この夏は7月9日から、東京国立博物館で「特別展・三国志」が開催されています。三国志といえば中国を代表する人気コンテンツ。舞台となる時代は紀元2世紀ごろ、小説の『三国志演義』の成立が明代(14~17世紀)ですから、人気の根強さは折り紙つきですね。
一方、近頃は『三位』でアジア人初のヒューゴー賞受賞者となったリュウ・ジキンや、『紙の動物園』でネビュラ賞・ヒューゴー賞・世界幻想文学大賞の三冠を達成したケン・リュウなど、SFの分野でも中国作家が大活躍しています。
ミステリーの世界でも、中国人作家・陸秋槎による古代中国を舞台にした本格ミステリー『元年春之祭』が昨年邦訳されました。日本の新本格ミステリーに強く影響を受け、アニメ的な美少女キャラクター同士の百合要素もある異色の作品として注目されています。世界的に中国文学の波が来ているのかも?
歴史上の中国、または中華風の異世界を取り扱う中華ファンタジー作品は、以前から人気があります。
『西遊記』がモチーフの『ドラゴンボール』や『最遊記』、同名の神怪小説を元にした『封神演義』などコミックの分野で盛んでしたが、最近は特に『薬屋のひとりごと』(日向夏 著)のヒットや『精霊の守り人』(上橋菜穂子 著)のアニメ再放送とドラマ化など、中華ファンタジー再注目の流れがあるようです。
そこで今回は名作から最新トレンドまで、注目の中華ファンタジーを紹介しましょう。
目次
壮大な世界観! 戦いと冒険を描く王道中華ファンタジー
重厚な歴史を持つ壮大な世界観を背景に、未知の世界への冒険や強力な敵との戦い、仲間との熱い絆などを描いた中華ファンタジーは、まさに王道。ここで紹介する作品はすでに有名ですから、読んだことのある人も多いでしょう。
中でも『十二国記』(小野不由美 著)は、中華ファンタジーの人気を決定づけるのに一役買ったシリーズ。第一作『月の影 影の海』の発表は1991年で、25年以上も続いています。
月の影 影の海 (上) 十二国記 1 (新潮文庫) |
神々や麒麟などの霊獣が存在する異世界を舞台に綴られる、十二の国の盛衰。現代日本に住む女子高生の陽子が十二国世界へ転移してしまうところから物語が始まり、運命に翻弄される人々の姿が描かれます。
最新作『白銀の墟 玄の月』もまもなく発表予定だとか。興味はあるけれどまだ読んでいないという人も、『十二国記』の世界に触れるチャンスですよ。
『守り人シリーズ』(上橋菜穂子 著)も長く続いた作品。初登場は1997年の第一作『精霊の守り人』で、本編10作と外伝3作が発表されて完結しています。
精霊の守り人 (新潮文庫) |
新ヨゴ皇国の皇子・チャグムを助けた腕利きの女用心棒・バルサ。チャグムの母・二ノ妃からチャグムを守るよう依頼されたバルサは、彼の暗殺を企む父帝の刺客を退けて逃亡をはかりますが、実はチャグムの身には異界の水の精霊の「卵」が宿っていて――
宮廷を舞台にした中華ファンタジーとは一味違うアジア的世界観が魅力の、スケールの大きな作品となっています。
一方で中華ファンタジーといえば、やはり三国志のような戦記をイメージする人が多いかもしれません。『風よ、万里を翔けよ』(田中芳樹 著)は、隋朝末期を舞台にした戦記もの中華ファンタジーです。
新装版 - 風よ、万里を翔けよ (中公文庫) |
隋の末期、煬帝の時代。花屋の娘・木蘭(ムーラン)は、老いた父の身代わりになって男装し、高句麗遠征に従軍することに。巧みな剣術で頭角を現した木蘭は武将に取り立てられ、出世を重ねます。しかし煬帝の圧政により次々と叛乱が起きる中、木蘭は……
『風よ、万里を翔けよ』の主人公・花木蘭は中国の伝説上の人物で、ディズニー映画『ムーラン』のモデルにもなっていますが、実在したかどうかは不明です。こうした歴史のifを楽しむのも、中華ファンタジーの醍醐味ですね。
アクションありホラーあり! 広がる中華ファンタジー
中国拳法やカンフーアクションが見たいなら、ハードボイルドな中華ファンタジーはいかがでしょうか。
『鬼哭街』(虚淵玄 著)は、電脳化された架空の上海を舞台にした復讐譚。友と信じた男の裏切りにより命を奪われた妹・瑞麗(ルイリー)の仇を討つため、犯罪都市・上海へ舞い戻った孔涛羅(コン・タオロー)。一振りの倭刀と必殺の電磁発頸「紫電掌(しでんしょう)」を武器に、凶悪無比な5人のサイボーグたちへの復讐が始まるのです。
暴力と性が支配するサイバーパンクな世界観も魅力たっぷりですよ。
鬼哭街 (星海社文庫) |
また、中国には『捜神記(そうじんき)』や『聊斎志異(りょうさいしい)』など、志怪小説と呼ばれる怪奇ものの伝統があります。『宋代鬼談 梨生が子猫を助けようとして水鬼と出会うこと』(毛利志生子 著)は、そのような志怪小説の流れを汲んだ中華ファンタジー。
宋代鬼談 梨生が子猫を助けようとして水鬼と出会うこと (コバルト文庫) |
科挙に合格した青年・梨生は、任地へ向かう途中に水鬼(水死した者が輪廻を外れて転じる鬼)の心怡と出会ったことで、死者の姿が見えるようになります。しかも赴任先では行方不明事件が多発していて、梨生はその調査にあたるのですが……人と怪異が交錯する、幻想的な作品です。
最新トレンド! 中華ファンタジー×お仕事小説
ここまでさまざまな中華ファンタジーを紹介してきましたが、最近のトレンドは、他のジャンルと同様に「お仕事もの」。活劇よりも主人公の設定を活かした謎解き作品が増えています。
『薬屋のひとりごと』は、その代表的作品。中華風異世界を舞台に、薬師の少女が毒と薬の知識を武器にして陰謀を暴くミステリーです。
薬屋のひとりごと (ヒーロー文庫) |
とある事情から後宮の下働きをすることになった少女・猫猫(マオマオ)は、元薬師。彼女は帝の御子たちが皆短命だということ、現在の御子2人も病で弱っていっているということを知り、興味本位で真相を調べ始めるのですが――
2019年8月現在、8巻までが出版され、シリーズ累計130万部突破の人気作品です。コミカライズもされていますので、手に取りやすいかもしれませんね。
「中華ファンタジーお仕事小説」の分野に今夏登場したのが、『託児処の巫師さま 奥宮妖記帳』(霜月りつ 著)です。
託児処の巫師さま 奥宮妖記帳 (ポルタ文庫) |
元皇宮巫師の青年・昴(コウ)は、街で託児処を営み平和な日々を送っていました。ところが突然兵士にさらわれ「奥宮の妖怪騒ぎを巫師の力で解決してほしい」と依頼されます。そこで昴は、男子禁制の奥宮で女装して捜査をするはめに!?
堅物女性兵長・翠珠(スイジュ)とのやり取りも楽しい『託児処の巫師さま 奥宮妖記帳』。先に紹介した『薬屋のひとりごと』が好きな方にもおすすめです。
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気になる作品はありましたか? この夏の読書は、悠久の中華ファンタジー世界に心を遊ばせてみるのもいいかもしれませんね。
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