「ニワトコ」、かわいらしい響きですよね。
日本でも庭木として親しまれ、春ごろには白やうすい黄緑のこまやかな花をつけます。エルダーフラワーとも呼ばれ、シロップやハーブティに用いられることもあります。
古事記には「ヤマタヅ」という名前で登場しており、古くは「ミヤツコギ」とも呼ばれていました。アイヌでは神事の際に用いられ、病魔を避ける力があるともいわれました。
一方ヨーロッパでは魔性の木とみなされ、不吉だと嫌われていました。しかし、万能の薬箱として様々な薬効を持っていることも知られています。ニワトコの木を使ったおまじないも、数多く残されているようです。
ニワトコのちょっと不思議でおもしろいお話を、そっと紐解いてみましょう。
目次
あらゆるものに大変身! 万能の木ニワトコ
ニワトコの属名はサンブークス(Sambucus)といいます。
これは、古代ローマ時代の竪琴「サンブーカ」の奏者という意味です。
ニワトコは古くは楽器に用いられ、大プリニウスの『博物誌』にも、ニワトコで作ったラッパの響きを賞賛する記述が残されています。
また頑丈な木質を活かし、狩猟のための槍や盾の素材としても用いられました。黒く色づく果実は髪を染めるためにも使われたといいます。ニワトコが多様な場面で活躍していたことが分かりますね。
ニワトコの果実はビタミンが豊富なため、絞ったり煮立てたりして栄養価の高いジュースにもなります。
しかし、果実や種子に毒が含まれる種類も存在するため、ニワトコを扱うのには十分な注意が必要です。
とはいえ、毒は薬と紙一重です。適切に使えば素晴らしい効果ももたらします。
『博物誌』には、以下のようなニワトコの効能が書かれています。
- ニワトコの根・樹皮・葉・実には利尿や発汗の作用がある
- ぶどう酒などで煎じれば体にたまった水分を排出す
- 若芽を浸したものはノミ、葉を煎じたものはハエを退治する
- 葉はイヌやヘビの咬傷に効果あり
- 湿疹ができた時には枝で体をムチうちするとよい
などなど、嘘か誠か、ニワトコの万能ぶりはとどまるところを知りません。
その上、乾燥した花でつくったニワトコ茶は風邪の諸症状に効くともいわれています。
じつは、これには科学的な裏付けもあるのです。
ニワトコに含まれるフラボノイドは、細胞に侵入しようとするインフルエンザウイルスを防ぐことが分かっています。
かつてニワトコはワインで飲まれることも多く、「病気が退散する」と大変好まれたようです。今ではその習慣は廃れていますが、イタリアでは「サンブーカ」という名前のニワトコのリキュールが愛されています。
実は日本でもニワトコのお酒が作られていた形跡があります。
三内丸山遺跡から出土している完熟したニワトコの果実は、酒造りの主原料にされていたようです。縄文時代ではニワトコのお酒を酌み交わしていたのかもしれませんね。
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ニワトコのちょっと怖い話とおまじない
キリスト教影響下の中世ヨーロッパでは、イスカリオテのユダが首を吊った木がニワトコとされたため、ニワトコは不吉な木として扱われました。
魔女がニワトコの木に化けるだとか、ニワトコの杖を魔法の馬に変えて使用するなどと言われていたようです。
著名なファンタジー小説の『ハリー・ポッター』シリーズでも、ニワトコは特別な杖として登場しますね。
ニワトコがどのような点で不吉だと言われていたのか、少しご紹介いたしましょう。
- ニワトコ製のゆりかごに赤子を入れると妖精がつねってあざをつくる
- 子どもをニワトコの木の枝で叩くと、成長がとまる
- ニワトコを家具に使うと木をきしませる
- ニワトコを暖炉で燃やすと家族に死をもたらす
いたずらめいたものから死に至る恐ろしい言い伝えまで、ニワトコには幅広い云われがあったようです。ですので、中世の人々はニワトコをできるだけ家に入れないようにしていたといいます。
嫌われていたかのように見えるニワトコですが、逆に魔除けとして使われていた例もあります。
ウェールズでは魔除けのために庭木として植えて、掃き清めた石の床にちぎったニワトコの葉をまいて文様を描きました。
また、魔除けとして乗馬用のムチの柄の部分をニワトコ製にすることも行われました。
それに加えて、乗馬の際に小枝をポケットにいれておくと、鞍ずれを防ぐおまじないになるとも考えられていたようです。
前項で「病気を退散させる」効果を期待したニワトコのワインをご紹介しましたが、ニワトコの「枝」を使って病気を退けるおまじないもあります。
バイエルンでは、発熱した時はニワトコの枝をにぎり、無言で地面に突き刺すといいます。そうすると熱が枝に移って、その枝を次にとった人が発熱するのだそうです。
オーストリアでは牛が病気にかかったとき、日没のころに3本のニワトコの若枝を折るといいます。そして、家畜の名前をつぶやきながら暖炉に枝を吊るすのです。するとニワトコが干からびる代わりに、牛の病気が治るといわれています。
このように、ニワトコには不思議なおまじないがたくさん残されています。
楽器やお酒など、古代からさまざまな形で用いられてきたニワトコ。
魔性の木と嫌われた反面、素晴らしい薬や魔除けとして重宝されていたことが分かりますね。
ライターからひとこと
ニワトコはアイヌでは死人の木とも呼ばれましたが、嫌われていたのではなく、ヨーロッパと同じように病気や災いを退ける木として重宝され神事にも使われていたそうです。地域が違っても同じように魔除けに用いられるのは興味深いですね。お酒好きのライターとしては、ニワトコのリキュールがとても気になります。