文:斜線堂有紀
「幻想キネマ倶楽部」とは?
毎月28日にお届けする、小説家の斜線堂有紀先生による映画コラムです。
月ごとにテーマを決めて、読者の皆さんからテーマに沿ったオススメの映画を募集します。
コラムでは、投稿いただいた映画を紹介しつつさらにディープな(?)斜線堂先生のオススメ映画や作品の楽しみかたについて語っていただきます!
今月は「タイトルがかっこいい映画」観てみない?
お世話になっております、斜線堂有紀です。春の足音が聞こえてきた昨今ですが、皆さんいかがお過ごしでしょうか。
さて、2月は「タイトルがかっこいい映画」という楽しいお題だ。タイトルが格好良いというだけでテンションは否応なく上がっていくのか、今回の投稿はいつになく沢山頂いた。嬉しい限りである。皆さんありがとうございます! かくいう私も小説本編よりもタイトルを考えるのが好きなくらいなので、今回は投稿を見ているだけで楽しかった。というわけで、普段とはちょっと変わった切り口で、今回も映画を語っていきたい。
観るまでは何のことかさっぱりわからなかったのですがとにかく語感がいいと思いました。もちろんこのとき80歳近いクリント・イーストウッド演じる口下手で頑固で強い主人公も渋カッコよすぎて最高です……。(足元のハロゲンヒーターが絶対いい感じにならない)
グラン・トリノ
格好良いタイトルの例として「観終わった後に意味が分かり、これしかないと思うもの」があると思う。まさにこの『グラン・トリノ』もそれである。本国ではそうでもないのかもしれないが、一見してこのタイトルの意味が分かる方はそんなにいないんじゃないだろうか。私は何かの称号だと思っていた。
さっさと明かしてしまうと、グラン・トリノというのは主人公コワルスキーの愛車のことである。最愛の妻を亡くし、この車だけをよすがに自暴自棄に生きている彼は、ある日愛車に手を出そうとしている不届き者の少年タオと出会う。これをきっかけにコワルスキーはタオと交流を持つようになり、2人の関係は徐々に変わっていくのだが、タオにつきまとう地元のギャングが彼らの生活を脅かす──というのが、映画のあらすじである。
グラン・トリノはコワルスキーの生きるよすがなのであるが、同時に人生に絡みつく呪いでもある。コワルスキーは変わりゆくアメリカに順応出来ず、過去に囚われて生きている。差別意識も強く偏屈な彼の魂は、そのままグラン・トリノという車に現れている。無骨で大きいアメリカン・マッスルカーに見えて、その実アメリカ自動車産業の陰りを象徴する車、それがグラン・トリノなのだ。コワルスキーに照らし合わせれば、生きづらい車、と言えるかもしれない。
ストーリーの象徴であるグラン・トリノは物語が進むにつれ重要な役割を託されていく。最初は疎ましく思っていたタオたちを救う為にコワルスキーが選んだ結末と、グラン・トリノの行方を思うと、やはりこの映画のタイトルはこれ以外に無い、と思う。
余談ですが、足下のハロゲンヒーターが絶対いい感じにならないのは辛いですね。暖房って何であんなにままならないんでしょうね。まあ、私の部屋にヒーターはありませんが……。ヒーター、欲しいですね……。
ウォータープルーフ? フールプルーフ?
いや、デス・プルーフだ!!!!
デス・プルーフ in グラインドハウス
邦題の字面のカッコよさも好きです。(XLV)
いや、デス・プルーフだ!!!!
デス・プルーフ in グラインドハウス
邦題の字面のカッコよさも好きです。(XLV)
Death Proof
私が愛してやまないタランティーノ作品である。その中でも一、二を争うくらいイカした映画がこの『デス・プルーフ in グラインドハウス』だ。この映画の骨子は単純明快、「殺人鬼VS強い女達」の一本なのだが、みんなこういうの好きでしょ? 私はこれだけで脳内麻薬が大量に出てくる。
テキサス州の連続殺人鬼マイクは、狙った女の子を自分の車に乗せ、スタント染みた曲芸運転をすることで殺すという性癖的にも狂った男である。耐死仕様(デス・プルーフ)の後部座席に乗せられ、体中の骨を折りながら死んでいく被害者達を見ていると、マイクに対する怒りがこみ上げてくると共にシートベルトの重要性を噛みしめてしまう。車は壊れないけれど人間の身体は簡単に壊れてしまう。
ここで終わればバッドエンドだが、この映画はそこでは終わらない。マイクに天誅を下すのが、映画業界で働くゾーイ、アパナシー、リーの仲良し3人組である。この3人の女達が本当に強い。強く気高くだから美しい! 映画の後半、よりによってマイクはこの3人の乗るダッジ・チャレンジャーにちょっかいをかけてしまうのだ。
デス・プルーフで煽り運転を繰り返し、悦に浸って去ろうとするマイクだったが、そんなことで3人が赦すはずがない。受けた屈辱は百倍返しの女達は、マイクに地獄を見せる為に執拗な追跡を始めるのだ。殺人鬼の乗るデスプルーフカーVS強い女の乗るダッジ・チャレンジャーの戦いは手に汗握る一戦である。この「舐めていた相手が強くて返り討ちになる」映画だと『ジョン・ウィック』なども挙げられ、王道だけれど格好良いシチュエーションと言える。そういう展開が大好きな方は是非とも観て欲しい。
この映画に「デス・プルーフ」というそのまんまなタイトルをつけるのがまた格好いいのだ。耐水だからウォーター・プルーフ。耐死だからデス・プルーフ。いつか私もこのメソッドで格好良いタイトルを付けるとしよう。デスより強そうなものにプルーフするとなったらもう耐全とかしかないかもしれない。オール・プルーフ。
主題歌の星野源の曲名にもなってます!(ま)
地獄でなぜ悪い
とあるヤクザの親分が、愛する妻のために自分たちの娘を主演に据えた自主映画の製作を思い立ったことで動き始める物語。知らぬ内に巻き込まれた奴(星野源)、映画に狂っちゃってる奴(狂)、娘に惚れてる奴(敵対するヤクザ)……集うべくして集った人間たちが揃いも揃って切って撃って撮りまくる! 血に塗れてなぜ悪い? ヤクザが映画を作ってなぜ悪い? 人を愛してなぜ悪い? 滅茶滅茶になってなぜ悪い? 地獄で踊ってなぜ悪い!!!!!! つくづくイカしたタイトルだしはちゃめちゃに面白い映画だと思う。エンディングに近付くにつれてなんだか訳もわからず涙が出てきてしまう。
そして二階堂ふみさんが本当に可愛い。「お別れのキッス」のシーンだけ6回観てしまった。とんだファムファタルだ。(ポメラニアン三世)
そして二階堂ふみさんが本当に可愛い。「お別れのキッス」のシーンだけ6回観てしまった。とんだファムファタルだ。(ポメラニアン三世)
地獄でなぜ悪い
このタイトルを見た時に「やられた!」と思った映画である。物を作っている人間「自分がこれを作りたかった!」というものに何度か行き当たると思うのだが、自分にとっては内容の面でもタイトルの面でも『地獄でなぜ悪い』がそれだった。
自分の娘・ミツコを主役に映画を撮りたいヤクザの組長・武藤は、通りすがりの青年橋本を映画監督に任命し、命をかけた映画製作を行わせる。ひょんなことから映画作りをすることになってしまった橋本は、映画を撮りたくてたまらない映画青年・平田を引き込み、どうにかミツコ主演の映画を作っていくが、彼らは映画作りをしながら現実の抗争にも巻き込まれていく──。というのが全体のあらすじである。
ポメラニアン三世さんの仰る通り、切って撃って撮りまくる映画なので、スプラッタアクションコメディではあるのだが、何故か爽快感がある。それは全員が全員地獄で踊り狂っているからなのだ。全員が自分の求めるハッピーエンドに向かう為に地獄を駆け回る様は笑えるし泣けるものに仕上がっている。
映画というフィクションの持つ力と、現実の抗争の持つ力は、この作品の中では同じくらいの熱を持ってぶつかり合う。ともすれば陰惨になってしまうようなシチュエーションも、各々のキャラクターが胸に抱く愛で塗りつぶされていく。このタイトルは一体誰の言葉だったのか? と考えた時に、どのキャラクターの台詞であったとしても不自然じゃない。それがこの映画の魅力であり、タイトルの力だ。キャラクターがみんな「地獄でなぜ悪い」とこちらに突きつけてくる。それが本当に美しい。
どこまでいっても生きていることは地獄で、地獄に放り込まれた人間には抜け出す術すら無い。でもそれがなぜ悪いのか、と言ってもらえるだけで救われる部分が確かにある。
星野源さんが「この終わり方にふさわしい、映画館で目眩がするような曲を書きたい」との意気込みで作ったという同名の主題歌の歌詞も素晴らしい。「ただ地獄を進む者が悲しい記憶に勝つ」「動けない場所から君を 同じ地獄で待つ」という明るく寂しく力強い歌は、この映画によく似合っている。
***
というわけで、今回は以上の3本をピックアップ映画としたい。どれもタイトルを見るだけで楽しくなってしまう作品達である。これを機会に視聴して頂いた暁には、是非ともタイトルを口に出してみて欲しい。その語感の良さには、思わず感嘆の溜息を吐いてしまうだろう。
=了=
◇3月の投稿も募集中!
3月のテーマは「学園映画」です! 皆さまからの投稿をお待ちしております。
▽投稿ページ
今回のはみだし映画語り
映画館でチケット買うときに恥ずかしくなるくらいカッコイイ。(名瀬口にぼし)
冷たい雨に撃て、約束の銃弾を
ハードボイルドなクライマックスを思わせる感じが最高ではないかと! だってただの雨じゃないんですよ、冷たい雨なんですよ? しかもただの弾じゃないんですよ、約束の銃弾なんですよ? かっこよくありませんか!(青木)
冷たい雨に撃て、約束の銃弾を
原題の「復讐」が『冷たい雨に撃て、約束の銃弾を』になるのは素晴らしいセンスだな、と思います。ジャケットも格好良いんですよね……。観ていない方に説明すると、この映画は家族を襲撃された主人公のコステロは、復讐の為に殺し屋を雇う。しかし、コステロの頭の中に残った銃弾は彼の記憶を徐々に侵食し、コステロは自分が誰に復讐を依頼したのか、そもそも何故復讐をしようとしていたのかすら忘れてしまう……というストーリーなのだ。だからこその〝約束の銃弾〟なのだと思った瞬間、上手い邦題だなと思う。
かっこいいタイトル、と言えばもうこれしかないかと!! キネフォルでもテーマとされた一作ですので、いつか観たい映画のひとつです。(綾部)
俺たちに明日はない
是非とも観て頂きたい映画の一つです! 悲劇的で退廃的なピカレスクロマンなんですが、この2人の関係に憧れた人々が沢山居たのも頷ける作品なので、おすすめです。これものっぴきならない関係の極致……。この映画を題材に小説を書けたのは幸運だったな、と思います。
口に出した時の音の響きがいい! それに『あの夏、』と打たれた読点と『いちばん静かな海』とひらがなに開かれた一番、眺めた時の字面の良さも惚れ惚れする!
内容は聾唖のカップルがサーフィンにのめり込んでいくストーリー。音のない世界に生きる二人が主人公なのでとても静かというか、余計な言葉のない静けさがすごく尊い。(東雲佑)
あの夏、いちばん静かな海
観たことの無い映画だったんですが、この映画のタイトルの名づけが好きですね……。タイトルが内容をゆっくり解いていくタイプの映画のようで気になります。東雲先生の挙げてくださる映画はいつもセンスに溢れている……。
「輪舞」に「ロンド」のルビ振り、この時点でカッコよさは約束されているが、ジャケットも俳優もラストも全てが絶望するほど格好いい映画。かなり画にこだわっており、美しい暴力が観れます。実は中身が最も秀逸で、ヤクザと捜査官と、それ以前の人と人の関係の話です。大人同士で観たい映画。(突撃のアーラシュ)
名もなき野良犬の輪舞
この映画はタイトルもさることながらジャケットも本当に格好いいんですよね……。天地に配置されたジェホとヒョンスが向き合っていて、そこに貫くように配置されたタイトル、あまりにセンスがいい。韓国映画ではお馴染みの〝潜入捜査官もの〟であり、その中でも珠玉の1本。破滅することが絶対に分かっている2人の関係って何でこんなに心にくるんでしょうね。この説明から分かる通り、主役はジェホとヒョンスの2人はのっぴきならない関係なので、琴線に触れる人は絶対に観てください。最初から最後まで伏線が巧妙に張られた至高のノワールサスペンスは、構成の面でも素晴らしい。
カッコいい……というよりはダサカッコいい! 2~3人で集まって「皆はこう呼んだ」「「「鋼鉄ジーグ!!」」」とやったら楽しそう。(蒼@蒼狗)
皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ
このタイトルから、昭和のアニメーションを想像したのですが、調べてみて驚きました。なんとこれは2015年のイタリア映画! こんなの予想出来るはずがない! 更に調べてみると、本作は1975年に日本で放送された永井豪先生のSFロボットアニメ『鋼鉄ジーグ』を下敷きに作られているのだそうだ。こういう監督の「愛」や、どことなく共鳴するオタクスピリットを感じる映画を見ると幸せな気持ちになりますね(『キル・ビル』とか……)。
日本語では「おしゃれキャット」という超絶ダサい名前ですが、原題はaristocrat(貴族)とcatをかけた、ひねりの効いた名前。(Pemberton)
AristoCats
今回の投稿で一番へえ~! となったタイトル。なんて洒落ているんだ! おしゃれキャットの飴玉みたいな響きも好きですが、それにしてもこれはお洒落。
なんか哲学的だろ。(不自由な自由業者)
存在の耐えられない軽さ
投稿者名も哲学的で素敵です。我々は一生自由になれない。
★他にも『インビジブル・ゲスト 悪魔の証明』『ノン、あるいは支配の虚しい栄光』『追憶と、踊りながら』『夢去りぬ』『太陽と月に背いて』など沢山のタイトルを頂きました! 観ていないものは観てみようと思います。皆さん本当にありがとうございました。(投稿してくださったうみ(生肉)さんが『太陽と月に背いて』は視聴困難だとコメントしてくださっていたんですが、Amazonで検索したら59,800円という途方も無い金額が出てきて卒倒しました。どうにか……配信を……)
*作者紹介*
斜線堂有紀。第23回電撃小説大賞で《メディアワークス文庫賞》を受賞した『キネマ探偵カレイドミステリー』が1~3巻まで発売中!
2018年10月に発売された『私が大好きな小説家を殺すまで』も大好評発売中!
斜線堂有紀。第23回電撃小説大賞で《メディアワークス文庫賞》を受賞した『キネマ探偵カレイドミステリー』が1~3巻まで発売中!
2018年10月に発売された『私が大好きな小説家を殺すまで』も大好評発売中!