文:斜線堂有紀
「幻想キネマ倶楽部」とは?
毎月28日にお届けする、小説家の斜線堂有紀先生による映画コラムです。
月ごとにテーマを決めて、読者の皆さんからテーマに沿ったオススメの映画を募集します。
コラムでは、投稿いただいた映画を紹介しつつさらにディープな(?)斜線堂先生のオススメ映画や作品の楽しみかたについて語っていただきます!
今月は「これの主人公にはなりたくない!」映画観てみない?
私がよく行う作劇方法の一つに、タイトルとあらすじだけを見て映画の展開を予想するというものがある。予め展開を予想して、それが本筋と違っているものだったらアイデアとしてストック出来るというわけである。そんなことを繰り返していると、映画を観ている時にも意識がそっちの方に行ってしまう。即ち、映画を観ながら「自分がこの状況だったらどうするか」などを延々と考えてしまうのだ。皆さんもそういう経験があるんじゃないかと思う。
そういうわけで、今回の幻想キネマ倶楽部は「主人公になりたくない映画」をピックアップ、その限界状況やここが嫌ポイントを語っていきたいと思う。今回は多種多様な最悪を楽しめる名作が揃っている。
***
人生が最悪な方向に転がっていくのを見せつけられるの心臓に悪いし逃げられない! ハイウェイを進む度に人生が終わってく……(こまち)
オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分
オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分(2013)
監督:スティーヴン・ナイト
製作国:イギリス/アメリカ
監督:スティーヴン・ナイト
製作国:イギリス/アメリカ
一人の男の人生が破壊されていく様がノンストップで観られる映画がこの『オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分』である。
物語は主人公・ロックが大事な仕事を放り出し、一夜の過ちを犯した不倫相手の出産現場に向かうところから始まる。家では子供達がサッカー観戦の用意をしてロックの帰りを待っている。仕事で使うコンクリートの搬入はしなければいけない。だが、ロックは自らの幸せを全部ぶち壊しながら、不倫相手の元へと走って行く。この疾走感のある破滅が本当に嫌な気分になる。冷静に考えたら、解雇されるかもしれないのに仕事は放り出さない方が良い。子供が待っているのだから家に帰った方が良い。そもそもこのままだと不倫がバレる。でも、人間は全てを合理的に考えられるわけじゃない。自らの感情により、ロックは破滅へのハイウェイを駆け抜けていく。
それにしても秀逸なのは、この映画が車の中という限られた空間によってのみ撮影されているところで、ロックの人生がウエハースのようにグシャグシャにされていく様は、主に彼が受け取る電話によってのみ描写される。いろんな人間に詰められていくロックを観ていると、こちらも息が出来なくなるから不思議だ。電話というものがどうしてあんなに怖いのか、この映画はそれを教えてくれる。顔が見えないからだ。コミュニケーションというのはただでさえ恐ろしいものなのに、声だけでそれを行わなければいけない恐ろしさ!
前回の幻想キネマ倶楽部で『雨の日は会えない、晴れた日は君を想う』を紹介したのだが、あれと同じ壊れた開放感がこの映画にも宿っている。人間の人生はいつ崩れ落ちるか分からない。この映画を観て極限の息苦しさを追体験出来るのは、私達が人生の脆さに薄々気がついているからだ。
宇宙で作業してたら事故! 命からがら回避できてもさらに事故! 一難去ってまた一難! 宇宙という自由が効かない空間でのギリギリの脱出劇! 正直自分だったら最初のシーンでGAMEOVERになってます(笑)
ラストでタイトルが出るのですが、邦題を考えた人のセンスの無さに怒りを覚えましたので(映画見てないんじゃないの? ってレベル)あえて原題でオススメします。(unabarasou)
ラストでタイトルが出るのですが、邦題を考えた人のセンスの無さに怒りを覚えましたので(映画見てないんじゃないの? ってレベル)あえて原題でオススメします。(unabarasou)
Gravity
ゼロ・グラビティ(2013)
監督:アルフォンソ・キュアロン
製作国:アメリカ
監督:アルフォンソ・キュアロン
製作国:アメリカ
というわけで、宇宙って恐ろしいものなんだよなと改めて思い知る名作映画がこの『Gravity』である。問題となった邦題の方は『ゼロ・グラビティ』であり、つまりは原題とは正反対のタイトルになっているわけだ。このタイトルの付け方は個人的には何処に主眼を置いたかなのだろうなと思っている。どういう意味なのかは実際に観て確かめて欲しい。
さて、この映画の主人公になりたくないポイントはunabarasouさんの言う通り、宇宙という極限状況の中でトラブルが多発するところである。当然ながら宇宙でのトラブルは死に直結する。それも、この映画で描かれる死は長い。宇宙に放り出されて上下左右すら分からず、ただゆっくりと死んでいく恐怖が余すことなく描かれているのだ。この時点で「この映画の主人公にはなりたくない」ではなく「宇宙には絶対行きたくない」と思ってしまう。地球から遠く離れた場所で死んだ人間の魂は何処に行くのだろう……なんて考えたくもないからだ。
それなのに、人間は何故宇宙を目指すのか? その答えもこの映画の中にある。『Gravity』は宇宙の孤独と恐怖を容赦なく描きながら、同時にその神秘や美しさも表現する。その場所は自分の恐怖と釣り合うだけの価値があるのだということも教えてくれる映画なのだ。恐怖の純度が高ければ高いほど、一方の天秤の向こうに置かれた宇宙の美しさもまた純度を増していく。それにしても、宇宙船から放り出される恐怖たるや……。
自分が死ぬのではなく、最愛の息子のことを思って最善だと盲信して手をかけたのにラストに救いをいきなりぶつけられるなんて嫌だ。(かしこ)
ミスト
最初から最後まで踏んだり蹴ったり感があるし、とにかくもうラストが最悪。主人公が生き残る=ハッピーエンドじゃないっていうことを叩きつけられる感じ。私が主人公なら確実に正気を失うか、その前にさっさと自殺しそう。(ももやん)
ミスト
いつ思い返しても あぁ……となってしまいます。自分が主人公だったら正気を保てている自信がありません。(あんパン)
ミスト
ミスト(2007)
監督:フランク・ダラボン
製作国:アメリカ
監督:フランク・ダラボン
製作国:アメリカ
突然謎の霧から異次元の化物が出現、スーパーマーケットから一歩でも出れば殺される! という理不尽かつ嫌なシチュエーションで責めてくる、殿堂入り「この主人公になりたくない映画」である。この映画に出てくる化物はとにかく強い。異常が始まって数分で「これは物理では無理!」と思わせてくるような、やけに攻撃的な面々なのだ。そして店内に居る客は恐怖で狂い始め、その狂った人間を先導する宗教染みたおばさんまで出てくる始末。この物理と精神の両面で嫌な展開を繰り出してくるその手腕が凄い。化物が嫌な人にも人間が嫌な人にも優しい。
そして、この映画の一番のポイントである衝撃的なラストも触れずにはいられない。このラストは原作とは違う映画オリジナルのものなのだが、原作者であるスティーブン・キングが大絶賛した改変なのである。「これを自分が思いつきたかった」とあの大家に言わせるラストは、本当に最悪で絶望的だが、確かにこれを思いつけるのは凄い。人間の嫌がるポイントを的確に突いている。
それにしても、この映画での正解とは何なのだろう。やはりフィジカルを鍛えて化物と戦えるようにするべきなのだろうか。それとも、いっそ正気を失える才能が必要なんだろうか。こういう理不尽なシチュエーションで信じられるのはやはりスーパーパワーしかない。
***
というわけで、今回は以上の3本をピックアップした。こうして見ると、人間が太刀打ち出来ることの少なさに気づかされ、急に足下が覚束なくなる。私は時折、人生が一度きりなことに新鮮な恐怖を覚えてしまう。こんなに多種多様な絶体絶命があるのに、人間は死ぬことすら一度しか出来ないのだ。それが一番の理不尽なシチュエーションなのかもしれない。
(パンタポルタからのお知らせ)
7月のテーマは
「観ていないけどこんな話だろうと考えている」映画
今月は、「観ていないけどこんな話だろうと考えている」映画を募集します!
観てないけどタイトルは知っている。いつかは観たい……でも何となく展開が想像できるし、今は観なくていいや。そんなふうに思いながら、いつまでも観れないでいる映画を募集します! タイトルだけでも大歓迎です。
※募集期間:7月3日(水) 17:00 まで
今回のはみだし映画語り
ドキドキ!ヤクザの潜入捜査官💕
命令は絶対〜!な警察組織とちょっぴりぷっつんしちゃうのが玉に瑕の弟分との間で揺れ動くココロ・・・ 全てを欺いて、最高の結末(エンディング)を手に入れちゃお💘(こうぼうだいし)
新しき世界
このレビューを信じてこれを観た人、冒頭5分でディスクを間違えたんじゃないかと疑うだろうなと思いつつ、あながち間違っているわけでもないのがこの映画の凄いところです。良い映画は多層的……。
タッカーとデイルが可哀想過ぎて良心が痛むがそれはそれとして頭を空っぽにして笑えるいい映画。ピタゴラスイッチが好きな人は多分これも好き。(生まれ変わったらコーギーになりたい)
タッカーとデイル
不幸は連鎖反応を起こすので、ピタゴラスイッチのようなカタルシスととても相性が良い。生まれ変わったらコーギーになりたい。今世でもコーギーになりたい。
ファニーゲームほど「何も悪いことはしてない」とは言い切れず、とはいえ「私はキアヌの味方だからね……」という気持ちになるなんともいえないさじ加減。酷い目に合うなら、せめて一切合切落ち度のない主人公になりたい。(nabe)
ノックノック(リメイク版)
ハニートラップに引っかかり、美女2人と良い思いをしようとしたら執拗な嫌がらせを受けるというシチュエーションスリラー。何とも言えない匙加減というのはその通りで、厄災を呼び込んでしまったのが自分だから、完全に理不尽とも言い難い……。
本当は自分も知らないだけなのでは? と思ってしまう。(サブ)
トゥルーマン・ショー
過酷な運命に立ち向かうの主人公よりもある意味辛かったです。(となり)
トゥルーマン・ショー
自分の人生がテレビ番組として余すことなく全世界中継されてしまうこの映画。さすがに辛いモノを感じる。
ひょっとしたら僕らの人生もどこかで放映されてるのかもしれないと思うと、ちょっとぞわっとします。 ジムキャリー映画って全体的に「この主人公俺なりたくねーなー」がある気がするんですけど、ぱっと思いつくのはこれでした。
余談ですがあのラストシーンはやっぱり綺麗で好きです。ラストシーンだけやる人になりたい。他はヤダ。(しぶや)
ひょっとしたら僕らの人生もどこかで放映されてるのかもしれないと思うと、ちょっとぞわっとします。 ジムキャリー映画って全体的に「この主人公俺なりたくねーなー」がある気がするんですけど、ぱっと思いつくのはこれでした。
余談ですがあのラストシーンはやっぱり綺麗で好きです。ラストシーンだけやる人になりたい。他はヤダ。(しぶや)
トゥルーマン・ショー
誰もが一度は考えたことのある恐怖! もしかすると自分は四六時中誰かに観られているのかも……と思うと何も出来なくなってしまう。けれど、きっと他人とそう相変わりない自分の生活の何をそんなに見られたくないのだろうとも不思議に思う……。それでも嫌なものは嫌なのだ。
藤原竜也を始め、キャスト陣がとても良い映画だと思う。しかしどれだけお金を積まれても地上74メートルで鉄骨渡りはしたくない……。(鬼コーギー)
カイジ 人生逆転ゲーム
実写化映画の名作として有名なこの映画。鉄骨渡りを一度やってみたい気持ちもあります。鬼コーギー氏、意外と鉄骨渡りが出来そうな名前……。
*作者紹介*
斜線堂有紀。第23回電撃小説大賞で《メディアワークス文庫賞》を受賞した『キネマ探偵カレイドミステリー』が1~3巻、『私が大好きな小説家を殺すまで』が大好評発売中!
8月にはポルタ文庫から『死体埋め部の青春と悔恨』が発売予定☆
斜線堂有紀。第23回電撃小説大賞で《メディアワークス文庫賞》を受賞した『キネマ探偵カレイドミステリー』が1~3巻、『私が大好きな小説家を殺すまで』が大好評発売中!
8月にはポルタ文庫から『死体埋め部の青春と悔恨』が発売予定☆