「ポンペイ」や「テルマエ・ロマエ」をはじめ、古代ローマが舞台の映画は今も昔も根強い人気があります。映画の中には古代ローマの兵士たちが登場することもありますが、実際の彼らはどんな生活を送っていたのでしょう?
今回は紀元後1~2世紀中頃までの古代ローマ軍団兵たちの日常を、全2回の記事に分けご紹介します。前編ではまず、兵舎の様子や朝食、午前中の仕事などをみていきましょう。
目次
兵士たちの暮らした宿舎
古代ローマ軍団(レギオン)の兵士たちは、階級ごとに異なる造りの兵舎に暮らしています。ここでは一般兵と百人隊長の宿舎をご紹介しましょう。
*一般兵士の兵舎
兵舎は石造りの細長い建物で、8人部屋が十数区画も連結してできています。各部屋の広さは僅か9㎡程しかありません。
通りに面した部分は壁もないベランダのような造りで、扉を開けると装備品を保管するための「武器室」、その奥には兵士たちが就寝する部屋がありました。
*百人隊長の宿舎
百人隊長の宿舎は230~259㎡もあり、内装も豪華です。2世紀になると、モザイクや汚水溝、床暖房、石膏塗りの壁、フレスコ画なども見られるようになりました。狭苦しい一般兵士の兵舎とは雲泥の差です。
朝食と礼拝
現代のように正確な時計など無かった古代ローマでは、1日は日の出と共に始まります。
*朝食
朝日が昇り夜警時間が終わる頃、パン窯ではすでにパンが焼かれ、各兵舎では朝食の準備が進められています。朝食には次のようなメニューがありました。
・兵士用の全粒パン
・士官用の白パン
・ポリッジ(小麦粉と湯を混ぜて作ったもの)
・牛乳粥(茹でた押し麦と牛乳を煮立てたもの)
*礼拝
朝は礼拝の時間でもあります。軍団内では伝統的な神々の他、太陽神信仰や、東方由来のミトラ信仰が盛んでした。
時代が下るとキリスト教徒の兵士も現れますが、神と皇帝の2君に同時に仕えることになるため、兵士としての忠誠心を疑われ、受け入れられないこともあったといいます。実際、キリスト教徒の兵士たちは、皇帝崇拝を強制されると逃げ出したり、とりあえず形だけ礼拝して後で贖罪するというような対応を取るなどしていました。
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仕事は午前中に済ませよう
朝食や礼拝が終わると出勤です。ローマ人たちは午前中に仕事を済ませ、午後は残業や余暇に充てていました。
ひとくちに兵士といっても、その仕事内容は様々です。主なものをご紹介しましょう。
*軍事訓練
一般兵士たちは根拠地のすぐ外にある運動場を使い、百人隊長や教官の号令の下に軍事訓練に励みます。
訓練の中で最も時間を費やしたのは、隊列の組み方と行進です。行進というと皆で歩調を合わせて進むイメージがありますが、当時は歩調を合わせることよりも行進速度を一定に保つことが重視されていました。
その他、木剣や投槍、弓、スリング、バリスタなどの訓練を行ったり、根拠地近くの砦跡を利用して攻城戦の訓練を行うこともあります。
*特別任務
兵士たち全てが軍事訓練を行っていたわけではありません。見張所に詰めたり、敵の領内に偵察に出掛けたり、帝国内外を巡回するといった特別任務を与えられた兵士もいます。
映画に登場するローマ兵は完全武装した姿で描かれることが多いですが、実際には平服を着ていたり、鎧を着ずに盾と兜だけで活動することも多かったといわれています。
*労役
兵士たちの中には次のような労役を命じられる者もいます。
・トイレ掃除
・街道や建物の掃除
・浴場の釜焚きや掃除
・夜警
こうした雑用ともいえる任務は百人隊長などに賄賂を払って免除してもらうこともできますが、他の兵士がカバーすることになるため、多用するわけにはいきませんでした。
*特務兵としての任務
特務兵は一般兵から出世した兵士たちで、次の3種類に分かれて技能に応じた仕事を行います。
・職人系……鍛冶屋、石工、肉屋、屋根瓦職人など
・特殊技能系……医師、獣医、測量士(土地の測量、地図の作成)、測量・水準計測士(斜面の傾斜測定、水道橋や運河の設計)、建築家、水先案内人、水道整備士、見習いホルン手など
・事務系……事務員、監獄の看守、拷問士、工房監督官、穀物倉庫管理官、銀行管理官、遺留金管理官など
兵士たちの仕事の弊害
軍事訓練や労役など体力勝負の仕事も多かったため、古代ローマでは古参兵を中心にリューマチや骨折、四肢の変形に悩む者もいたといいます。たとえばモエシアの首都ウィミナキウムから出土した24~28歳と推測される人骨には、肩甲骨や骨盤、膝、踝に重圧からできた跡がはっきりと残されていました。
こうした症状に悩む兵士は軍医の診察・治療を受けることができました。根拠地には病院のような建物があり、病院長や複数の軍医、衛生兵などが揃っています。中には外科医や眼科医のような専門医も存在していました。
軍医たちが診るのは身体的な症状だけではありません。戦闘の恐怖やストレスから、古代ローマの兵士たちは酒浸りになったり、心に深い傷を受けて戦えなくなることもありました。
こうした兵士は複数の医師から診察を受けた後、裁判官である属州総督から傷病除隊が認められる場合もあります。この場合、兵士としての特権を維持したまま退役することができました。
体力勝負の仕事も多く、ストレスもあった古代ローマ軍団の日常。後編では午後の余暇や夕食の様子などもご紹介しましょう。お楽しみに!
◎参考資料
著者:長田 龍太
定価:本体2,800円(税別)
古代ローマ軍団(レギオン)の、組織・戦闘・装備品・精神性について、300点を超えるイラストで詳しく解説。