2018年12月2日。冬の到来を告げる木枯らしに吹かれながら、ボクはJR巣鴨駅に降り立った。そう、この日は「怪奇幻想読書倶楽部」の第18回読書会に参加したんだ。
「怪奇幻想読書倶楽部」読書会とは?
怪奇・幻想小説を愛読するKazuou(カズオ)さん主宰の読書会。
Twitter上では「奇妙な世界(@kimyonasekai)」というアカウントで活動されているよ。今年の10月にハッシュタグ「#日本怪奇幻想読書クラブ」をつけて怪奇・幻想ファンを集い大きな反響を呼んでいたから、知っている人もいるかもしれないね。
読書会の方は月に1回くらいの頻度で開催していて、今回で開催から2年経つのだそう。
これまでジャック・フィニィやラヴクラフト、レイ・ブラッドベリなどの作家をはじめ、「欧米怪奇幻想小説入門」や「夢と眠りの物語」などオリジナルのテーマを取り上げた読書会も行っているんだ。過去の読書会のレポートは、かれこれ10年以上やっているという読書ブログ「奇妙な世界の片隅で」でも読めるよ。⇒http://kimyo.blog50.fc2.com/
ロアルド・ダールってどんな作家?
さて、今回の課題図書は、木枯らしに負けないくらい冷ややかな皮肉の効いた『キス・キス』とユーモア溢れる『王女マメーリア』の2冊。どちらもイギリスの作家ロアルド・ダールの短編集だ。
2冊とも田口俊樹さんの翻訳で、ハヤカワ・ミステリ文庫から出ている。 |
ロアルド・ダールの名前を聞いたことがなくても、彼の代表作を知らない人はほとんどいないと思う。何を隠そう、ジョニー・デップ主演の映画で大人気になった『チャーリーとチョコレート工場』の原作者なのさ(小説は『チョコレート工場の秘密』という邦題で出版されている)。だけど、彼自身は「チョコレート工場の人」って呼ばれるのを快く思ってなかったらしい。
海外では児童文学の書き手として名高いダールは、実は大人向けの短編も数多く手がけているんだ。かくいうボクも、ダールと聞いて岩波少年文庫のホラー短編集で読んだ『南から来た男』(金原瑞人訳)(※1)を思い浮かべた。
この記事では、児童文学らしい寓話と大人向けのブラックユーモアを融合させた「ダール・ワールド」の魅力とともに、「怪奇幻想読書倶楽部」読書会のレポートをお届けするよ!
「奇妙な」読書会のはじまり
ここだけの話、怪奇・幻想小説が好きな人たちの集まりとあって、きっと『奇人たちの晩餐会』(※2)のように変わった人たちが来るのだろうと思っていた(本当に失礼である)。
しかし、その予想はいい方向に裏切られることになる。
読書会が行われるカフェの一室に入ると、中では男女十数人が集まって、お茶の準備をしたりお菓子を配ったりしていた。長テーブルを囲むようにずらりと椅子が並び、すでに着席している人の前には名札が置いてある。
「好きな席に座ってどうぞ」
そう声を掛けてくれたのは、主宰のKazuouさん。事前に参加者みんなのプロフィールをまとめたPDFを送ってくれたり名札を用意してくれたりと、至れり尽くせりだ。
「はじめまして、木犀といいます」
ボクの隣に腰掛けたのは、木犀あこ先生。第24回「日本ホラー小説大賞」で優秀賞を受賞した『奇奇奇譚編集部 ホラー作家はおばけが怖い』の作者さんだ。とても淑やかで、言葉の端々から怪奇小説を愛好していることがうかがえる。
やがて全員が席に着いたところで、Kazuouさんが切り出した。
「それでは、第1部の『キス・キス』と『王女マメーリア』の読書会をはじめたいと思います」
今回の参加者は14人で、男女の比率はほぼ半々。事前にもらったプロフィールを読んで知ってはいたけれど、たいそうな怪奇・幻想小説ファンばかり。ほとんどの人が何度も参加している常連さんだそう。この日は、ボクの他にみみさんという女性が初参加していたよ。
参加者のひとりIkuさんは、ダールのインタビューが掲載されている『ミステリマガジン1991年4月号』まで持って来てくれていた(※3)。
「ダールの妻だったパトリシア・ニールの自伝によると、『キス・キス』ってタイトルは彼女と友達との会話がヒントになっているんですって。妻の意見だから、実際は分からないけどね」
そう言ってIkuさんは品よく微笑む。こんな裏話が聞けるのも、ファンの集う読書会ならでは。ちなみに、パトリシア・ニールはとっても綺麗な女優さんで、ゲイリー・クーパーの愛人でもあったんだ。
ダールと別れた後に書かれた自伝では、「私が本当に愛したのはゲイリーだけ」と明かしているとか……。
こうした複雑な夫婦関係のせいか、ダールの短編には夫婦を題材にした話が多い。
『キス・キス』に収録されているだけでも、「ウィリアムとメアリー」、「天国への道」、「ミセス・ビクスビーと大佐のコート」、「勝者エドワード」なんかは夫婦の話で、必ず最後にどちらかが痛い目を見るんだ。
「ダールはパイロットとしても一流だから、何でもこなせちゃう天才肌の人だったんじゃないでしょうか」
そう話していたのは参加者のひとり、さあのうずさん。これを受けたKazuouさんも「その経験を活かして『飛行士たちの話』という短編集も書いているから、自分の体験をもとに創作するタイプの人だったのかもしれませんね」と話していた。
ロアルド・ダール劇場
さて、本題の課題図書『キス・キス』と『王女マメーリア』の話をしよう!
各短編についてどんな意見が出たのかという詳しい話は、冒頭で紹介したKazuouさんの読書ブログ「奇妙な世界の片隅で」に載っているんだ。
だからここでは、ぱん太がそれぞれの短編集から一編ずつ選び、ネタバレなしで紹介をするね。
まず『キス・キス』からは「ミセス・ビクスビーと大佐のコート」。
この物語は、ウィスキーを片手にアメリカのバーに集まった男たちが好んでする「よくある話」だという前置きからはじまる。登場するのは、夫と妻……そして妻の愛人。
愛人から手切れ金として贈られた一着のコートをめぐる夫婦の物語で、ずる賢く浮気を隠そうとする妻の姿がユーモラスに描かれている。
綺麗に伏線を回収してくれるから、よくある話だと思って読んでいても、ラストはついニヤッとしちゃうんだ。
新訳版のあとがきでもツッコまれてるけど、この作品はジャック・リヴェット監督の短編映画『王手飛車取り』(1956年)との類似が指摘されている。気になって観てみたら、たしかに似ていた!!(本作の方が3年遅く発表されている)
ちなみにダールの短編の多くは、ロアルド・ダール劇場《予期せぬ出来事》シリーズとしてイギリスでドラマにもなっているんだ。「ミセス・ビクスビーと大佐のコート」を含むそのうちの何篇かは、ヒッチコック劇場でも映像化されているよ(※4)。
『王女マメーリア』から紹介するのは「古本屋」という短編。
物語の主役は、古本屋を営むバゲージ氏とその助手トトル嬢。これがなかなか小狡い商売をやっていて、誰かが亡くなると遺族へ本の架空請求書を送りつけるんだ。
そのリストには、いかにも故人が買いそうな本と一緒に、開けっ広げにはできない本のタイトルが並んでいる。例えばこんなのだ。
『釣魚大全』アイザック・ウォルトン著。初版本。美本。角にやや疵あり。稀覯本。四百二十ポンド。
『六十を過ぎていかに若い娘を喜ばせるか』図解入り。パリの私家版。九十五ポンド。
この他にも、『ザ・縛る!――枷とひも』とか『何故ティーンエイジャーは老人が好きか』なんて思わずクスっとしてしまうタイトルがある。『釣魚大全』のように実在する本が紛れ込んでるところにも、ダールの遊び心が感じられるね。
参加者のひとり、翻訳もの好きのunyue(ユイー)さんは「ラストの一文が詩的」と評して絶賛していたよ。しっかりオチのつく物語が多いんだけど、ただのプロットで終わらないのがダールという作家の魅力なのかもしれないね。
第2部「本の交換会」
ここからはオマケコーナー!
今回は、読書会の結成2周年を記念した「本の交換会」も行われたんだ。事前にKazuouさんから「誰かにあげてもいい本があれば持ってきてください」と言われていたから、ボクも1冊持っていったよ。
12月に発売されたばかりの『クトゥルー神話大事典』(東雅夫編) |
一人ひとり持ってきた本を簡単に紹介していき、もしその本を欲しい人がいたら「はい!」と挙手するんだ。被ったらじゃんけんで決めるよ。
ひとりで5、6冊も持ってきている人もいて、ボクもなんと5冊も貰っちゃった。
どれも貴重な本たち! 読むのが楽しみだ。 |
初めての参加にもかかわらず図々しく本を貰っていくボクにも、みんなは優しく接してくれた。他にどんな本が交換に出されていたか知りたい人は、Kazuouさんのブログ「奇妙な世界の片隅で」をチェックしてみてね。
そんなこんなで、13時半から17時半まで4時間にわたり開催された読書会。本の内容についてじっくり話せるのはもちろん、作家のおもしろいエピソードや他のオススメ作品の紹介まで、どっぷり怪奇・幻想小説の世界に浸れるイベントだったよ。
SFやミステリは大きなイベントがたくさんあるのに、怪奇・幻想にはそうした交流の場が少ない。「ネットを見れば、怪奇・幻想ファンはたくさんいます。だから、そういった人たちが参加できるようなイベントがあればいいですね」と語るKazuouさん。
次回の読書会は1月27日(日)開催予定とのこと!
課題本は、奇しくもパンタポルタの「読んでいない名作について語る読書会」でも取り上げたレ・ファニュの『吸血鬼カーミラ』(平井呈一訳 創元推理文庫)と、ワレリイ・ブリューソフ『南十字星共和国』(草鹿外吉訳 白水Uブックス)の2冊。
怪奇・幻想小説について語れる貴重な読書会、気になる人はぜひ参加してみてね!
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※1 ライターを10回連続で着火できたら高級車をもらえるけど、一度でも失敗したら左手の小指を失うという奇妙な賭けに挑戦するお話。演出がすごく上手くて、ドキドキしながら読んじゃった。
※2 日本では1999年に公開されたフランスのコメディ映画。愛すべき変わった人たちがたくさん出てくる。
※3 ダールが亡くなった直後で、「追悼特集 ロアルド・ダール」という特集がされているんだ。これについてKazuouさんに伺ったところ、とても貴重な情報を教えてくれたよ!
作家や翻訳家たちの追悼エッセイに加えて、本邦初訳作品として「ああ生命の妙なる神秘よ」が掲載されていました(ダールの大人向け短篇で単行本未収録は、この作品とショート・ショート「廃墟にて」のみで、2013年に文庫版『あなたに似た人【新訳版】』にこの2篇が追加収録されるまで、雑誌以外では読めませんでした)。ちなみに「ミステリマガジン」からは2016年9月号として『ロアルド・ダール生誕100周年』というのも出ていて、収録されているショートショートがおもしろい。
※4 ボクはこのヒッチコック版「ミセス・ビクスビーと大佐のコート」も観てみた。原作との大きな違いは、夫の職業が歯医者になっていること。