もしあなたが、決して報われることのない三角関係に悩んでいるなら、古典小説や古い伝説などを読んでみるといいかもしれません。三角関係は古くから多くの伝承に語り継がれ、人々の涙を誘い続けてきたテーマです。
『アーサー王』(佐藤俊之 著)では、中世騎士物語の定番「アーサー王」にまつわる騎士たちの人物像やストーリーを紹介しています。
今回はその中から、トリスタンとイゾルデの悲しい恋物語をご紹介しましょう。
目次
トリスタンとイゾルデの出会い
トリスタンはリオネス王リヴァインの息子として生まれましたが、彼の誕生を待たずに父は戦死、母も出産の時に亡くなったため、孤児になってしまいます。
家臣の元で育てられたトリスタンは、物心つくと諸外国をめぐって外国語や多くの知識を身につけ、将来を期待される立派な若者に育ちました。ところが14歳で故郷に帰ると、悪徳商人に騙され、船でさらわれてしまいます。
トリスタンはなんとか商人の元を逃げ出すと、母の故郷コーンウォールにたどり着き、そこで母の兄であるコーンウォール王マルクと出会います。マルク王はトリスタンの才能を認め、彼を騎士に取り立てました。
当時、コーンウォールは隣国アイルランドと敵対関係にありました。アイルランドから円卓の騎士マロースがやって来て、マルク王にアイルランドに服従するか、さもなくば一騎打ちで決着を付けるよう求めたのです。
トリスタンは自分を騎士に取り立ててくれた王のため、マロースと一騎打ちしたいと願い出ます。
激しい戦いの末にやっとのことでマロースを打ち倒しましたが、トリスタンはマロースの毒の刃で深手を負ってしまいました。
マロースは死の間際、この毒を癒せるのは王の娘であり姪のイゾルデだけだと告げました。そこでトリスタンは傷を癒そうと、アイルランドへ向かうことにします。
一方その頃、叔父の死を知ったイゾルデは、彼に致命傷を与えた刃の破片を握り締め、かたく復讐を誓うのでした。
コーンウォールにとってアイルランドは依然敵国でしたから、トリスタンは偽名を使い、身分を隠して吟遊詩人としてイゾルデに近づきました。イゾルデは彼の正体に気付かず、献身的に看護を続けます。こうして共に時間を過ごすうちに、ふたりは互いに淡い恋心を抱くようになりました。
トリスタンの竜退治とイゾルデの秘薬
すっかり傷が癒えコーンウォールへと帰還したトリスタンは、国の英雄となりました。マルク王はたいそう喜び、彼を自分の世継ぎとすると宣言します。
しかし、トリスタンに出し抜かれたと感じた王の側近たちにとって、この話は全く面白くありません。そこで彼らはマルク王に、アイルランド王女との結婚と、その使者としてトリスタンを指名することを持ち掛けました。マルク王に子どもができればトリスタンが次の王となる話はなくなるでしょうし、もしこの縁談が失敗しても、マロースの仇であるトリスタンが殺されるだけだろうと考えたのです。
ちょうどその頃、アイルランド王は凶暴な竜の出現に悩み、竜を倒した騎士に娘のイゾルデを与えると宣言していました。もう一度イゾルデに会いたいと思っていたトリスタンは、マルク王の代理としてこの竜を倒すことを決意します。
トリスタンは再び吟遊詩人に変装しアイルランドへ入国すると、凶暴な竜に戦いを挑みました。
竜は牙や爪、巨大な尻尾と炎で彼に幾度も襲いかかります。トリスタンはどうにか猛攻に耐えると、心臓まで達する槍の一撃で竜にとどめを刺し、証拠としてその大きな舌を切り取りました。
アイルランドの宮廷に到着した彼は、自分が実は吟遊詩人ではなくコーンウォールの騎士であることを告げ、主君マルク王とイゾルデとの結婚を望みます。
アイルランド王はこの申し出に賛成し、イゾルデをコーンウォールへと送ることにしました。
ところがトリスタンは竜の舌の毒で倒れてしまい、再びイゾルデの看護を受けることとなります。イゾルデはトリスタンが叔父を殺した宿敵だと知り、深く悩みますが、母のとりなしで気持ちを切り替え、再びトリスタンに恋心を抱くようになりました。
娘の気持ちに気付いたイゾルデの母は、彼女に魔法の飲み物を与えます。それは飲んだふたりが死ぬまで愛し合うという秘薬でした。婚礼の席でイゾルデがこれを飲めば、トリスタンのことを忘れマルク王の貞淑な妻となるだろうと考えたのです。
しかし運命とはなんと恐ろしいものでしょう。看護を終えコーンウォールへと向かう船上で、トリスタンとイゾルデは誤ってこの秘薬を飲んでしまいます。
今まで互いに惹かれ合いつつも、立場を考え気持ちを押し止めていたふたりでしたが、もはや思いを止めることはできません。イゾルデはマルク王と結婚しましたが、周囲に隠れてトリスタンと密会するようになりました。
やがてふたりの関係はマルク王に気付かれてしまいます。王に追放されたトリスタンは、イゾルデを忘れようと放浪の旅に出ました。
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トリスタンと白い手のイゾルデ
トリスタンは放浪の旅を続けますが、なかなかイゾルデのことを忘れることができません。そんな時、彼の前に美しい白い手をしたイゾルデという女性が現れます。トリスタンは、かつての恋人と同じ名前のこの女性と結婚し、昔の恋を断ち切ろうと考えました。
ところが秘薬の呪縛を受けた彼は、この新しい女性のことをどうしても愛することができません。彼が「イゾルデ」と名前を呼ぶ度に、コーンウォールの王妃イゾルデのことを思い出してしまうのです。
トリスタンはしだいにふたりのイゾルデから恨まれるようになりました。王妃イゾルデは彼が他の女性と結婚したことを裏切りと感じ、白い手のイゾルデは夫の気持ちが自分に向いていないことに嫉妬したのです。
そんなある日、トリスタンが妻と親友の騎士カエルダンとともに森の中を旅していると、カエルダンに恨みを持つ騎士から襲撃を受けてしまいました。トリスタンはカエルダンを守って戦いますが、猛毒が塗られた槍で傷つけられてしまいます。
なんとか敵を倒したトリスタンは、この傷を癒せるのが王妃イゾルデだけだと悟ります。妻である白い手のイゾルデは、愛する夫を救えるのが自分でないことを悲しみつつも、トリスタンを船に乗せ、コーンウォールへと連れて行くことにしました。
一方、親友のカエルダンは一足先に王妃イゾルデの元へ向かい、トリスタンの命が危ないことを伝えることにします。トリスタンはカエルダンに、もし王妃イゾルデが自分を許してくれるなら白い帆を、そうでなければ黒い帆を掲げて自分を迎えるよう頼みました。
やがてコーンウォールの岸辺から、一艘の船が近づいてきました。船は白い帆を掲げていましたが、瀕死のトリスタンは顔を上げて帆の色を見ることができません。
「帆の色は?」
トリスタンは妻に尋ねました。彼女はしばらく逡巡した後、「黒です」と短く答えます。
ああ、愛する王妃イゾルデは自分の裏切りを許さなかったのだ。生きる希望を失ったトリスタンは、静かに息を引き取りました。
その時、王妃イゾルデの乗る船が彼の船へとたどり着きました。彼女は愛する人の死に言葉も出ないまま、そっとその唇にキスをします。トリスタンの命を奪った毒は唇を伝ってあっという間にイゾルデの身体にまわり、彼女の命をも奪いました。
この光景を見ていた白い手のイゾルデは、嘘をついたことを激しく後悔します。生きている間は決して報われることのなかった3人の愛は、こうして幕を閉じたのです。
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