勇敢で武勇に優れ、正義と貴婦人への思いやりを大切にしていたアーサー王と円卓の騎士たち。
アーサー王に仕えた騎士の中に、他の者とはちょっと違うキャラクターで愛された騎士がいました。ユーモアのセンスと道化の才能にあふれた男、ディナダンです。
今回は宮廷に笑いと安らぎをもたらしたディナダンの物語をご紹介しましょう。
目次
ディナダンってどんな人物?
- 臆病な騎士や邪な考えを持つ騎士を見つけると笑いものにするが、節度を守り配慮も忘れないので誰からも愛された。
- ランスロットやトリスタンに比べ、武勇では劣る。
- 最後はモードレッド一味に襲われ斃された。
ディナダンには、ランスロットやトリスタンといった名だたる騎士たちのような素晴らしい武勇伝はありません。
彼は何か問題を見つけると、剣ではなくユーモアで解決しようとするタイプの騎士でした。臆病な騎士や後ろ暗い考えを持つ騎士を見つけると、ディナダンはそれを暴き、大事にならないうちに笑いに変えて解決してしまいます。その際には笑い飛ばす相手にも配慮を忘れませんでした。
こうした性格から、ディナダンはキャメロットの皆に愛されていました。しかしアーサー王を憎み王位簒奪を狙うモードレッドからは疎まれ、最後には
次項からはそんなディナダンの笑いにあふれるエピソードをご紹介しましょう。
ディナダン、マルク王を嘲笑する
ある時、ディナダンは旅の途中でコーンウォールのマルク王と出会います。
マルク王は当時、他の騎士たちから「臆病者」と呼ばれていました。王は甥のトリスタンを可愛がっていましたが、彼が妻のイゾルデと浮気をしていたため、しかたなく宮廷から追放します。その際、騎士道に従ってトリスタンと勝負することも、厳しく罰することもしなかったため、「臆病者」と呼ばれるようになったのです。
ディナダンはこのマルク王をアーサーの宮廷に連れて行こうと考え、旅路をともにします。道中では臆病なマルク王を助けて戦うこともありましたが、一方で王の弱腰な性格をからかうこともありました。
たとえばある時、ディナダンは道の先に6人の騎士が休んでいるのを見つけました。ディナダンは早速、「あそこに腕試しにぴったりの相手がいます」と王に告げますが、臆病な王は尻込みして逃げてしまいます。
物陰からマルク王が見守る中、ディナダンは悠々と彼らに近づき、笑顔で挨拶を交わしてみせました。彼には最初から戦う気などなく、ただ王をからかおうとしただけだったのです。
ディナダンのいたずらはさらに続きます。
彼はまず、6人の騎士たちのひとりから楯を借りると、近くにいた道化に鎧とその楯を身に付けさせ、その場に待機させました。
そうとは知らないマルク王は、ディナダンの元へ戻ってすぐにこの道化と出会います。
ディナダンは道化のことをランスロット卿だと告げました。ランスロットといえば最強の騎士。絶対に戦いたくない相手です。
怖気づくマルク王に対し、騎士の扮装をした道化は「そなたはコーンウォールの騎士だな。かかってこい!」などと脅してみせました。
肝をつぶしたマルク王はまたしても逃げ出してしまいます。ディナダンや、陰から見ていた6人の騎士たちに大笑いされ、王は臆病な己をたいそう恥じたということです。
ただし、ディナダンは最後までそのみっともない騎士が誰であるかは明かしませんでした。彼は配慮も忘れない騎士だったのです。
◎関連記事
騎士道と恋心の板ばさみ! “アーサー王伝説” ランスロットの生涯
ディナダン、マルク王を助ける
ディナダンはマルク王を笑いものにしてばかりだったわけではありません。時には王を助けたこともありました。
アーサーの宮廷に赴く際、マルク王はアーサー王と王妃グィネヴィアに「私とトリスタンの問題には触れないでください」という内容の手紙を出します。直接言う勇気はなかったので、手紙をしたためたのです。
ところが王はさらにグィネヴィアに宛てて「あなたはランスロット卿と不倫関係にあると噂されているのだから、なおさら口出ししないでいただきたい」などと書いてしまいます。手紙を読んだグィネヴィアとランスロットは当然、激怒しました。
事態を知ったディナダンは一計を案じます。マルク王は滑稽で臆病で他愛のない人物だという内容の詩をつくり、コーンウォールやウェールズの吟遊詩人たちに教えたのです。
詩人たちはその詩を面白がり、早速広めて回りました。マルク王にまつわる詩や軽妙な噂は回り回ってランスロットの元まで届き、無事に怒りを鎮めさせることができたのです。
◎関連記事
【アーサー王】王妃グィネヴィア 愛と苦悩の三角関係
ディナダンの最期
周囲の者たちの弱点をさりげなくフォローしたり笑い飛ばしたりするディナダンは、アーサー王や円卓の騎士たちから好かれ、信頼されていました。
ところが円卓の騎士を憎む者からは、ディナダンはしだいに邪魔者だと思われるようになります。王位簒奪を密かに計画していたモードレッドにとっては、ディナダンの洒落は辛辣な皮肉や嘲笑のように感じられ、無邪気に笑い飛ばすことができなかったのです。
こうして、ディナダンは聖杯探究の旅の途中、ひとりでいるところをモードレッドたち一味に襲われ、斃されてしまいました。キャメロットの宮廷には悲しみが広がり、円卓からは笑いと平和が失われてしまいます。アーサーの王国はかけがえのない人物を亡くしたのです。
◎関連記事
【アーサー王】アーサーの息子モードレッドの呪われた運命