『蜂工場』
(イアン・バンクス 著/野村 芳夫 訳)
May 8 , 2019
親愛なるお姉さまへ
世間の人たちはそろそろ新生活に馴染んできた時期かしら?
実はわたくし、ゴールデンウィーク中に風邪を引いてしまって、とてもつらかったわ。お姉さまがそばにいてくださったら、どれだけ心強くいられたでしょう……なんて。
お姉さまにご心配をおかけしたくはないのだけれど、弱ったときにはついそんなことを思い浮かべてしまうわ。
もしお姉さまがこの世に存在していなかったらと考えると、心底恐ろしい気持ちになるの……。
だから今月は、〈蜂工場〉なる、生きた蜂で作った奇怪なおもちゃが唯一の相談(?)相手という、孤独な少年の物語をご紹介するわ。その名も『蜂工場』。イアン・バンクスのデビュー作よ。
“どの人生も象徴をかかえこんでいる。人の行為はどれをとってもひとつの宿命に属していると、ある程度は言えるだろう。強者は強い波紋を創りだすから他の人間に影響をおよぼし、弱者は弱者のために割り当てられた人生の道を持つ。弱者と不運な者とまぬけのための。〈蜂工場〉はそうした宿命の波紋の一環だ。”
舞台はスコットランドの小さな島。
そこに住む16歳のフランクが、「あにきが逃げた」という知らせを受けるところから物語は始まるの。
兄のエリックは、近所の人が飼っている犬を燃やすという異常な行動を次々と起こしたため精神病院に入れられていたのだけれど、どうやら脱走したらしいわ。
主人公のフランクは、彼にとって選択をもたらす道具である〈蜂工場〉や〈生贄の柱〉といった生物を用いたおぞましくも稚拙な装置を使い、自らの行動を決めていくの。
彼の母親は行方不明で、現在は父親とふたりで生活しているわ。何故だかフランクの出生届は出されていなくて、今日まで彼は正規の教育を受けたことがないの。
だからフランクが持っているのは父親からもたらされた偏った知識と、自ら図書館の本を片端から読み漁って得た知識だけ。
それが直接の理由になっているかはわからないけれど、ふつうの子供とは明らかに違った環境で育ったフランクは、16歳になっても〈蜂工場〉などの神話・呪術的装置に頼って生きているわ。最初は兄のエリックのほうが恐ろしく思えるけれど、読んでいるうちに、どうやらフランクのほうが異常な人格の持ち主だと読者はわかるのよ。
フランクの行った犯罪的行為、兄エリックが狂気に陥る原因となった出来事、そして父によって明かされるフランクの出生の秘密……。さまざまな謎が収束してゆき衝撃的なラストを迎える本作だけれど、ラストの衝撃だけではなく著者によって張り巡らされたまさに蜂の巣のような仕掛けにも注目していただきたいわ。
たとえば、本書は12章にわかれている、そして〈蜂工場〉についている時計の文字盤にはローマ数字で12時間が記されている……などなど。ほかにも象徴的に“12”の数字が散りばめられているそうだから、探してみてね。
読み終わると、ラストの衝撃とともにフランクの圧倒的な孤独感も身に迫ってきて、心の底から恐ろしかったわ。ぜひ、お姉さまにも読んで味わっていただきたいわね。
わたくしには、お姉さまというすばらしい理解者がいてよかった。どうかお姉さまもわたくしのことを、そう思っていてくれますように。
愛を込めて
アイリス
◇書籍紹介
そこはスコットランドの小さな島。海岸沿いの家では16歳のフランクが、学校にも行かずひっそり父と暮らしていた。彼はある日、精神病院にいるはずの兄エリックが脱走したことを知る。かつてエリックは犬を燃やすなど異常な行動をとっていたのだった。直後にかかってくる電話。「おれだ」「殺してやる!」──
(公式サイトより)
定価:2,200円+税
発売日:2019年3月
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◇アイリスの夢百夜
第一夜:『アイリーンはもういない』
第二夜:『飛ぶ孔雀』
第三夜:『こうしてイギリスから熊がいなくなりました』
第四夜:『ホール』
第五夜:『エイリア綺譚集』
第六夜:『ピクニック・アット・ハンギングロック』
第七夜:『紫の雲』
Irisについて
グルノーブルで700年続く名家に生まれ、不自由のない幼少時代を過ごす。
大好きな姉が2年前にイギリスへ嫁いでしまい、アイリスは従者と共に1年間日本へ留学することになった。
遠い島国から、姉へ向けて毎月一通の手紙を書いている。お気に入りの本の感想を添えて……。