文:斜線堂有紀
「幻想キネマ倶楽部」とは?
毎月28日にお届けする、小説家の斜線堂有紀先生による映画コラムです。
月ごとにテーマを決めて、読者の皆さんからテーマに沿ったオススメの映画を募集します。
コラムでは、投稿いただいた映画を紹介しつつさらにディープな(?)斜線堂先生のオススメ映画や作品の楽しみかたについて語っていただきます!
今月は「異世界映画」観てみない?
こんにちは、斜線堂有紀です。ご好評頂きまして幻想キネマ倶楽部の第2回を掲載して頂けることになりました! これも皆様のお陰です。2といえば素数ですね。
今回のお題は「異世界映画」ということで、皆さんから頂いた投稿をディープに紹介していこうと思います。
単なるミステリーサスペンスかと思う出だしからの、SFファンタジー要素と作り込まれた救いのない世界観を、斜線堂先生に語っていただきたいです。(こだま)
ダークシティ
1998年製作の名作映画『ダークシティ』! この名前を聞くと何だかテンションが上がる隠れた名作『ダークシティ』!! 聞くところによると、パンタポルタの名物編集・重岡さんも大好きな映画の一つらしい。そういうわけで、この映画は局地的なところで大きな盛り上がりを見せた映画マニア垂涎の一本なのだ。
この映画のあらすじを一口に説明するのは難しい。開始5秒で街を支配する宇宙人の話が出てくるのだが、その更に5分後には記憶喪失の男が娼婦殺しの冤罪を掛けられるシーンが挿入される、という物凄いドライブ感で物語が加速していくのだ。さっきまで宇宙人の話をしていたような……というこちらの動揺は完全に無視! ヒッチコック的なサスペンスパートと、街に住む人間の記憶が消されては刷り込まれるというSFパートが絡み合いながら、物語は壮大なスペースオペラになっていく。
この映画の根幹にあるのは、主人公マードックと宇宙人達だけが使える「チューン」と呼ばれる特殊能力だ。これは例えるならば街の物語を書き換える能力である。壁に扉を出現させたり、家の構造を組み替えたり、果ては街並みまでもを変化させるなど、想像力によって世界に介入出来る、それがチューンなのだ。ぐにゃぐにゃと世界が変化していく様は見ていてとても楽しい。そして、何よりこのチューンを使ってのアクションが格好良い! 隣のビルに飛び移るときに、物理的にビルを巨大化させて幅寄せをするというチューンならではの力業が観ていてとっても楽しい。
他にも煙突を伸ばしてエレベーター代わりにしたり、階段を伸ばして動きを妨害するなど、今ゲーム化したら楽しいだろうなという要素がてんこ盛りである。『アサシンクリード』みたいになるんじゃないだろうか……。
中盤、この不思議な街の秘密が明かされていくにつれ、あまりに寂しく救いの無い世界だと思うのだが、この異世界の苦しさややるせなさは、同時に人間賛歌でもあるのが構成の妙だと思う。宇宙人達が執拗に奪おうとしたものや、ラストのマードックのある意味残酷な決断は、人間の心の可能性を表していると思う。ともあれ「恋はあとにしろ、世界を創るのだ」の一言に心が熱くなるなら観て損は無い。
ところで、人間には2種類居ると思う。即ち「自分の思い通りになる世界は自分の頭の中で想像しているのと変わらない」という言葉に頷く人間と頷かない人間の2種類が。こう思うと、何かを実現させた時こそ、一番現実が揺らぐ瞬間なのかもしれない。
完全無欠の管理社会が舞台の、ブラックユーモアたっぷりな映画です。夢のような不思議な映像と、素敵な舞台装置に魅せられます。(個人的に主人公の利用している固定電話のデザインが好きです。)(ご飯)
未来世紀ブラジル
先の人間の話ではないが、ディストピアにも2種類ある。ギリギリ暮らせそうなディストピアであるギリトピアと、絶対無理だろ! というディストピアの無理トピアだ。
前者には『サロゲート』『アップサイドダウン 重力の恋人』などが挙げられて、後者には『カレ・ブラン』や『スノーピアサー』や、この映画などが挙げられる。何しろ『未来世紀ブラジル』のディストピアは情報統制が厳しい癖にタトル氏と間違えてバトル氏が連行されていったりする。弾圧へのハードルが低すぎる……! 暴力への助走だけやたら威勢がいいのが無理トピアの特徴でもある。
主人公のサムは情報省に勤めるディストピア体制側の人間なのだが、先の人違いをきっかけにディストピアに疑問を抱くようになっていく。
悪夢のようなディストピアの中で、更に悪夢に惑わされるサム。夢と現実の狭間で、果たしてサムは人間としての幸せを取り戻せるのか!? というのが話の筋だ。
ご飯さんの言う通り、あまりに恐ろしい世界であるのに、この映画は天国のように美しく、悪夢のようにポップでキュートな映像で溢れている。そのギャップの高低差には戦かずにいられない。物語が急転する時に響くキュイッキュイッという不協和音が本当にトラウマになる一作だ。電話とか看板とか、あの後半に出てくる仮面なんかも凄く造形がいい。だからこそ恐ろしい。ラストシーンに低く流れるブラジルの調べ……。
こんにちは! これは斜線堂先生のツイートがきっかけで観て大好きになった映画です。先生が呟かなければ知らなかった映画なので語ってくださったら嬉しいです。マイベスト映画に入りました。(弥生@わたまで読みました!)
落下の王国
個人的に、人生の中で5本指の中に入る映画がこの『落下の王国』である。
© 2006 GOOGLY Films, LLC. All Rights Reserved. |
怪我を負ったスタントマンのロイは動けない自分の代わりに、同じ病棟に入院している少女・アレクサンドリアに毒薬を盗ませて自殺しようと考える。少女に盗みを行わせる為にロイが編み出した方法は、とあるお伽噺を彼女に聞かせることだった……というのが映画の筋だ。
要するに、夢見がちな女の子に冒険譚を聞かせて、物語の続きを聞かせる代わりに毒薬を盗ませようというのだ。物語を使って死のうと考えるロイと、そうとは知らずに物語を楽しむアレクサンドリアは、次第に物語の世界に潜り込んでいく。
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この映画で描かれる異世界は人間の想像を遙かに超えるような美しい世界なのだが、恐ろしいことにこの映画はその非現実的なロケーションを全てロケで賄っている。つまり、この映画にはCGが全く使われていない! 物語で語られる六人の勇者達と一緒に旅する『落下の王国』はこの世界に遍在しているのだ。私達の生きている世界の美しいところをフィクションの糸で縒り合わせて創ったお伽噺なのだと思うと、あまりの贅沢さに戦く。
お伽噺を語っていく内に、死にたがっていたロイの意識も変化していく。死ぬ為だった物語が、生きる為の物語になっていく。1人の為の物語だったのが、2人の物語になっていく。つまり、この映画はフィクションが現実を救う物語なのだ。私はとにかくこのテーマを扱った物語が好きである。果たして、絶望から始まった物語はハッピーエンドに向かうのか? その結末を是非とも観て頂きたい。
ちなみにこの映画、キャッチコピーがまた素晴らしいのだ。「汝、落下を畏れるなかれ この美しき世界を仰ぎ見よ」という一文がこの映画の全てを物語っている。たとえ落下の最中にあっても、世界はきっと美しいのだ。
異世界に行く物語ですが、根本にどうしようもない現実の世界があり胸がヒリヒリします。家族が崩壊していくという堪え難い出来事は、実際に起きているのだと改めて考えさせられます。人生におけるどうしようもなく辛いことに対してどう向き合っていくのか。他人事ではない現実を突きつけられる映画です。主題歌も印象的で、作品を構成する一部となっていると思います。(星村梅子)
ブレイブ ストーリー
『ブレイブ ストーリー』は個人的に思い出深い映画だ。まだ私が何も知らないリトルポニーだった頃に弟と観に行った映画で、美しい異世界に終始魅了されていた覚えがある。学校でも主題歌の「決意の朝に」が流行り、帰りの会で歌うという謎の儀式が行われた。あまりに『ブレイブ ストーリー』が人気だったので、無辜の子供達の帰りの会が5分と1秒延びた。とんでもないバタフライエフェクトだ。
それはそれとして良い映画だった。主人公のワタルは、父親が家を出てしまったことで一家離散の危機にある。小学生の力ではどうにもならない現実を救う為、ワタルは「幻界」(ヴィジョン)と呼ばれる異世界で願いを叶えてくれる5つの宝玉を手に入れようとする。
ワタルと同じように願いを叶えようとしているのが、同級生のミツルだ。彼も、両親の無理心中に巻き込まれて死んでしまった妹を生き返らせたいという強い願いを持っている。ヴィジョンで必死に戦う2人はまだ子供で、現実にはまだ太刀打ちが出来ない。そもそも大人になったって、私達が現実に対して抗う術は驚くほど少ないかもしれない。
そんな中で、唯一の抜け道、現実に突き立てられる剣として用意されたのがヴィジョンでの試練なのだ。この構造自体に希望があると思う。何せヴィジョンでは宝玉さえ集めれば願いを叶えられるのだから、どれだけ困難が待っていてもある種の努力が報われる世界なのだ。
ただ、この映画では、その希望が描かれるだけには留まらない。ワタルの願いとミツルの願いが同時に叶えられることはなく、ひいては2人の願いとヴィジョンという世界の存続は同時には叶わない。何を犠牲にしても叶えたい願いの重さや現実のままならなさが一本の映画の中で遺憾なく描かれている。大人になった今だからこそもう一度観たい傑作映画だ。
ということで、今回は以上の映画をご紹介させて頂きました! また次回があればお会いしましょう。ギリトピアと無理トピアの語を何が何でも流行らせたいので、皆さん何卒よろしくお願いいたします。
=了=
◇次回予告
12月のテーマは「クリスマス・年の瀬に観たいファンタジー映画」です!
(応募締切:11月30日 17:00)
〈投稿ページ〉
今月のはみだし語り
※取り上げられなかったものの中から一部をチョイスしています。
独身は罪。一定期間パートナーを見つけられなかったら人間以外の任意の動物になるというトンデモ世界観なのに引き込まれる。(nabe)
ロブスター
「配偶者がいないと動物にされる」というシュールで不条理な世界を真面目に描ききった傑作であり、私も大好きな映画の一つです。タイトルは主人公がなりたい動物に由来しています。そう、彼はロブスターになりたい……。
個人的に一番好きなポイントはこの動物化が魔法などではなく超技術による手術によって行われるところなんですよね。手術と科学と物理で頑張る『Mr.タスク』方式の美しさ……。そこに何となくフェチズムを感じてたまらない。主人公は紆余曲折の末、恋愛を拒否した人々によるレジスタンスに加入するんですが、そこからはまた別種の地獄が展開されるのが面白い。愛はそこに無くても地獄なのだ。
王道中の王道。子どもの頃は作り込んだ世界観に夢中になりましたが、大人になって振り返ると差別などの社会問題を描いている面にも驚きます。(束ちゃんが好き!)
ハリー・ポッター シリーズ
やっぱり大好き『ハリー・ポッター』シリーズ。うっすらホグワーツを実在のものだと思っていたので、心がざわつく。
ところで、私は長らくハリーポッターのクィディッチのルールを勘違いしていて、スニッチを捕まえたら10,000点が入るんだと思っていました(実際は150点)。クアッフルをゴールに入れたら10点だということはちゃんと知っていたので「何てゲームバランスだ……」と吹聴していたのである。とんだ冤罪だ。
あと、束ちゃん好きでいてくださってありがとうございます!
ゴア表現がきついのですが、それを差し引いても魔界の描写やセノバイト達のビザールファッションがとてもかっこいいです。特に2の魔界が好きなので2で投稿します。(紺色のヤギ)
ヘル・レイザー2
カルト的人気を誇る『ヘル・レイザー』シリーズの2作目。映画を観たことが無くても、ピンヘッドさんの造形だけは見たことがある! という人も多そうな名作です。顔に等間隔で釘が刺さっているキャラクターを出そうと思った監督は偉い。
1から観るのが正解かもしれませんが、映画的に面白いのはこの映画のルールが分かって、三つ巴の決戦が始まる2からの方なんですよね。ピンヘッドさん率いる魔導士(セノバイト)達が、決して理不尽に人間を痛めつけているわけではなく「限界まで苦痛を味わった先に快楽が待っている」という信念のもとに行動しているというのがまた奥深くていい。
新婚なのに倦怠期な夫婦が、地獄へ旅行に行き、2人でいる理由を考えてみる話。最終的に炊飯器を取り戻します。地獄はひたすらシュールでキュート、なのに少し寂しい現世以外の場所です。ロケ地に行きたくなる映画。(エドモンそこにいたの?)
大木家のたのしい旅行 新婚地獄篇
未見なのでコメント出来なかったのですが、今回の投稿で一番心惹かれた映画でもあります。シュールでキュートで寂しい世界というのが何より好きなので……。映画の中で描かれる地獄フェチなのは前回も書いたんですが、ありとあらゆる地獄を摂取したいですね。取り戻すものが炊飯器だというのもまたいいです(炊飯器はとても重要なものなので)。
テレビシリーズ視聴が前提となってはしまう映画なのですがそれでも凜雪鴉の悪辣さは一見の価値ありです!お前は!お前は本当にそういうやつだよな…!!という怒りを通り越した何かを堪能して欲しいしテレビシリーズでは極悪人ムーブで現れた殺無生の可愛さを噛み締めて欲しい。(アルジャン)
Thunderbolt Fantasy 生死一剣
テレビシリーズを観てから視聴しようと決めている一本ですが、悪名高い凜雪鴉が悪役ではなく主人公だということを知って衝撃を受けました。嘘だろ、そんなことをしていいのか……?
紹介しきれなかった投稿映画一覧(順不同)
レディ・ブレイヤー1、パンズ・ラビリンス、劇場版ポケットモンスター ギラティナと氷空の花束 シェイミ、ネバーエンディングストーリー、ドラえもんのび太の西遊記、銀河鉄道999、Alice(ヤン・シュヴァンクマイエル監督)、飾窓の女、トゥルーマン・ショー、ヒックとドラゴン、インセプション、パプリカ、フック、コララインとボタンの魔女、銀河鉄道の夜、奇蹟の輝き、プリンセス・ブライド・ストーリー
今回も、たくさんのご投稿ありがとうございました!
記事で紹介しきれなかった投稿については、パンタポルタTwitter(@phantaporta)にてご紹介させていただきます。
*作者紹介*
斜線堂有紀。第23回電撃小説大賞で《メディアワークス文庫賞》を受賞した『キネマ探偵カレイドミステリー』が1~3巻まで発売中!
2018年10月に発売された『私が大好きな小説家を殺すまで』も大好評発売中。重版おめでとうございます!
斜線堂有紀。第23回電撃小説大賞で《メディアワークス文庫賞》を受賞した『キネマ探偵カレイドミステリー』が1~3巻まで発売中!
2018年10月に発売された『私が大好きな小説家を殺すまで』も大好評発売中。重版おめでとうございます!