11月~5月にかけて白やピンク、赤色の花を咲かせる椿。実は最大の原産地は日本だということをご存じですか?
『花の神話』(秦 寛博 著)では、四季折々に咲く花にまつわる世界各地の神話や伝承を紹介しています。今回はその中から、椿にまつわるエピソードをご紹介しましょう。
目次
実は春を代表する樹木 椿の花と活用法
椿は、ツバキ科ツバキ属の植物で、世界で1000種類以上もの品種がある人気の樹木です。
最大の原産地は日本ですが、その他にも朝鮮半島南部や中国南部、ヴェトナムなどにも分布しています。
椿の花期は品種により11月~5月頃とまちまちです。寒い時期に咲くイメージがありますが、「木へんに春」と書くとおり、本来は春を代表する樹木とされていました。
椿の花は咲き終わると花びらが1枚ずつ別々に散るのではなく、花の部分がまるごとポトリと落ちてしまいます。その様子が”首が落ちる”ことを連想させるため、かつて武士階級には忌み嫌われていました。現在でも、病人のお見舞いには持って行くべきではないとされています。
花を楽しむ他、椿は様々な製品にも利用されています。
ドラッグストアなどで椿油の整髪料を見たことはありませんか? 椿油は椿の実を加工して作られ、かつては灯りをともすための燃料や刀剣のサビ防止、紫染めに使う染剤、軟膏の基材などにも活用されていました。現在でもてんぷら油や、火傷やアトピーの薬などにも使われています。
椿油の他、椿の花をてんぷらにして食べたり、花を細かく刻んでお茶にしたり、硬い幹を家具や工芸品、炭にして利用することもできます。椿には多種多様な活用法があるのです。
『源氏物語』にも登場 破邪の力を持つ椿
昔から、椿には邪なものを祓う力があるとされていました。
紫式部の『源氏物語』には、正月初卯に椿でできた”卯槌”を用いたり、卯杖や卯槌を贈答したことが描かれています。
また東大寺の正倉院には、758年に孝謙天皇が破邪の儀式に使用したという”卯日椿杖”が
今も遺されています。
現在でも、正月初卯には各地の神社で破邪の神事が行われています。椿には邪な力から神域や人々を守る力があるのです。
国分寺金堂の大椿にまつわる伝説
椿は寺社仏閣に植えられたり、供養花として故人の墓に捧げられる花でもあります。
今から約1200年前、聖武天皇の時代に建立された神奈川県の国分寺金堂の大椿には、こんな伝説が残されています。
ある年、大椿が白い花を咲かせた頃、お寺の前の茶屋にひとりの娘が毎晩お茶を飲みに来るようになりました。その娘はつややかな黒髪に真っ白な着物を着ており、たいそう美しいと評判になりましたが、彼女がどこの誰なのか誰も知りません。やがて椿の花が落ちる頃になると、娘はぱったりと現れなくなりました。
翌年、椿の花が咲き始めると、また娘が茶屋に現れます。ある晩、ひとりの若者が娘の正体を突き止めようと後をつけていくと、娘は国分寺金堂の大椿の前で姿を消してしまいました。
そこで翌晩、若者は長い糸に通した縫い針をこっそりと娘の着物の裾に刺しました。そうして糸をたどっていくと、糸はあの大椿に通じており、縫い針は木のてっぺんに咲く花の花びらに刺さっていたのです。
娘の正体は椿の精でした。正体を知られてしまった椿の精は、二度と茶屋には現れなくなったということです。
この大椿に咲く白い花には、花びらの1枚に小さな針穴の跡があるといわれています。
オペラにもなった『椿姫』とは?
椿は1739年、イギリスの男爵ロバート・J・ピーターによってヨーロッパに紹介されると、たちまちブームを巻き起こしました。
この大流行を背景に、フランスの小説家デュマ・フィスは『椿姫』を執筆。のちに改定され、ヴェルディによって『道を踏み外した女』という原題のオペラとして公演されます。
小説版『椿姫』のあらすじを簡単にご紹介しましょう。
時は19世紀。パリの高級娼婦マルグリット・ゴーティエは、夜会の度に椿の花を携えていたことから”椿姫”と呼ばれていました。
彼女は高飛車で金遣いが荒く、贅沢三昧の日々を送っていましたが、実は肺病にかかっており、余命いくばくもありません。そんなある時、若く純真な弁護士アルマン・デュバルに求愛された彼女は、残された人生を彼とともに生きようと決意し、今までの生活を捨てて郊外の村で暮らし始めます。
しかし幸せは長くは続きませんでした。アルマンの父がやって来て、息子の将来のために別れてくれと懇願したのです。
マルグリットは彼と別れることを決め、パリに戻ると再び放蕩三昧の生活を始めます。これはアルマンに自分を忘れさせるための演技でしたが、そうとは気付かない彼は別の愛人を作り、マルグリットの悪い噂を流して彼女の心を深く傷つけました。
病魔に侵されていたマルグリットは、アルマンの名を呼ぶと孤独のうちに亡くなります。
彼女の死後、アルマンはマルグリットが本心をつづった日記を受け取り、初めて彼女の気持ちを知りました。しかし全てはあとの祭りだったのです。
椿姫にはモデルがいた! 実在した”椿姫”
この『椿姫』、実は作者デュマの体験をもとにした半分実話の物語でした。
マルグリットのモデルとなったのは、マリ・デュプレシスという実在の高級娼婦です。彼女がデュマと出会い、恋に落ちて幸せに暮らすまでは実話で、その後のくだりは創作だといわれています。
モデルとなった高級娼婦マリは、実際には別の男(作曲家として名高いリスト)と恋に落ちたため、デュマと別れてしまいます。しかし若くして結核で亡くなったこと、椿の花が好きだったことは小説と同じでした。
オペラ化にあたり、デュマはラストシーンでマルグリットの死をアルマンが看取るという内容に書き換えました。彼はマリが亡くなった後も、彼女のことを愛し続けていたのです。
椿には、”控えめ””慎み深い””魅力”といった花言葉があります。今回ご紹介したエピソードにも、こうした花言葉がぴったり合いそうです。椿の花が咲いたらぜひ思い出してみてください。
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