少々間が空いてしまって申し訳ない。実は所用により少しばかり旅に出かけておった。
冒険者としての一線を退いてから久しいとはいえ、こうして旅に出ると現役当時の頃を思い出す。あの場所で仕留めたサンダーバードは大きかった、こっちの山ではコダマネズミが大猟だった、そっちの川ではグリズリーと競い合うように紅色に輝くサーモンを取った……、いかんいかん、食い物のことばかり思い出してしまう。
それはさておき、新たな旅路はまた新たな出会いをもたらしてくれるというもの。この旅でもまた未知なる “食材”との出会いがあった。それが今から紹介するレモラだ。
レモラは海に生息する魚の魔物。体長は80cmほどと決して大きくはなく、性格的にも獰猛というほどではない。そう言ってしまうと大した危険がないように聞こえるかもしれないが、こと海を進む船にとっては厄介極まりない生物だ。
レモラの頭には強力な吸着盤があり、キラーホエールやカプリコーン、時にはシーサーペントのような大型の海棲生物などに取りつく習性を持つ。こうすることで自身の体力を使わずに移動することができ、他の海棲生物から襲われるリスクも下がる。さらには餌のおこぼれに預かるチャンスも増える。まさに“夢のような生活”といえよう。
とはいえ、取りつかれた方からすれば黙ってはいられない。当然振りほどこうと必死になるのが常だ。船旅を続けていると海上で大きなキラーホエールが空高くジャンプする風景を見かけることがあるが、これはレモラを振りほどくための一つの行動と言われている。
そんなレモラにとって、船は格好の取りつき先だ。海棲生物とは違って自力で激しく暴れることが無いため、振り落される心配がない。餌のおこぼれこそ少ないかもしれないが、船の動きに任せるままにしておけば悠々安泰、快適な暮らしが保証されるというわけだ。
では、取りつかれた船の方はどうか? これはいささか困った事態となる。一匹や二匹程度であればさほど支障はないのだが、群れで取りつかれてしまうとバランスが崩れてしまい船が進まなくなってしまうのだ。
実際に今回の旅路でも、順風満帆なのに一向に船が進まないという事態に遭遇した。大海原のど真ん中、船体に何の故障もなく、天候も安定しているにもかかわらず船が動かないというのはなかなかに恐怖である。
原因を探るために船員たちと共に私も海へと飛び込んでみると、そこに見えたのは船底にびっしりと張り付いた大量のレモラ。なるほど、こんなにも大量のレモラに取りつかれれば、船全体の重さが大幅に増えてしまい進まなくなるのも道理というものである。
音もなく忍び寄り船底に取りついていくレモラは、まさに「海の厄介者」なのだ。
レモラの捕獲方法
船乗りたちによれば、レモラが取りついた場合には「船を後進させる」ことで振りほどいているらしい。
レモラの吸盤は、流れに身を任せて船に引っ張られている形の時にはしっかりと張り付く一方、自分から前に泳ぎ出せばいとも簡単に外れるようになっている。レモラは船の進行方向に沿って取りつく習性があるため、船を後進させればレモラが前に泳ぎだすのと同じようになって外れるという寸法だ。
これを利用すればレモラの捕獲は簡単だ。船底に張り付いているレモラのエラをつかみ、ぐいっと前に押し出すようにすればあっという間に生け捕りができる。もちろんレモラも抵抗して暴れるのだが、しっかりエラを押さえておけば十分に対処可能だ。
とはいえ、海中では動きが大きく制限されてしまうため、危険が伴うことには違いがない。本来ならナイフをエラの中にこじ入れて先に仕留めてから外したいところなのだが、流れ出た血の匂いを嗅ぎつけて獰猛な人食い鮫や大型の海棲生物が突如襲ってくるリスクを否定できない。手早く、無理せず、最小限のリスクで。これが海中での鉄則だ。
レモラの吸盤は、流れに身を任せて船に引っ張られている形の時にはしっかりと張り付く一方、自分から前に泳ぎ出せばいとも簡単に外れるようになっている。レモラは船の進行方向に沿って取りつく習性があるため、船を後進させればレモラが前に泳ぎだすのと同じようになって外れるという寸法だ。
これを利用すればレモラの捕獲は簡単だ。船底に張り付いているレモラのエラをつかみ、ぐいっと前に押し出すようにすればあっという間に生け捕りができる。もちろんレモラも抵抗して暴れるのだが、しっかりエラを押さえておけば十分に対処可能だ。
とはいえ、海中では動きが大きく制限されてしまうため、危険が伴うことには違いがない。本来ならナイフをエラの中にこじ入れて先に仕留めてから外したいところなのだが、流れ出た血の匂いを嗅ぎつけて獰猛な人食い鮫や大型の海棲生物が突如襲ってくるリスクを否定できない。手早く、無理せず、最小限のリスクで。これが海中での鉄則だ。
食材への加工・保存
船乗りにとってレモラは忌むべき存在であり、食べようなどと考えるものは誰もいなかった。当然、その捌き方も全く知られてはいない。
しかし、海の厄介者のレモラとはいえ所詮は魚。「食材」の形に加工するのはそう難しくはなかった。
まず、頭の大きな吸盤を取りはずす。これは吸盤の周囲からナイフを入れていけば簡単に切り離すことができた。吸盤は非常に硬く、煮ても焼いても食べられそうにはない。少しばかり期待していたのだが、なんとも残念である。
続いて腹を開いて内臓を取り出した後、水でよく洗ってぬめりを落とす。うろこは大変小さく、ぬめりと一緒にほとんど洗い流されてしまうので、剥がす必要もないようだ。
あとは、頭を落としてから背骨に沿って三枚に下ろせばよい。このあたりの手順は他の魚と大きな差はない。皮はやや厚めで硬いため食用には適さないが、その分ナイフを上手に入れればするっと剥がすことができる。
一度捌いてしまうと鮮度落ちが早いため、食べる直前に捌くのが理想であろう。船を動かすのに支障のない程度の数であれば、いっそ船底に張り付かせたまま港へ戻って水揚げしてもよいかもしれない。
■調理例(レシピ)
身はきれいな白身であり、血合いの部分の紅色がとても美しい。見た目としてはスズキやイサキによく似ており、いかにも美味しそうな気配がぷんぷんと漂っている。
しかし、船乗りたちは気味が悪いと敬遠するばかり。ならば仕方がないとまずは私自身が食べてみることにした。
捌いた身を海水で洗い、そっと口に含む。なかなかに良い歯ごたえ、しっかりと身は引き締まっているようだ。
そして、何よりべらぼうに旨い。口に入れた瞬間に広がるのは脂の旨み。白身の魚としてはかなり脂が乗っており、甘く口の中でとろけていく。そしてかみ締めるほどにほのかな旨みがギュッギュッとあふれ出す。ただひたすらに旨いとしか言いようがない。これほどの魚がなぜ見向きもされなかったのか、私としては不思議で仕方がないほどだ。
素材そのものの味わいを確認したら、いよいよ調理開始だ。最初に思いついたのは【セビーチェ】。海水で洗ってから細切りにした身を、細かく刻んだ玉ねぎとともにライムの絞り汁で和えた海沿いの地域ではおなじみの一品だ。
ちょうど手元に生の青唐辛子もあったので風味付けとして一緒に刻んで入れたのだが、これがまた見事にマッチ。上質な脂の旨みをライムがさっと洗い流し、玉ねぎと唐辛子の辛さが味わいを引き締める。酒のつまみとしても最適だし、トルティーヤで巻けばさっぱりと食べられる立派な一品に早代わりだ。
と、こんな調子で堪能していたら、だんだんと船乗りたちも集まってきた。どうやら私があまりに美味しそうに食べていたので、試してみたくなったらしい。どうしたものかと考えあぐねていると、とうとう船乗りの一人が海に飛び込み、レモラを捕まえてきたではないか。
その心意気には応えてやらねばなるまい。セビーチェで当座をつなぎつつ、さっそく次の料理へと取り掛かる。
船乗りたちから分けてもらった塩と胡椒、それに香草をレモラの半身にまぶし、それをたっぷりとバターを塗った鉄板で豪快に焼き上げる。両面にきれいな焼き目がつけば、シンプルな【レモラのバターソテー】の完成だ。仕上げにライムを搾ると、辺り一面が爽やかな香りに包まれた。
レモラの身は火を通しても縮むことがなく、食べ応えもしっかり。身の味わいも濃厚なバターの風味に負けていない。風味も豊かで、しかも食べ飽きることがない。船上ゆえにシンプルな調理法にはなったが、レストランで丁寧に調理すれば、極上のサーモンソテーにも決して引けをとらない“看板料理(スペシャリテ)”のひとつとして認められる可能性すら感じられた。
港へと到着した後、すっかり仲良くなった船乗りたちがお礼として作ってくれたのが【レモラのフィッシュ&チップス】。この港町で古くから親しまれている伝統の味を、新たな食材で振舞ってくれたのだ。
レモラのフライの衣にはエールが混ぜられており、ふんわりとした衣の中にかすかなほろ苦さが感じられる。その苦味がレモラの脂を中和して絶妙な美味しさを奏でていた。加熱しても身が縮まないレモラは、揚げ物にもぴったり。もちろんポテトとの相性も抜群だ。
身はきれいな白身であり、血合いの部分の紅色がとても美しい。見た目としてはスズキやイサキによく似ており、いかにも美味しそうな気配がぷんぷんと漂っている。
しかし、船乗りたちは気味が悪いと敬遠するばかり。ならば仕方がないとまずは私自身が食べてみることにした。
捌いた身を海水で洗い、そっと口に含む。なかなかに良い歯ごたえ、しっかりと身は引き締まっているようだ。
そして、何よりべらぼうに旨い。口に入れた瞬間に広がるのは脂の旨み。白身の魚としてはかなり脂が乗っており、甘く口の中でとろけていく。そしてかみ締めるほどにほのかな旨みがギュッギュッとあふれ出す。ただひたすらに旨いとしか言いようがない。これほどの魚がなぜ見向きもされなかったのか、私としては不思議で仕方がないほどだ。
素材そのものの味わいを確認したら、いよいよ調理開始だ。最初に思いついたのは【セビーチェ】。海水で洗ってから細切りにした身を、細かく刻んだ玉ねぎとともにライムの絞り汁で和えた海沿いの地域ではおなじみの一品だ。
ちょうど手元に生の青唐辛子もあったので風味付けとして一緒に刻んで入れたのだが、これがまた見事にマッチ。上質な脂の旨みをライムがさっと洗い流し、玉ねぎと唐辛子の辛さが味わいを引き締める。酒のつまみとしても最適だし、トルティーヤで巻けばさっぱりと食べられる立派な一品に早代わりだ。
と、こんな調子で堪能していたら、だんだんと船乗りたちも集まってきた。どうやら私があまりに美味しそうに食べていたので、試してみたくなったらしい。どうしたものかと考えあぐねていると、とうとう船乗りの一人が海に飛び込み、レモラを捕まえてきたではないか。
その心意気には応えてやらねばなるまい。セビーチェで当座をつなぎつつ、さっそく次の料理へと取り掛かる。
船乗りたちから分けてもらった塩と胡椒、それに香草をレモラの半身にまぶし、それをたっぷりとバターを塗った鉄板で豪快に焼き上げる。両面にきれいな焼き目がつけば、シンプルな【レモラのバターソテー】の完成だ。仕上げにライムを搾ると、辺り一面が爽やかな香りに包まれた。
レモラの身は火を通しても縮むことがなく、食べ応えもしっかり。身の味わいも濃厚なバターの風味に負けていない。風味も豊かで、しかも食べ飽きることがない。船上ゆえにシンプルな調理法にはなったが、レストランで丁寧に調理すれば、極上のサーモンソテーにも決して引けをとらない“看板料理(スペシャリテ)”のひとつとして認められる可能性すら感じられた。
港へと到着した後、すっかり仲良くなった船乗りたちがお礼として作ってくれたのが【レモラのフィッシュ&チップス】。この港町で古くから親しまれている伝統の味を、新たな食材で振舞ってくれたのだ。
レモラのフライの衣にはエールが混ぜられており、ふんわりとした衣の中にかすかなほろ苦さが感じられる。その苦味がレモラの脂を中和して絶妙な美味しさを奏でていた。加熱しても身が縮まないレモラは、揚げ物にもぴったり。もちろんポテトとの相性も抜群だ。
この近くの海では厄介者であるレモラの出没に相当悩まされていたようであるが、これからはひょっとするとレモラが町の名物として大きく花開くかもしれない、それを思うと私の心もいやおう無しに弾むというものだ。
……
ところで、ここに一通の手紙がある。送り主の名を確認し、封を開いて目を通す。
曰く、「原稿まだですか?」と。
その手紙を読んだ私の顔は、レモラのフィッシュ&チップスの衣に入れられたエールよりもはるかに苦いものであったことは言うまでもない。
◎若き冒険者に捧げる「食」の手引きシリーズ
◎参考書籍
『図説 モンスターランド』
著者:草野 巧
新紀元社
◎著者紹介
Swind(スインド)。メシモノ系物書き兼名古屋めし専門料理研究家。
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◎過去記事
第1回:サンダーバード
第2回:クラーケン
第3回:コダマネズミ
第4回:アクリス
第5回:スライム
第6回:マンドラゴラ
第7回:コカトリス