文:斜線堂有紀
「幻想キネマ倶楽部」とは?
毎月28日にお届けする、小説家の斜線堂有紀先生による映画コラムです。
月ごとにテーマを決めて、読者の皆さんからテーマに沿ったオススメの映画を募集します。
コラムでは、投稿いただいた映画を紹介しつつさらにディープな(?)斜線堂先生のオススメ映画や作品の楽しみかたについて語っていただきます!
今月は「失恋映画」観てみない?
明けましておめでとうございます。斜線堂有紀です。
今回のテーマはなんと「失恋映画」ということで、凄く浮き足立っている。というのも、私は失恋がこの上なく好きなのだ。
失恋が好きというと身も蓋も無い感じがするが、失恋映画には独特の魅力がある。ままならない状況に輝く人間の感情が見られるからだ。前回の幻想キネマ倶楽部にて、バウムクーヘンエンドが好きだと書いたのを覚えている方もいらっしゃるかもしれないが、つまりはそういうことである。苦しいほど好きなのに共に生きられない、共に生きられないけれど幸せを祈っている、その愛の在りように人間の感情を感じるのがいい。〝のっぴきならない関係〟がそこにはある……。
モチモチしたペンギンが街中に溢れたら素敵だと思いませんか? お姉さんとぼくの関係が斜線堂先生の書く先輩と私の関係を思い起こさせます。よろしくお願いします。(正月祝賀)
ペンギン・ハイウェイ
いつかの未来に成就するかもしれないし恋だったと言っていいのかもわからないんですが、少年に偉大な未来へ向けての一歩を踏み出させる、そのパワーを与えるお姉さんとの関係が切なさとときめきに満ちていて大好きです。ペンギンも可愛い!(プラータ)
ペンギン・ハイウェイ
公開当時から話題だったこの映画には、別離の切なさとそれにより一層輝く世界の全てが詰まっている。とにかく映像が美しく、小説においても壮大なシーンだったクライマックスの大量のペンギンは観ていて本当に楽しい名場面に仕上がっている。
『ペンギン・ハイウェイ』の主人公であるアオヤマくんは賢く、研究者気質で、気になったことは全て自分で調べてしまうような小学四年生の男の子だ。そんなアオヤマくんは歯科助手のお姉さんのことを見ては得も言われぬ感情を覚える。アオヤマくんのノートの「お姉さんの顔、うれしさ、遺伝子、カンペキ」という走り書きは、アオヤマくんの言葉にならない感情を現している。
そんなアオヤマくんは、街に現れるペンギンの謎、世界の謎、そしてお姉さんの謎を解き明かしていくことになるのだが――。
ひと夏の冒険には別れが付きものなのだと思う。アオヤマくんの研究は、様々な道程を経てお姉さんとの別れに繋がってしまう。最後にどうしようもない別離があることを念頭に置けば、これはれっきとした失恋映画だろう。しかも、この恋は物語を通してアオヤマくんがゆっくり自覚し名前を付けた恋なのだ。それが、お姉さんの存在ごと夏の陽炎になってしまうのは本当に切ない。
けれど、アオヤマくんはこの別れを経ることで、いつかどこかでまたお姉さんに会うことを決意する。もう一度お姉さんの「ふうん」を聞く為に、お姉さんに会いに行くと決めるのだ。これだよな~と切に思う。別れの際に殊更強くなる人間の感情、それこそが失恋映画の醍醐味である。でも、これはアオヤマくんの長い初恋の始まりでもある。えらくなったアオヤマくんがお姉さんに会いに行く日のことを思うと、やっぱり涙が止まらない。
別れた相手の記憶を消したい……つらい失恋を経験した人なら、一度は頭をよぎる願い。
だけど、どんなにつらい思い出でも、相手と過ごした時間はかけがえないもの。それを感じさせてくれる映画です。(なんかへんな人)
だけど、どんなにつらい思い出でも、相手と過ごした時間はかけがえないもの。それを感じさせてくれる映画です。(なんかへんな人)
エターナル・サンシャイン
忘れたくても忘れられない辛い失恋の記憶を消せたら、これからの人生も上手くいくんじゃないだろうか? という考えに基づき、元カノの記憶を消去する手術を受けた主人公ジョエルの物語が『エターナル・サンシャイン』だ。記憶を消してしまえば、もうふとした時に辛くなることもない。悲しくなることもない。至ってスマートな解決方法だ。けれど、消去手術を受けている最中に、ジョエルの心は元カノのクレムとの思い出を消したくないと抵抗を始める……。
人間は失う時に初めてその美しさに気づいてしまうものだ。普遍的な業だ。
手とゴミ箱の間にある距離は酷く遠く、そこに投げ掛けられる光は否応なく強い。忘れようとした土壇場に、クレムとの思い出が途方も無く大切だったことに気づいたジョエルは、思い出の中のクレムを消去から救う為、思い出の中での逃走劇を演じることになる。楽しかった思い出を縦横無尽に駆け抜けながら、ジョエルは小さかった頃の苦しい思い出や悲しかった思い出にまでクレムを逃がす。この時に、両親に怒られて酷く悲しい気持ちになっているジョエルに会うのがまたいいのだ。ジョエルは引っ込み思案で、クレムにすら心の内を曝け出せない。それが、この段になって、ジョエルはクレムと何一つ衒いの無い関わりをする。
幻想的な思い出世界を駆け抜けながら、失うと分かっている大切な思い出の手を引く。この映画では、愛は奇跡を起こさない。これは恋を失うまでの話であって、どれだけ美しい旅でもジョエルはクレムを失うようになっている。
けれど、この美しい喪失の旅を見終えた後、観客はもう一度恋の奇跡を信じたくなるに違いない。
あまりにも“正しい”最後の選択にびょおびょお泣いてしまいました……。(ポメラニアン三世)
バタフライ・エフェクト
悲恋ですがハッピーエンドでもあるので泣いちゃいます。未公開エンディングも含めて語ってほしいです。(ノ?)
バタフライ・エフェクト
やはりこの映画は外せない。名作『バタフライ・エフェクト』! 主人公のエヴァンは幼なじみのケイリーを救う為、過去に戻って人生をやり直すことに決める。しかし、エヴァンが過去の選択をやり直す度に、ケイリーの人生、そして自分の人生も過酷な運命に翻弄されていくことになる……。
タイムリープを繰り返して何かを救う物語は色々あるけれど、ここまで猿の手的な負の連鎖に取り込まれる物語はそうそう無いだろう。タイトルは有名な気象学者の言葉に由来していて「蝶が羽ばたく程度の小さな動きが遠くの場所で嵐を起こすか?」という意味合いの言葉である。タイトル通り、過去を遡って選択した小さなことが未来に嵐を巻き起こす。
この映画でエヴァンは愛するケイリーの為に何度も世界を巻き戻し、彼女を救う為に戦い続ける。その度に世界に打ちのめされるエヴァンは、この映画の中で幾度となく失恋を繰り返す。彼の祈りは裏切られ続け、ケイリー自身にエヴァンの行いを否定されるような目にも遭う。この辺りの容赦の無さは、実際に観たことのある方なら頻りに頷くところだろう。
その先に待っているラストは、果たして〝失恋〟だろうか? このラストの捉え方も、かなり人によって意見の分かれるところだと思う。私は失恋であり、成就でもあると思う。
ちなみに『バタフライ・エフェクト』はディレクターズ・エディションに別バージョンのエンディングが収録されており、私は実を言うとこの本来のエンディングの方が好きである。これこそのっぴきならない関係の局地といった感じでたまらなくなる。人間が人間に与えられる最上のものを与える人間の様はたまらなく胸を打つ。
***
以上の3つの映画が今回のピックアップだ。正直まだまだ語り足りないので、残りははみ出し映画語りで紹介したい。幸せな恋愛映画もいいのだが、失恋映画は人間の感情が詰まっている。バレンタインデーを前に、濃厚な失恋映画を堪能するのもいいかもしれない。
ちなみに、今回の投稿頂いた中に有名な某映画があったのだが、その映画はこの括りで取り上げてしまった時点でネタバレになるのでは? と思い、掲載を差し控えた(千尋さん、ボボボさんありがとうございます!)。予告からは想像も出来ないビターな結末を迎えるあの映画も、私は大好きである。あの映画は確かに失恋映画ではあるのだけれど、人生はどんな選択肢を選んでも正解なのだと教えてくれる映画でもあると思う。辛い時にクライマックスのシーンで歌われるあの歌を聴くと奮い立つ気持ちになる。裸足でセーヌ川に飛び込んだ話を……。
=了=
◇次回予告
2月のテーマは「タイトルがかっこいい映画」です!(応募締切:2月4日 17:00)
▽投稿ページはこちら!
今月のはみ出し語り
イブの夜に、真夏のマーメイドから呼び出された男たちが、来ない彼女を待ちながら、互いの恋を否定し合う大乱闘スマッシュブラザーズです。無関係な弁護士も加わり、盲目さ故に美化された思い出がめためたに崩されます。台詞のテンポと役者のノリと、加速する失恋についてこれるか。(徒歩で来たマーリン)
大洗にも星はふるなり
この映画の独特のノリがかなり好きだ。会話劇の良さがたまらない。タイトルの方も凄く耳に残る名作だ。この同系統のスタイリッシュ失恋邦画に『指輪をはめたい』があると思う。マーリン、この投稿をする為に徒歩で来てくれてありがとう。言われてみればマーリンが好きそうな映画でもある(この映画、人間だな~が物凄く出ているので)。
テレビアニメシリーズでやってきたことが全部丁寧な演出の道具として活きている、常盤みどりという少女が失恋する映画。アニメーションとしても見事な一挙手一投足に目が離せない。(吐瀉物)
たまこラブストーリー
某社の編集さんが物凄く推している作品であるので、一瞬編集さんではないかと思った投稿である。そして、ここで常盤みどりにフォーカスを当ててくるというのがまたニクい。実をいうと、私は『たまこラブストーリー』を観た後に本編の『たまこマーケット』を視聴したので、常磐みどりの想いの行く先を最初は計りかねていた。全てを理解した時に、なるほど、常盤みどり……常盤みどり! ともんどりうったのを覚えている。ところで、あの映画の病的なカット割りとメタファーが、後の『リズと青い鳥』でも遺憾なく発揮されていて、本当に恐ろしい。総合芸術の暴力を感じる。
主人公ぺぺのかつての恋人が実の兄と結婚。その二人が結婚する日にぺぺは式場の近くを自転車レースで通ることに、というところから始まるストーリー。心がダブルで揺れ動く様が観ていてハラハラする映画です。(羽海野渉)
茄子 アンダルシアの夏
失恋に一家言あるという羽海野渉さんの投稿なのだが、実を言うと未見の作品であった。コメントを見る限り、なかなか理想的な絡まり方なので近いうちに観ようと思う。タイトルからイメージされる物語とはまた違った感情の動きがあってドキドキしてしまう。ペペの感情……花嫁の感情……。
純文学の実写化なのですが、時代的に女性の意思が尊重されず、中盤あまりにも辛い決断を迫られ重い十字架を背負った良家の子女であるヒロイン(竹内結子)が出家(すみません仏教です)し、相手役であるあまり頼りにならない年下の男(妻夫木聡)を門戸ごしに拒絶します。
ラストシーンのしんしんと降り積もる雪景色、そして流れる主題歌・宇多田ヒカルのBe My Lastがあまりにも美しく、初見で私は気付けば一筋の涙を流しておりました……!
作中に妻夫木聡が褌を締めた生尻バックショットも出てくるので、シリアスなストーリーではありますが、なんとなくフフッと笑える息抜きシーンもあるので、何卒見て頂けたら幸いでございます。(黒い千羽鶴)
ラストシーンのしんしんと降り積もる雪景色、そして流れる主題歌・宇多田ヒカルのBe My Lastがあまりにも美しく、初見で私は気付けば一筋の涙を流しておりました……!
作中に妻夫木聡が褌を締めた生尻バックショットも出てくるので、シリアスなストーリーではありますが、なんとなくフフッと笑える息抜きシーンもあるので、何卒見て頂けたら幸いでございます。(黒い千羽鶴)
春の雪
こちらも未見で、三島由紀夫先生の原作のみ読んでいるのだが、コメントを見て是非とも観てみたくなった。実を言うと映画化していることも知らなかったので、妻夫木聡の生尻情報と合わせて嬉しい情報だった。「Be My Last」が流れる失恋映画、あまりに攻撃力が高すぎる……。恐らく清顕が妻夫木聡なんでしょうが、あの面倒臭い男を妻夫木聡が演じるというのもまた、破壊力が高すぎる……。
ベストオブ失恋映画!この映画の失恋は一回じゃないところがおすすめポイントです!長い人生恋愛も一筋縄じゃいかないなと思います。両想いになる努力は怠っちゃダメですね。(バームクーヘンエンド好き)
ワン・デイ 23年のラブストーリー
すれ違いとままならなさを描いた作品の中では一級品だと思っているのがこの『ワン・デイ 23年のラブストーリー』である。これは1年の内のとある1日だけを切り取って繋げて映画にしたという、言うならば恋の定点観測映画なのだが、この手法が本当に効果的で面白い。絶対にこの二人は運命の相手だろう、お互いに惹かれているだろうと思うのに、映画の中では描かれない行間が二人を遠ざけてしまう。そして、積み重なった断続的な1日を越えて、最後に迎える結末があまりに切ない。正直、あんまり予想していなかった感じの展開なので物凄く驚いた覚えがある。あれがまさかあんなことになるなんて……。もし二人が最初の1日から向かうべき愛を迎えていたら、あんなことにはならなかったのかもしれない……。
*作者紹介*
斜線堂有紀。第23回電撃小説大賞で《メディアワークス文庫賞》を受賞した『キネマ探偵カレイドミステリー』が1~3巻まで発売中!
2018年10月に発売された『私が大好きな小説家を殺すまで』も大好評発売中!
斜線堂有紀。第23回電撃小説大賞で《メディアワークス文庫賞》を受賞した『キネマ探偵カレイドミステリー』が1~3巻まで発売中!
2018年10月に発売された『私が大好きな小説家を殺すまで』も大好評発売中!