北欧神話に登場し、RPGなどのゲームでもおなじみの魔剣ティルフィング(チュルフィング)。この魔剣には「抜かれる度にひとりの命を奪い、いつか持ち主本人の命も奪う」という呪いがかけられていましたが、男装の女戦士ヘルヴォールだけはただひとり、この呪いから逃れることができました。
今回はそんなヘルヴォールの魔剣をめぐる冒険譚をご紹介しましょう。
目次
ざっくりまとめる! ヘルヴォールの冒険譚
- 父は神オーディンと古代の巨人族を先祖に持つ英雄、母はスウェーデン貴族の出身。
- 亡き父に憧れて旅立ち、男装のヴァイキングとして活躍する。
- 父の墓から魔剣ティルフィングを受け継ぎ、無事に帰郷。
- その後、魔剣は息子に引き継がれた。
ヘルヴォールの父アンガンチュールは、神オーディンと古代の巨人族を先祖に持つ英雄でしたが、彼女が生まれる前に戦士ヤルマールとの一騎打ちに敗れ、亡くなってしまいます。
アンガンチュールは生前、ティルフィング(ティルヴィング)という魔剣を所持していました。
ティルフィングは元々、スウェーデン王スヴァフルラーメが矮人(ドヴェルグ)に鍛えさせた魔剣で、黒く輝く刀身にルーン文字が刻まれています。
この魔剣には次のような呪いがかけられていました。
・この剣がひとたび抜かれると、必ず誰かの命を奪うことになる。
・この剣は持ち主に勝利を与えるが、いつか持ち主の命を奪ってしまう。
呪いのとおり、スヴァフルラーメはアンガンチュールに斃されてしまいます。そしてアンガンチュールも亡くなった後、魔剣は彼の亡骸とともに古戦場に埋葬されました。
アンガンチュールの娘ヘルヴォールは後日、冒険の果てに父の墓を見つけ、この魔剣を受け継ぎました。しかし彼女だけは魔剣の呪いを免れ、幸福な人生を送ることとなります。
どうして彼女は呪いを避けられたのか、またその後、魔剣はどうなったのか、次項からご説明しましょう。
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ヘルヴォール、魔剣と呪いを受け継ぐ
話は遡り、ヘルヴォールが旅立つところからはじまります。
ヘルヴォールは母の一族のもとで大切に育てられ、美しい少女に成長します。戦士だった父に似たのか、家事を手伝うよりも男の子たちと木剣で戦ごっこをしているのが好きで、気性が荒く、手がつけられないほど乱暴なところがありました。
家族はそんな彼女に女性としてのたしなみを教えようとしますが、ヘルヴォールはその度に反抗し、ついには家を出ることを決意します。
彼女の胸にはいつも亡き父への憧憬がみちていました。ヘルヴォールは男装し、ヘルヴァルドという男名を名乗ってヴァイキングになると、数々の激戦を乗り越え剣の腕を上げ、ついには船の首領にまで上り詰めます。
そんなある時、ヘルヴォールは古戦場に恐ろしい墓があるという噂を耳にしました。その墓に眠る死者は夜な夜な辺りを徘徊するので、昼間でも誰も近づきたがらないというのです。
その墓こそ亡き父が眠る場所かもしれないと考えたヘルヴォールは、早速その古戦場に赴きます。塚に近づくと、暗闇の中からすさまじい地響きと恐ろしい唸り声が起こり、真っ赤な炎が塚から吹き上がったではありませんか。
ヘルヴォールは恐れずに塚へと近づきました。
「お父様、あなたの娘ヘルヴォールがやって来ました。どうかティルフィングの剣をお譲りください」
すると塚から父アンガンチュールの亡霊が現れ、燃えさかる地獄の炎の中からティルフィングを取り出すと、娘に差し出したのです。
こうしてヘルヴォールは父から黒く輝く魔剣を受け継ぎました。それは同時に、剣の呪いをも引き継ぐということでした。
息子に引き継がれた魔剣の呪い
父の魔剣を手に入れた後、ヘルヴォールは仲間とともにノルウェーに行き、ハロガランド王グドムンドに仕えます。
その後、故郷に帰った彼女はすっぱりと冒険をやめ、寝台の下に魔剣ティルフィングをしまい込むと、男装を解いて料理や裁縫に励むようになりました。冒険の果てに憧れていた父を見出したことで、彼女はもはや戦士として戦う必要性を感じなくなっていたのです。
そんな彼女を追って、グドムンド王の息子ホーフンドが訪ねてきます。彼はヘルヴォールが有能で素晴らしい女性だと気付いており、ぜひ結婚したいと思っていたのです。
こうしてふたりは結婚し、アンガンチュールとヘイドレイクというふたりの息子が生まれました。
魔剣ティルフィングは息子のヘイドレイクへと引き継がれました。ヘルヴォールは剣の呪いに気をつけるよう何度も息子に忠告します。しかしヘイドレイクは剣を振るって勝利を重ね、王にまで出世した後に、兄と養子を殺害。最後は奴隷に殺されてしまいます。彼もまた、剣の呪いにかかってしまったのです。
その後も魔剣は手にした者をことごとく滅ぼしていきました。ただひとり、ヘルヴォールが魔剣の呪いを免れたのは、剣を手にしてから栄光や勝利を追い求めず、戦いをすっぱりとやめることができたためです。ヘルヴォールこそ、呪われた魔剣を持つに相応しい人物だったのです。
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