「あなたはだんだん眠くなる」――子どもの頃、催眠術ごっこをして遊んだことはありませんか?
催眠術は、ドイツ人医師メスマーが考案した治療法が元となり誕生しました。今回は”動物磁気”を操るメスマーの奇妙な治療法をご紹介します。
目次
メスマーの”動物磁気”理論とは?
- 宇宙に遍在する”宇宙流体”が人間の健康に影響を及ぼすという理論。
- 人体に備わる”動物磁気”のバランスを整えることで、宇宙流体の流れを整え、精神的な病気を治すことができるとした。
ドイツ生まれのフランツ・アントン・メスマー(1734~1815年)は、ウィーン大学で医学の学位を取った頃から、”宇宙流体”が人間の健康に影響を与えるのではないかと考えはじめます。
“宇宙流体”とは、宇宙に遍在する目に見えない物質で、人体をはじめあらゆる物質の中を流れています。人体の内部を流れる宇宙流体のバランスが取れていれば、その人は健康であり、バランスが崩れると病気になるというのです。
メスマーはこの考えに基づき『人体に及ぼす惑星の影響』というタイトルの論文を書くと、大学卒業後、ウィーンに診療所を開いて自らの理論による治療を開始しました。
彼の理論によると、人間の内部にある宇宙流体のバランスを整えるためには、その人の身体に備わっている”動物磁気”というオカルト的パワーのバランスを整える必要があるといいます。天体の影響で潮の満ち引きが起こるように、動物磁気を整えることで宇宙流体の流れも変えることができるというのです。
当初、メスマーは磁石を用いて患者の動物磁気を操作していました。しかし、磁石を使わなくても動物磁気を操作できることに気付き、1780年頃になると新たな治療スタイルを確立させます。
一風変わった治療集会”セアンス”
メスマーの治療は高級ホテルの豪華な部屋で行われます。家具や装飾品も立派で、治療中は楽器の演奏も行われました。
メスマー自身も髪粉をつけたかつらをかぶり、紫色の絹の上着に半ズボン、バックルのついた靴という堂々たる格好で治療にあたりました。こうした雰囲気作りにより、患者は彼を絶対的に信頼するようになり、治療効果を高めることができたのです。
メスマーの理論で治療できるのは機能的(精神的)な病気だけで、器質的(肉体的)な病気は直せません。そこで彼は治療前に診察を行い、患者が自分の治療対象かどうかを確かめたといいます。
さて、いよいよ治療が始まると、患者たちは部屋の中に置かれた4つの”バケ”(磁器桶。たらいのようなもの)の周りの豪華な椅子に座ります。バケの外側には鉄の棒が何本も取り付けられ、患者たちはその先端を各々の患部に当てると、動物磁気の流れをよくするために他の患者と手をつなぎました。
メスマーは患者たちの間を歩き回りながら言葉をささやき、手を触れ、離れた場所から杖を向けます。彼はこの方法で自分が患者たちに動物磁気を注入していると考えていましたが、実際には患者たちを暗示にかけ、催眠状態にしていました。
催眠状態になった患者は、痙攣や発作、引き付けなどを起こします。メスマーはこの状態を”分利”と呼びました。患者たちが分利を引き起こした後、再び平常の状態に戻ることで、病気が癒されるのです。
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動物磁気理論から近代オカルティズムへ
メスマーの治療集会”セアンス”は奇妙なものでしたが、病気が治るとして貴族や庶民から人気を集めます。
しかし彼のやり方があまりに奇怪だったため、正統派の医学者や知的な中流階級の人々は、しだいに彼をペテン師だと考えるようになりました。
やがてメスマーの弟子たちの中からも、動物磁気理論や奇妙な道具を使わなくても、暗示と集中で患者の治療ができることに気付く者が現れます。
このような流れから、現代に続く催眠術・催眠療法が生み出されることとなりました。
一方で、メスマー自身はいつまでも動物磁気理論にこだわり続けます。錬金術や占星術、魔術的な事柄までも動物磁気理論で説明できるという彼の主張は、もはやオカルト的ともいえるものでした。
メスマーの影響を受けた人物には、クリスチャン・サイエンスの母と呼ばれたメアリー・ベーカー・エディ婦人や、神智学会を設立したヘレナ・ペトローヴナ・ブラヴァツキー夫人などがいます。
メスマーの動物磁気理論は、催眠療法の分野と近代オカルティズムの分野の両方に影響を与えたのです。
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