食べ物が好き!」です。
残暑が続いていますが、暑さが和らげばもうじき秋がやってきます。
秋といえば、読書。そしてなんと言っても「食欲の秋」ですね! みなさんは、映画の中の食事シーンが気になったことはありませんか?
今回は、映画に登場する美味しそうな料理やスイーツの数々から、あなたのお気に入りの食べ物を教えてください!
映画のタイトルだけでも大歓迎☆
たくさんのご投稿をお待ちしております。
今月のはみだし映画語り
“平成”という括りなので日本映画から(その2)。塩田明彦は『月光の囁き』も『カナリア』も捨てがたいが、リアルタイムで主人公の世代を生きてたこの作品が特別。他愛もない小学生男子の日常と、すっと途切れるラスト。映画が生きてる。(くー)
どこまでもいこう
まずは平成という括りなので邦画から、という視点をくださったくーさんに格別の感謝をお送りします。確かに平成ベストなのだから邦画であるべきなのかもしれない、といいつつ『インターステラー』を語ってしまった……!
さておき『どこまでもいこう』は、心に刺さる名作である。何か大きなことが起こるわけじゃなく、かつてとても仲の良かった2人の少年が、子供らしいすれ違いと成長を経て、ごく自然に疎遠になる映画だ。そこには無条件な永遠は無く、リアルな人物造形を見ていると「ああ、そうだな。なればこそ永遠は無いな」と思わせる。だから、永遠コンプレックス(永遠という概念に焦がれる気持ち)を抱えた身の上には、とにかく刺さる。この映画の延長線上に『スタンド・バイ・ミー』とか『スリーパーズ』とかがあると思うんですが、どうでしょう?
当時5歳だった自分に「昭和」と「平成」を教えてくれた映画🤣 数年置きに観ては泣いてる🤣(チャック・ノリス)
映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲
確かに「平成」と「昭和」の概念を教えられたのはこの映画だった気もする、誰もが知る名作映画。あれ、子供の時に見ると懐かしさについて「そういうものか~」の態度でいられるんですが、こうして大人になって観ると、回顧の気持ちに呑まれて息が出来なくなりそうになります。
なかなか良質なミステリーであるのですが、丁寧に張った伏線を何故かそのままにして分かりやすく回収していないので、ミステリーの第一段階で大体の視聴者が止まっているというちょっと残念な作品なのですが、山田洋次監督こんな作品も作れるのか……! という点と描き方の丁寧さがなかなかの良作ではないかと思うので……。(焼肉)
小さいおうち
焼肉さんの仰る通り、良質なミステリーかつ恋愛映画。推理小説的な手法を用いて真面目に映画を作るとこんな感じになるんだな、ということで個人的には映画『お嬢さん』を髣髴とさせます。予告編が穏やかな不穏さに満ちていて白眉の出来であったことを思い出します。
*作者紹介*
斜線堂有紀。第23回電撃小説大賞で《メディアワークス文庫賞》を受賞した『キネマ探偵カレイドミステリー』が1~3巻、『私が大好きな小説家を殺すまで』『夏の終わりに君が死ねば完璧だったから』がメディアワークス文庫から発売中。『死体埋め部の悔恨と青春』(ポルタ文庫)は新紀元社より発売中!
斜線堂有紀。第23回電撃小説大賞で《メディアワークス文庫賞》を受賞した『キネマ探偵カレイドミステリー』が1~3巻、『私が大好きな小説家を殺すまで』『夏の終わりに君が死ねば完璧だったから』がメディアワークス文庫から発売中。『死体埋め部の悔恨と青春』(ポルタ文庫)は新紀元社より発売中!
シリーズ名:ポルタ文庫
著者:斜線堂 有紀
イラスト:とろっち
定価:本体650円(税別)