好きな人と結婚するために魔法の剣と愛馬を手放さなければならないとしたら、あなたはどうしますか? しかもその剣を失えば戦場で自分の命すら危うくなるとしたら?
北欧神話にはこんな状況に陥った貴公子フレイの話が残されています。彼がどんな決断を下したのか、今回はフレイとゲルズの物語をご紹介しましょう。
目次
フレイとゲルズってどんな人物?
物語に入る前に、まずはフレイとその恋の相手がどんな人物なのか簡単にご紹介しましょう。
【ヴァン神族の貴公子・フレイ】
- ヴァン神族の貴公子。父は富と海運の神ニョルズ、妹は愛と豊穣の女神フレイヤ。
- 豊穣神としてスウェーデン、ノルウェー、アイスランドなどで広く信仰された。
- 眉目秀麗で力が強いが、軽率なところもある。
フレイはヴァン神族のニョルズの息子で、父の亡き後はスウェーデンの王権を引き継いだとされています。豊穣神として雨や太陽の光、大地の成長を支配していた他、人間に富を授ける能力も持っていました。またアールヴ(妖精族)の支配者でもあったといいます。
フレイは眉目秀麗で力が強く、優れた神でしたが、少々軽率なところもありました。巨人族の娘ゲルズに恋をしてからは、その性格のために大きな決断を簡単に下してしまいます。
続いて、フレイが恋した女性ゲルズをご紹介しましょう。
【美しい巨人族の娘・ゲルズ】
- 巨人ギュミルの娘。空や海が輝く程美しい。
- 巨人たちの世界ヨトゥンヘイムに暮らしている。
フレイが恋した相手・ゲルズは巨人族の娘で、巨人たちの世界ヨトゥンヘイムに住んでいます。あらゆる女性の中で最も美しいとされ、特に手を上げた時の腕の美しさは世界を照らす程でした。
ヴァン神族の貴公子フレイと巨人族の娘ゲルズ。種族も住む場所も異なるふたりは一体どのようにして出会ったのでしょうか? 次項ではいよいよふたりの物語をご紹介しましょう。
結婚か愛剣か フレイの決断とその結末
主神オーディンが留守にしていたある日、フレイはオーディンの玉座フリズスキャールヴに勝手に座るという悪戯をします。この玉座は、腰掛ければ世界中で起きている出来事を知ることができるという魔法の高座でした。
フレイが玉座に腰掛け、巨人族の住む世界ヨトゥンヘイムを見ると、輝くように美しいひとりの女性が目に留まります。フレイはあっという間にその美しさに心を奪われ、一目惚れしてしまいました。この女性こそが前項でもご紹介したゲルズです。
フレイは片想いに悶々とし、恋の悩みを幼馴染みであり彼の従者でもあるスキールニルに打ち明けました。スキールニルはフレイのためにヨトゥンヘイムに向かい、ゲルズとの仲を取り持とうと提案します。
「ただし、報酬として君が愛用している魔法の剣と馬をくれないか?」
フレイの剣は刀身にルーン文字が刻まれた細身の剣で、持つ者が賢ければひとりでに巨人を倒すことができるという魔法の剣でした。また彼の愛馬は炎を飛び越え、濡れた山を駆け抜けることができる名馬です。
フレイは恋を叶えられるならと、スキールニルに剣と愛馬を渡してしまいます。この軽率な行いが、後に彼の運命を大きく変えることになるとも知らずに……。
***
さて、スキールニルは単身ヨトゥンヘイムに渡ると、冒険の末にゲルズの住む館へとたどり着きました。
彼はまずゲルズに永遠の若さのリンゴを差し出し、フレイとの結婚話を持ち掛けます。ところがゲルズの返事は「興味がない」という冷たいものでした。
そこでスキールニルはドラウブニルの腕輪を差し出し、もう一度結婚の話を提案します。しかしゲルズに「財宝は十分持っているので必要ありません」と断られてしまいました。
困ったスキールニルは、結婚を承諾しなければゲルズとその父の首を刎ねると言って脅迫します。ですがゲルズは気丈にもこの脅しに屈しませんでした。
魔術の使い手であるスキールニルは、ゲルズが一生良縁に恵まれず不幸になるという呪いをかけると言って再びゲルズを脅迫します。あまりのことに彼女が反応できずにいると、スキールニルはさらにルーン文字を彫って呪うと脅しをかけました。
ゲルズはついにスキールニルに屈し、フレイと結婚することを誓います。こうして種族も住む世界も異なるふたりは結ばれることとなりました。
フレイの恋が成就し、めでたし、めでたし……と締めたいところですが、この話には後日談があります。
***
ふたりが結婚し子どもも生まれた後、人間の住む地上ではかつてない天変地異が起こり、世界が荒廃してしまいます。これを好機とみた巨人族はムスペッル(灼熱の国の住人たち)やニヴルヘルの死者たちと組み、神々との戦争を開始しました。ラグナロクと呼ばれる最終戦争が始まったのです。
神々が次々に斃されていく中、フレイも戦おうとしますが、彼の手元には愛用の剣も馬もありません。フレイはなすすべもなくムスペッルの長スルトに斃されてしまいました。
結果的に、フレイはゲルズと結婚する代わりに自らの命を落とすこととなったのです。
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