イラスト:鈴木康士
題名は知ってる文学作品 オススメされたから読んでみよう
ぼく:ラノベの編集者。理工系の大学からSEを経てラノベ編集者に、というめずらしい経歴の持ち主。ラノベは大好きでジャンルに関係なく乱読していたが、それ以外の本はほとんど読んでおらず、文系出身の同僚たちの話についていけないことも。
ぱん太:パンタポルタのマスコット。パンダっぽい謎の生き物だが、読書に対しては広く深い愛情を持つ。ときどき登場人物やシチュエーションへの情熱が溢れだし、マスコットとしての本分を忘れることもある本コラムのナビゲーター。
シェイクスピア 『お気に召すまま』
『お気に召すまま』(新潮文庫) |
『生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ』(*1)
『「これが最悪だ」などと言えるうちは、まだ最悪ではない』(*2)
『恋は盲目』(*3)
誰でも一度は聞いたことがあるだろう、名言の数々。
その作者こそは誰あろう。イギリスの劇作家にして詩人、ルネサンス文学の最高峰として現代英語にも大きな影響を与え、豊富な語彙と表現は今も多くの人々を虜にしている、ウィリアム・シェイクスピアその人だ!
……まあ、ぼくは初めて読んだんだけどね。
ぱん太くんのオススメにしたがって、初めて手にしたシェイクスピアは『お気に召すまま』。
文庫本にして本編160ページ足らずのこの本を、ぼくは一気に読み終えた。
この間、ぱん太くんに勧められて漱石を読んでみるまで『文学』に触れたことのなかったぼくが、”古典の鑑”みたいなシェイクスピアを読んでいるはずもなく。
むしろ、シェイクスピアという、『いかにも』文学な名前だけで尻込みしているところがあったんだ。
だけど、そんな心配はまったくの見当違いだった。
まず、キャラクターたちのセリフがいちいち洒落ていて、豊富な語彙とともに、時には素直に、時にはあまのじゃくに、感情豊かに次々と押し寄せてくる。
正直言うと、最初の数ページは読みにくく感じていた。古い言葉や言い回しが多くて、文章が硬い感じがしてたんだ。
でも読み進めていくうちにだんだん気にならなくなって、それより次のセリフを早く! って気分になっていたのは自分でも驚いた。
ぱん太「わかる! 機知に富んだ会話を追ってるうちに、だんだん止まらなくなるんだよね」
そうそう。脇役でもいちいち機転が利いてたりするから、面白くてどんどん読み進めちゃうんだよね。
オーランドーをみかねて一緒に逃亡してくれる老臣アダム。
ロザリンドとシーリアと一緒に逃げる道化のタッチストーン。
前公爵と一緒に森に隠棲していたジェイキス。
3人は立場が似ているけど、それぞれの身分や考え方を持っていて、違う役割を担っているあたり、対比になってて上手いなーと思ったな。
特にジェイキス。前公爵が元の地位に返り咲くというときに、幸福になっていくみんなを祝福しながら「この私は踊りには向いていないのだ」と去っていく。
「なにか御用とあらば、お待ち申し上げましょう、もう御用の無くなったあの洞窟で」と寂しげな言葉を残して。
もの悲しい別れ方で印象に残ったなあ……。
そしてやっぱりヒロインのロザリンド!
公爵令嬢なのに男装して公爵の追っ手を振り切ったり、脱出の時にちゃっかり持ち出したお宝で羊牧場を買い取ったり、ひどい悪口で森の人たちと渡り合ったかと思えば、オーランドーが待ち合わせに遅れたといってスネてみたり、『もうダメだ』ってシーリアに泣きついてみたり。
気丈なようでいて、しっかり乙女してるところがかわいいよね。
ぱん太「だよね! 元気はつらつ、頭脳明晰、その上センチなところもあって、しかも恋には一途っていう、少女マンガの元気印主人公の元祖みたいなキャラ!
男装して、口では厳しいことを言ってるんだけど、その実『早く帰ってきて』って繰り返してるシーンとか、ホント乙女!」
ロザリンド(ギャミニード) 私の誠にかけて、心の底から、神にかけて、そのほか、差し障り無い限りの誓いの言葉全てにかけて、もし今の約束を塵程でも破って一分でも遅れていらしたら、あなたは掛け値なしの憐れむべき約束破り、およそ不実な恋人、ロザリンドとかいうその女性にに一番ふさわしくない男、掃いて捨てるほど何処にでもイル浮気者の中の浮気者、そう思うことにいたしましょう、この上は私に文句を言われぬよう、せいぜい約束をお守りなさい。
オーランドー 守りますとも、あなたがホンモノのロザリンドだった場合に劣らぬ誠意を以って、必ず、では、また。
ロザリンド(ギャニミード) 最後に、そういう罪を犯す者には、昔から「時」こそ正義の裁き手、その「時」にすべてを任せましょう、また後で!
(福田恆存 訳)
乙女と言えば、オーランドーの行動もいちいちかわいかったなあ。
男装でオーランドーをからかうロザリンドにマジメに答えを返してるところなんかはホントにかわいい。
どっちかと言えば、彼の方がヒロインっぽいくらい。
ロザリンド(ギャニミード) ――確か私があなたのロザリンドだったはずだけど?
オーランドー そう呼ばせてもらうだけで慰めになる、あの人のことを話していたいのだから。
ロザリンド(ギャニミード) それなら、その人に代わって言いましょう、私はあなたと一緒になりたくない。
オーランドー それなら、当の本人として僕は死ぬほかに無い。
ロザリンド(ギャニミード) いけません、死ぬのは身代りにやらせたらいい……
(福田恆存 訳)
求愛を断られたら「死ぬほかにない」って答えるオーランドーと、からかってるはずが思わぬマジレスに慌てて「いけません、死ぬのは身代りにやらせたらいい」とかとんでもないことを言い出しちゃうロザリンド、どっちもかわいくてニヤニヤしちゃう。
ぱん太「ちなみに、『お気に召すまま』が作られた当時は舞台に女性が上がることが禁じられていて、女性役は少年俳優がやってたんだって」
へぇー! じゃあ、当時はかわいい男の娘がロザリンドを演じた上、男装してオーランドーに『ぼくを彼女と思って告白の練習しよう!』なんてシーンを上演してたんだ。
なんというか、一部の人にすごく刺さりそうなエピソード(笑)。
***
では、最後にひとつ。
ぼくが一番心に残った言葉を紹介して終わろう。
追放された前公爵が、森の洞窟でつぶやく台詞だ。
それまで宮廷で虚飾と貴族たちのお追従に囲まれていた前公爵は、森で直面した孤独と逆境に、初めて安らぎと自然からの学びを得た。
宮廷社会のいやらしいところをたった一言で見事に皮肉ったと同時に、逆境に絶望しない前公爵の人間性の豊かさを示す名言といえるのではないだろうか。
公爵 ――逆境ほど身のためになるものはない、それはあたかも
(福田恆存 訳)
ぼくが『お気に召すまま』を読むきっかけになった同僚の呟き、「ガマの頭の中にある宝石」の終着点は、奇しくも『お気に召すまま』の台詞だったというわけだ。
なるほど、確かに。
ぼくが見つけたガマガエルの中には、シェイクスピアという宝石が隠れていた。
*1:『ハムレット』 *2:『リア王』 *3:『ヴェニスの商人』
◇DBOY記事
第1回【読む前編】:夏目漱石『三四郎』
第1回【読んだ後編】:夏目漱石『三四郎』