文:斜線堂有紀
「幻想キネマ倶楽部」とは?
毎月28日にお届けする、小説家の斜線堂有紀先生による映画コラムです。
月ごとにテーマを決めて、読者の皆さんからテーマに沿ったオススメの映画を募集します。
コラムでは、投稿いただいた映画を紹介しつつさらにディープな(?)斜線堂先生のオススメ映画や作品の楽しみかたについて語っていただきます!
今月は「見てないけどこんな映画だろうと思っている」映画観てみない?
今回のテーマは変化球な「見てないけどこんな映画だろうと思っている映画」である。タイトルは聞いたことがあるけれど実際はどういう話なの? という映画を取り上げたい。7月も終わるというのに雨に降られて憂鬱な時だからこそ、観ていなかったこの映画! を観るのにうってつけかもしれない。
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見てはいないのですがタイトルを知ってからずっと気になっています。なんとなく悪人がたくさん出てくるノワール映画的なものを想像しています。(ヰ坂暁)
悪魔を憐れむ歌
悪魔を憐れむ歌(1997)
監督:グレゴリー・ホブリット
製作国:アメリカ
監督:グレゴリー・ホブリット
製作国:アメリカ
最初は『舌の上の君』のヰ坂暁先生からの投稿。確かにタイトル的にノワール映画っぽい。ローリング・ストーンズの有名楽曲と同タイトルで、このタイトル自体は色々なところでパロディをされているイメージがある。私がプレイしているとあるソーシャルゲームではキャラクターの必殺技だったり、別のゲームではゲーム内舞台がこのタイトルに因んでいた。
さて、何故これを取り上げたかというと、実は私はこの映画を観たことがなかったのである。このタイトルといえばローリング・ストーンズの楽曲、という印象で頭が占められていて、この映画に意識が向かなかったのだ。
というわけで今回は検証も兼ねてこの映画を観てみたのだが、これが凄い良作だった。ジャンルを区分けするならホラーサスペンスだろうか。最後のどんでん返しも含めて満足感が凄い。
簡単にあらすじを説明すると、以下のようになる。主人公のホブズ刑事は苦難の末に連続殺人鬼であるリースを捕まえ、処刑台に送ることに成功する。しかしリースは処刑を前にしても平然としていた。それもそのはず、殺人を行っていたのはリースの中に居る憑依型の悪魔であり、悪魔は処刑される寸前に他の人間へと乗り移って生き延びていたのだ。悪魔は憑依と殺人を繰り返しながら、次第にホブズを追い詰めていく……。
いわば舞台を街に移した『遊星からの物体X』だろうか。とにかくこの映画は恐怖を与える演出が上手い。悪魔に憑依された人間は口笛で「Time Is on My Side」(時間は自分の味方だ)を吹くようになるという設定が、何とも言えずに恐ろしいのだ。口笛って実は不気味なものなんじゃないか? と思わせてくる。加えてこの「Time Is on My Side」は「時間が経てば君は自分のところに戻ってくるさ……」という曲で、そこの意味の重ね合わせも嫌なセンスで素晴らしい。悪魔から人間が逃れられるはずがない、そうかもしれない。
ホブズが諦めずに悪魔を追えば追うほど、観客側は「この悪魔に敵うはずがない」と思わせられるという急転直下の展開なのだが、だからこそホブズが最後に選んだ妙策もさもありなんと思わせる。ホブズは優秀な刑事だけれど人間で、悪魔はそこまでしないと勝てない相手なのだ。
そして、この映画は肝である秀逸なエンディングを迎える。陳腐な言い方だが、これは是非確認して頂きたい。私はこのエンディングを向こう半年は忘れない。
パッケージだけ異様に見覚えがあり、もはやそれだけで観た気になっています。たぶん斧を持ったジャック・ニコルソンに女の人が追いかけられる映画です。双子が出るとも聞いたことがあるので、たぶんみんな死ぬんだと思います。(ライカ)
シャイニング
シャイニング(1980)
監督:スタンリー・キューブリック
製作国:イギリス
監督:スタンリー・キューブリック
製作国:イギリス
観てはいないけれどこのジャケットの印象が強い映画がこの『シャイニング』! それでいて、ライカさんのコメントがあながち間違っていないのがこの映画の妙である。『シャイニング』の凄さについては散々語られてきたところがあると思うので、今回は別角度から個人的な話をする。
というのも、この狂気的な笑みを浮かべている男、小説家志望なのである。
彼はいわくつきのホテルの雇われ管理人として働きながら小説を書き、次第にホテルの邪悪な力に魅入られておかしくなっていくのだが、自分が小説を書いて暮らしているからか、最近ここに生々しい質感を感じるようになった。「人間は小説を黙々と書いているとおかしくなる」「小説を書くのは精神的によくないので魔に魅入られやすい」というのが、書いている身だと分かる。それでいて小説を書くのって何故か止められないので怖い。外界から閉ざされている場所でこれを繰り返していれば、そりゃあパッケージのあの顔にもなってしまう。
というわけで、最近はこのパッケージを見ると親近感が湧くようになった。これを読んでいる『シャイニング』をまだ観ていない小説書きは、観ると別の感慨を覚えられるのでオススメである。あれは分岐した世界線の私達である。
今年の冬にはこの続編である『ドクター・スリープ』が公開されるので、今から楽しみだ。マイク・フラナガン監督の『ジェラルドのゲーム』は、原作をかなり丁寧になぞる形の映画化だったので、今回も端正な一本に仕上げてくれていることだろう。期待が高まる。
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さて、3本目なのだが、パンタポルタアンケートにて「幻想キネマ倶楽部で、読者からの投稿だけでなく、そのテーマに沿った斜線堂セレクト映画も紹介してほしい」というありがたい投書を頂いたので、今回からはテーマに沿った斜線堂セレクトの映画も紹介していこうと思う。
というわけで今回の斜線堂セレクトは『天気の子』だ。これを出す時点でこの原稿をいつ書いているのかが丸わかりなのが生々しい。
あまり予備情報無く観に行ったので、何となく『君の名は。』を想像しながら向かったのだが、これがもう綺麗に裏切られた。そして、かなりツボに入った。個人的には『君の名は。』よりこちらの方が心の柔らかいところに触れてくる1本である。久々に「このエンド、たまらんな」と思った。私はああいう概念が大好きなのである。セカイ系の復古と評されていたのも分かる。そう、これが我らの好きなセカイ系なのだ。好きな相手の為に世界を変えようという決断が物語を牽引していく展開も、変わってしまった世界で生きていく人々も美しい。
こんなに大きく華麗に予想を裏切った作品は無いかもしれない。その意味ではかなりタイムリーな公開だった。まるでこのテーマに誂えられたかのようだ。
というわけで、よければ『天気の子』は大画面で観て欲しい。このコラムを読んでくれる読者の皆さんには、これが刺さるタイプの人間が多いんじゃないかと、そんな勝手なことを思うのである。
(パンタポルタからのお知らせ)
8月のテーマは
「平成ベスト」映画
ついにきました! 平成ベスト映画のお時間です!
長かった30年間の「平成」を振り返って、マイベスト映画を教えてください。
平成に公開された映画に限ります。タイトルだけでも大歓迎なので、たくさんのご投稿をお待ちしております。
※募集期間:8月4日(日)17:00 まで
今月のはみだし映画語り
異形と化した哀れな人間を、慈悲をもって粉砕していくパワフル・ハンテッド・ストーリーだと思われる。米国の各州に溢れたムカデ人間を駆除するために必要なものは冷静さと冷酷さ、どんな貧困家庭にも一挺は置いてあるライフル銃があれば十分だ。ライフルの弾が切れたのなら、包丁や鉈をモップの柄にぐるりと巻き付け、即席の槍や薙刀として使っても良い。そんな野性的で冒涜的な、ハリウッドもかくやと言わんばかりのアクション・ゴア表現が匂い立っているこの映画に、主人公はいない。なぜなら、これを観るべき貴方が主人公であるからだ。弱肉強食の論理をもって異形を狩り、霊長の誇りを奴らに示さなければならない。(広畝圭)
ムカデ人間
これだけ言っていいですか? これ絶対本来の内容知ってる人の投稿でしょう!!!!!(ところでこのバージョンのムカデ人間、普通に面白そうですね)
召使養成学校の講義を映して階級社会の退廃を描いたモキュメンタリー作品らしいが、どうしたって『今宵限りは……』みたいなショットの連続なのだろうなと考えてしまう。(くー)
主人の蝋燭を節約するためにすべてを暗闇のなかで行うこと
気になったので観てみたかったのだが、どうしても視聴方法が見当たらなかった1本なので、本当に真相は闇の中。社会風刺モキュメンタリーということで面白そうなんですけどね。ちなみにタイトルの由来はジョナサン・スウィフト『奴婢訓』より。
予告編で可愛いおじいちゃんがいるし、タイトルはローマの休日をもじっているし、きっとパロディ満載の癒される映画に違いないから。(よんた)
ローマ法皇の休日
あながち間違っていないコメント。おじいちゃんはかわいいです。内容は重責を前にした人間の心理模様などを描いていて、何処か胸が苦しくなる、それでもいい映画です。
*作者紹介*
斜線堂有紀。第23回電撃小説大賞で《メディアワークス文庫賞》を受賞した『キネマ探偵カレイドミステリー』が1~3巻、『私が大好きな小説家を殺すまで』が大好評発売中!
8月にはポルタ文庫から『死体埋め部の青春と悔恨』が発売予定☆
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