東雲佑先生の人気連載『作家と学ぶ異類婚姻譚』にも登場するムジナ。ムジナは地方によって狸と同じ生き物とされたり、アナグマのことだといわれたりする生き物で、狸のように人を化かすとされています。
今回は異類婚姻譚ではありませんが、ムジナの登場するお話をご紹介しましょう。
目次
夜汽車に化けたムジナの話
最初にご紹介するのは明治時代のお話です。
まだ鉄道が普及し始めたばかりのある日のこと。夜に汽車が走っていると、前方からこちらに向かって1台の汽車が突っ込んでくるではありませんか。運転手が慌てて急ブレーキを踏むと、その瞬間、今にも衝突しかけていたはずの汽車はふっと消えてしまいました。
その後も何度か同じようなことが続いたある夜、またしても汽車がこちらに向かって走ってきました。「ははあ、これはいつもの幻の汽車に違いない」と思った運転手は、ブレーキを踏まずにそのまま汽車に突っ込みます。
するとその瞬間、「ギャッ」という悲鳴がして、汽車は消えてしまいました。
翌朝、幻の汽車に出くわした辺りを調べてみると、1匹のムジナが汽車に轢かれて死んでいるではありませんか。
実はこのムジナ、元々この辺りに棲んでいたのですが、棲み家の上に線路が敷かれてしまったため、抗議をしようと汽車に化けて夜な夜な運転手を驚かせていたということです。
ムジナと狐の化けくらべ
続いては佐渡島に棲むムジナの話をご紹介しましょう。
佐渡島の二つ山には、「佐渡島の総大将」といわれるほどの立派なムジナが棲んでいました。その名を二つ岩団三郎といいます。
ある時、団三郎はお伊勢参りに出かけた帰りに、加賀の国で1匹の狐に出会います。団三郎のことをよく知らない狐は、得意げな調子でこう話しかけてきました。
「佐渡には狐が1匹もいないそうじゃないか。あんたらムジナよりも、俺たち狐の方が化けるのは余程うまい。佐渡には二つ岩の団三郎ってムジナがいるらしいが、俺が行ったらそいつの天下もおしまいよ。どうだい、俺様を佐渡に連れて行ってくれないか」
この発言にすっかり気分を害した団三郎は、
「それならまず、おいらと化けくらべをしようじゃないか。おいらは加賀の国の殿様の行列に化けるから、おまえさんは奥女中にでも化けて殿様の駕籠に声をかけてくれ」
と言って、化けるために向こうへ歩いて行きました。
しばらくすると、狐の前に殿様行列がやって来ました。それを見た狐は奥女中に化けると、早速、殿様の駕籠に肘をついて話しかけます。
「なかなかうまく化けるじゃないか」
狐がそう言ってひげと尻尾を現すと、周囲の侍たちが「無礼者の狐め!」と切りつけてくるではありませんか。
狐は慌ててその場を逃げ出し、侍たちに追いかけられながら藪の中へと姿を消しました。
さて団三郎はというと、松の木の上から一部始終を見て腹を抱えて大笑いです。実は狐が話しかけたのは本物の殿様行列で、団三郎は狐に会う前に行列を見ていたため、ここを通ることを知っていたというわけでした。
このようなことがあったため、佐渡島に狐が渡ることはその後も無かったということです。
ムジナと狸は同類? 本当にあった裁判の話
さて、冒頭でムジナは地域によって狸と同じ生き物とされるとご紹介しましたが、かつてムジナと狸が同類かどうか裁判で争われたことがありました。
1924年2月29日、栃木県鹿沼市で狩りに出かけた男は、その日のうちにムジナ2匹を見つけます。男はムジナを洞窟に追い込むと、ひとまず石で入口を塞ぎその場を後にしました。
3月3日、洞窟を再訪した男は、閉じ込めておいたムジナを狩り、獲物を持って山を下ります。ところが3月1日以降は禁猟となる「狸」を狩ったとして、警察に逮捕されてしまいました。
裁判での男の主張は次の通りです。
1.ムジナと狸は別の生き物だ。自分が狩ったのはムジナであり、禁止されていた狸ではない。
2.ムジナが逃げ出さぬよう、2月29日の時点で閉じ込めていた。やはり狩猟法違反にはあたらない。
対する検察側の主張はこうでした。
1.ムジナと狸は同じ生き物だ。
2.実際に仕留めたのは3月3日なので、3月1日以降は禁猟とする狩猟法に違反している。
この事件は下級審では決着がつかず、大審院まで争われることとなります。
大審院では、ムジナと狸が動物学上、同一の生き物だと認定しつつも、両者が別の生き物だと認識する人もたしかにいたこと、また、男が狸を洞窟に閉じ込めた2月29日の時点で、事実上捕獲が完了していたといえることから、男の無罪が認められました。
この一連の事件は「狸狢事件」(たぬき・むじな事件)として、現在でもよく知られています。
ムジナか狸か裁判でまで争われるとは、なんだか化かされているような話ですね。
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