ドラゴン ―― あらゆる生命体の頂点に君臨する存在であり、その強大な力の前に人々は畏怖を抱いてきた。もちろん、冒険者にとっても特別な存在であることは言うまでもない。
そしてドラゴンは、『食』の冒険者にとっても最高峰に位置する目標である。「ドラゴンのステーキを喰らうまでは死ねない」と思っている者も多かろう。しかし、残念ながらドラゴンを味わう機会は極めて限られているのが実情だ。
まず第一に、ドラゴンの個体数は著しく少ないという現実がある。近縁種であるワイバーンは年に一度か二度は冒険者ギルドへ討伐依頼が寄せられる程度には見かけられるが、ドラゴンとなると下位種であるレッサードラゴンであっても発見情報が寄せられること自体が皆無だ。無論、「災厄」たるドラゴンがたびたび人間界に姿を現すようでは困ってしまうのだが。
もちろん、ドラゴンが圧倒的に強大な存在であることも壁となる。硬い鱗に覆われたその肉体は生半可な刀では一切傷つくことはなく、尻尾で軽く撫でられただけでいとも簡単に吹き飛ばされてしまう。息吹を放てば辺り一面が焼き尽くされ、歴戦の強者でなければその咆哮を聞いただけで足をすくませてしまうことであろう。並大抵の力では一太刀浴びせるどころか、近づくことすら容易ではない。
そして最後に立ちはだかるのが、命を懸けたドラゴン討伐の場についてこられる「料理人」が存在するかという問題である。ドラゴンと戦う理由となれば、生活を脅かす暴れドラゴンを退治するか、ドラゴンが巣に貯め込んでいる金銀財宝を狙うかの二つに一つ。ドラゴンを「食べる」ために討伐するなど、手の込んだ自殺と思われるのが関の山だ。
ドラゴンの肉は本来の目的を果たす際に得られる副産物にすぎず、それ故に危険を冒してまで足手まといになる料理人を連れていくわけにもいかない。ドラゴンの肉を味わい尽くすためには自らが「凄腕の冒険者」になるとともに「凄腕の料理人」になることも求められるのだ。
そうであるなら、果してドラゴンの肉にそこまでの情熱を注ぎ込む価値があるのであろうか? 残念だがら、皆が考えている「ドラゴンのステーキ」にそこまでの価値はない。正直に言えば、一流の産地の最上級のTボーンステーキの方が何倍も美味だ。
しかしそれでも、私は先の問いに対して、「是」と断言しよう。なぜなら、適切な調理法さえ採れば、ドラゴンは何物にも代えがたい、最上の「美食」となりうるのだ。
数多の冒険者が目指すのが竜殺し(ドラゴンスレイヤー)ならば、美食冒険家が目指すべきは竜喰らい(ドラゴンイーター)。美食冒険家を目指すのであれば、この「食物連鎖の頂点」の称号を目指して修練に励んでいただきたい。
ドラゴンの捕獲方法
ドラゴンの討伐に何よりも必要なのが十分な装備。ダイヤモンドよりも硬く鋼よりも粘り強い竜の鱗を貫くには、通常の剣や槍では不可能であるため、最低でも相応の魔力が込められた魔法の武器が必要となる。同時に激しい火炎から身を護るための魔法の盾や鎧、マントも必需品だ。
装備が整っているとしても、正面から力勝負を仕掛けるのはあまりにも危険が大きい。相手が動けないような狭い場所に引きこんだり、罠にかけて動きを封じたりするなど、とにかく相手よりも有利な状況を作り出すことが成功への第一歩である。
ドラゴンの弱点は「腹」。鱗が薄く、刃が通りやすいこの場所をまずは集中的に狙っていくことになる。とはいえ、火炎の息吹や荒れ狂う尻尾を潜り抜けながら懐に潜り込むのはやはり容易ではない。魔法や弓による遠隔攻撃で陽動しつつ、隙を狙うのが基本となろう。
絶対にやってはならないのが喉元にある「逆鱗」に触れること。ここに触れてしまうとドラゴンの怒りが頂点に達し、まさに「手が付けられない」状態となってしまう。怒り狂ったドラゴンの力押しに抗えるものなどこの世には存在しないのだ。
いずれにしても、ドラゴンの倒し方にセオリーなどない。ただ自らの知恵と力、そして勇気の全てをぶつけるだけである。
食材への加工・保存
ドラゴンを「食肉」として解体するのはそう難しい手順ではない。他の生物と同様、基本通りに適切に血抜きを行い、内臓を取り出した上で順次バラしていくこととなる。
とはいえ立ちはだかるのはやはり「鱗」の存在だ。先に述べたとおり、その鱗はあまりにも硬く、文字通り歯が立つ代物ではない。そのため、解体にあたっては鱗のついた皮ごと剥ぐことが求められる。
巨体であるドラゴンの皮は、先に部位ごとに切り分けてから剥ぐのが効率的だ。関節部にある鱗のスキマを狙って刃を入れ、頭、胴体、二本の足、尾と切り分けていく。
足の部分は太ももの内側であれば鱗が薄い(とはいえ通常の刃では歯が立たないのだが)ため、そこから切れ目を入れて剥がしていけばよい。意外なことに適切な手順さえ踏めば皮はまるでカワハギの皮を剥ぐがごとく気持ちが良いぐらいに剥くことができるのだ。
尾の部分も同様に、胴体は内蔵を取り出す時に捌いた腹側から皮をむけば良いであろう。頭部の可食部は少ないものの、頬や脳天などを丁寧に取り出せば他の部位とはまた違った味わいを体感できる。
皮を剥げばあとは骨と身を切り分けるだけ。討伐したばかりのドラゴンの肉は死後硬直で固まってしまうため、最高の状態に仕上げるためには、部位ごとに切り分けた状態で数日から一週間程度熟成をさせることが望ましい。
ドラゴンの肉は上質の豚フィレ肉を思わせる鮮やかなピンク色。全体的に脂分はほとんど感じられず、プリプリとした弾力に富んでいる。トカゲやワニよりもカメに近い身質といえよう。このため、ただ焼き上げるだけではパサパサで堅い何とも味気ないものにしかならない。
しかし、その身質を理解した上で調理をすれば、その美味しさを引き出すことが可能である。貴重なドラゴンを食す機会を得られるのであれば、余すところなく頂きたいのが必定。そこで私が考案したのが《ドラゴンのフルコース》だ。
まずは食前酒として《生き血の赤ワイン割》
文字通り生き血を赤ワインで割ったものだ。とわいえ、生き血をそのまま瓶に詰めただけでは、肉の熟成にかかる期間の間に傷んでしまう。フルコースの食前酒として《生き血の赤ワイン割》を堪能するには、採取した生き血に度数の高い蒸留酒を合わせることが必要。アルコールの作用により生き血が凝固することなく保存可能となるのだ。より鮮度を保つのであれば、さらに凍結させておくことが望ましい。溢れんばかりの生命力を感じる、最強の食前酒だ。
前菜は《頬肉と尾の身のカルパッチョ》
頬肉と尾の付け根部分の肉を出来るだけ薄切りにし、粗挽きの岩塩と胡椒を全体にふりかけてから、最後にオリーブオイルをまんべんなく回しかける。もし入手できるのであればベビーリーフやレッドオニオンのスライスを散らしてもよい。頬肉も尾の身もよく運動する部位であり、噛みしめるほどに旨味が溢れてくる。ぜひその違いを味わっていただきたい
スープは《ドラゴンコンソメスープ》
大振りに刻んだ背肉に焼き目をつけ、背骨や玉ねぎや人参、にんにく、ブーケガルニなどと共にじっくりと煮込むことで極上のスープが出来上がる。さらに一段階上に仕上げるのであれば、途中でミンチにしたドラゴン肉と卵白を合わせたものを入れるのがポイント。これによってアクを吸着させ、一点の濁りのない透明なスープが出来上がる。
ポワソンの代わりとなるのが《ドラゴンの竜田揚げ》
使用する部位はモモ肉がベスト。白ワインと刻み野菜に漬けこんだ肉に片栗粉を振り、適温の油でカラリと揚げれば完成である。
脂の少ないドラゴンの肉は、焼き物よりも揚げ物の方がその美味しさが引き出されるようだ。食べる直前にレモンを絞りかければ、いっそう爽やかにその味わいを堪能することができる。
そしてメインディッシュには《ドラゴンテールの煮込み》
関節に沿って輪切りにし、焼き目をつけた尾肉を炒めた玉ねぎやトマト、赤ワインとともに煮込んだ料理だ。尾肉はゼラチン質が多く、煮込むことでフルフルと舌でほどけるようななんともたまらない食感が演出される。その味わいはまさに極上の一言。手間と時間をかけて作る価値のある一品である。
デザートは《ドラゴン・ジュレ》
腱から取ったスープにレモンと砂糖を入れ、冷やし固めることでジュレとしたものだ。さっぱりとした甘さの中に、ドラゴンの旨味が余韻のようにたなびく至高のデザート。ドラゴン・フルコースだからこそ、最後までドラゴンを感じられる一品で〆ていただきたい。
現役の一線から退いた私にはもはやドラゴンのフルコースを味わう機会は訪れないであろう。いつの日か、この唯一無二のフルコースを味わう冒険者たちが現われることを心から願っている。
◎過去記事
第1回:サンダーバードのササミジャーキー
第2回:クラーケンのアッラ・ルチャーナ
第3回:コダマネズミのシチュー
第4回:アクリスのクロケット
第5回:スライムのトレ・ノン・アタカーレ
第6回:マンドラゴラ入り鶏粥
第7回:コカトリスの親子丼
第8回:レモラのフィッシュアンドチップス
第9回:ジャイアント・ハニーアントのハニーナッツバー
◎参考書籍
『図説 モンスターランド』
著者:草野 巧
新紀元社
◎著者紹介
Swind(スインド)。メシモノ系物書き兼名古屋めし専門料理研究家。
宝島社文庫より小説『異世界駅舎の喫茶店』1~2巻、別名義(神凪唐州)にて『大須裏路地おかまい帖』(宝島社文庫)も発売中。
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