作者:東雲佑
ベテランライターと語る異類婚姻譚
◇対談スケジュール
▷後編を読む
塩田信之とは何者か
司会進行役の重岡女史から今日のタイムテーブル表があらためて配られる。
プログラムの第1項目は『自己紹介』だった。
まず先に自己紹介させてもらったのは僕だったけれど、いまさら僕のプロフィールは不要と思われるので、これは割愛する。
僕に続いて、塩田先生の番になる。
塩田 ええ、私はただのライターで、研究者でもなければ学生でもないんで、なにかしら専門的に話ができるという立場ではないのですが。
東雲 いやいやいやいや。
とんでもない。
塩田 経歴みたいなのを話すと、32年ほど前にゲームブック(※1)というのを書きはじめましてね。ファミコンソフトのゲームブックとかを2年くらい書いてました。その後編集プロダクション(CB’s PROJECT)を立ち上げて 、そこでゲームの攻略本とかファンブックみたいのを手掛けるようになりました。
東雲 はい。
塩田 その編集プロダクションで『真・女神転生』 関係の本をいろいろ書いてたんですね。それで、私は主に神話関係のネタとかそういうのを担当することが多かったので、独立後もそういった記事をよく書いています。なんか、メガテン(女神転生の略であり、シリーズの通称)と付き合ってるうちに26年経ってしまいました。
重岡 自分から(興味を持ってその分野に)行ったというよりは、関わっているうちに?
塩田 もともと好きではあったんですけど、好きと言っても『サイボーグ009』 の北欧編が面白いなとか。そういうところからはじまって、ゲームに出てくるような神話伝説を見て、面白がっているうちにいろいろ吸収したのかもしれません。
東雲 なにかのインタビューでお読みしたんですけど、塩田先生が最初にメガテンに対して『これはいい』と思ったのがファミコンの『女神転生Ⅱ』で、それでスーパーファミコンの『真・女神転生II』の本から関わっていらっしゃるとか。
塩田 ファミコンのⅡは悪魔の立ち位置が確立された作品だし、ストーリー的にも面白かったですからね。仕事でメガテンに関わったのは『真・女神転生』の1作目からですね。
お互いの仕事に対する印象
東雲 公式サイトでの連載コラム『神話世界への旅』を読ませていただいたんですが、ほんと、あれがきっかけで『真・女神転生IV』と『IV FINAL』 をやったくらい面白いコラムでした。
それで色々調べていくうちに……ええと、俺が最初にやったメガテンは『デビルサマナー ソウルハッカーズ』だったんですけど。その頃は『ドラゴンクエストV』や『ポケットモンスター』が流行ってたし好きだったしで、だから敵を仲間にするってシステムが魅力的で手を出したんです。
でも一緒に買った攻略本を読んだら、モンスターの神話伝説上のプロフィールというか解説が書いてあって。しかもそれがモンスターの種族とかレベルではなく、出典の神話が伝えられている土地・地域でカテゴライズされていて。もう穴が空くほど読み込んで、それで伝承おもしろいや、と思ったのが神話とかオカルトに興味を持つ決定打でした。
(『デビルサマナー ソウルハッカーズのすべて Revision』(アトラス)プレイステーション版)
その本に塩田先生が関わっていたと知ったときは、本当に驚いたものである。
塩田 私は連絡いただいてから東雲先生を知って、作家さんなんだと思って作品を読ませていただきました。それで今どきめずらしい感じの作家さんなのかなと思ったんですよ。たとえば萌えにはしるとかそういうわけではないとか。
『図書館ドラゴンは火を吹かない』に関しても、まず一つ「図書館の番人であるドラゴンがいて、図書館の番人だから火を吹かない」というアイデアがあって、それを膨らませてひとつの作品に昇華してしまえる。そういうところが今どき珍しいというか。
大先輩に褒められてしばし恐縮して固まる東雲。
重岡女史が「落ち着いて、落ち着いて」といとも楽しげに茶化してくる。落ち着けるかい! と僕は反論する。すごい人なんだぞ塩田先生は!
塩田 いやいや、全っ然すごくないです (笑)
僕、普段は取材をする側なんですよ。作家さんとかにお話を聞いて自分で記事にするとかね。だから自分が取材を受けるのは慣れてなくて。
東雲 その取材っていうの、塩田先生はすごく徹底 してるんですよね。このコラム一本書くのにどんだけ資料集めて、どんだけ読んでるんだろうみたいな。
重岡 あー、あー、それはコラムを読んでいて思いました。
塩田 ふふふ。……ふー…………実は、すごい赤字です(資料代などで)。
だろうなあ、と一同、爆笑。
東雲 塩田先生は歴史とかもお好きなんですか? 『神話世界への旅』を読んでると、神話の内容そのものじゃなくて、神話の背景になった歴史についてすごく書かれていますけど。
塩田 そうですね、もともと歴史も好きです。でも 言い方が悪いかもしれないけど、神話内の情報に限って紹介すると、それはもう何度も書いているし、いまは他にもいろんな本が出ている。
東雲 はい。確かに。
塩田 それで、アトラスさんから連載の話をいただいて打ち合わせをしていく中で、歴史と絡めたり現代に繋がる話をしていけばいいんじゃないかなと。
だから歴史が好きだったというよりは、連載のコンセプトがそうだったんですよ。
でもそうやって記事のための読み物をしてるうちに、そっちの趣味に引っ張られちゃってますね。
東雲 ありますよねそういうの(笑) でもそうだなあ、神話伝承を理解する上で歴史って必要不可欠なのに、俺そっちには全然関心が持てずに来ちゃったからなあ。最近は少し興味を持ち始めて来たんだけど……俺ももう30だからなあ。
塩田 大丈夫ですよ。そんなこと言ったら私はどうなるんですか(笑) 私だって学生時代なんかはそんな興味がなくて、修学旅行で寺を巡っても別に感慨なんかなくて。今にして思えば「なんであの時にもっといろんなもの見ておかなかったのかなあ」って思いますよ。
やっぱり 、大人になっていろんなものを知ったからこそ歴史って面白くなるんじゃないかなと思うんで、全然遅くないですよ。
東雲 あ、ありがとうございます!
なんかちょっと心強くなった! 学ぶのに遅いということはないのだ!
みんな、学ぼう!
異類観について
塩田 これは、語り出すとうっかりまとめちゃいそうで……ここでまとめみたいな話をしちゃうのもよくないですよね? たとえば、今後の連載がどういう方向に進んでいくのかなとか、あの連載の着地点 はどういうところに行く予定なのかとか。まずはそれを少し教えていただけると。
東雲 ど、どういうところに行くんだろうなあ!
最初は全5回で終わるはずだったのになにを間違ったのか読者コーナーがはじまり、そのあと取材記だのなんだのあって、今はこうして対談している。
この連載がどこに行くのかなんて、もはや誰にもわからない。ちなみに本編はまだ3回しかやっていない。
塩田 なるほど。学んでいって、たとえばこう自分なりに異類婚姻譚がどういうものなのか結論を語っていくものなのかなとか、そんな風に予想してたのですが。
東雲 どうなんだろう。本編だけで終わるならそうなってたかもしれないけど、いまは読者さんからの投稿に答えるような形で、「みんな自分の異類婚姻譚観を持とう!」……みたいなことをやってます。
いつもの僕らの合言葉、異類婚姻譚は自由だ!
東雲 だから、これは異類婚姻譚だと思うとかこれは違うとか、それももう読者が一人一人それぞれ違うものを持って、意見を戦わせてくれたら嬉しいなと。
でも作者である俺の異類婚姻譚観、自分の異類婚姻譚観が……なんだろ、自分でちょっと見つからねえなあ。
塩田 それを聞いてからじゃないと私も(笑)
東雲 えーと……ああじゃあ重岡さん、重岡さんの異類婚姻譚観まず聞こう!
塩田 ははは(笑)
重岡 えー!
えー、じゃない。この対談のプログラムを組んだのは重岡女史なのだ。だったら責任を取ってお手本を見せてもらわなければ。
重岡 んー、私の好きな異類婚姻譚は、やっぱりあれですよ。見た目からして異形の存在と人間が、恋に落ちて、『シェイプ・オブ・ウォーター』みたいに結婚、とかその先に行ってくれるのが好きかな。恋が芽生えたかな、だと足りない、超えてない。
塩田 なるほど。……ごめんなさい、『シェイプ・オブ・ウォーター』、実は私まだ見てないんですよ。
東雲 あ、俺も見てない。
塩田 あれ、そうなんですか?
東雲 はい。こいつ(重岡)仲間外れっすね。
またも笑いの渦が巻き起こる。女史以外に。
塩田 ポイントとして確認しておきたいのは、異形で、正体は人間じゃないほうがいいんですね?
重岡 です!
東雲 そっかー。俺は逆に、異類婚姻譚は精神性みたいのが重視かな。俺、異類婚姻譚って概念を知ったのはこの連載をはじめてからのニワカなんですけど、でも精神的に異質な存在が惹かれ合う話は結構書いてた気がします。
塩田 なるほどなるほど。精神的にも外見的にも異形の相手との異類婚姻譚は、東南アジアとかに蟹との恋愛などがありますね。向こうでは日本ではタブーとされる話がタブーでなかったりして面白いです。
重岡 そういうのです! そういうのが好きです!
塩田 じゃあ次、私は、歴史絡みで。
よろしくお願いします、と僕と重岡女史。
塩田 僕はいろいろ見ていて、異類婚姻譚関係で一番古い形は生贄型だと思うんです。自然と、また動物も自然の一部として、神として恐れ敬っている。そうした社会で神の怒りを鎮めるために、主に女の子が生贄として捧げられる。
これが基本となって、そこから時代が下るにつれてどんどん対象の格が下がっていく。途中段階に天女なんかがあります。生贄ではなく結婚タイプの話があって、その中で天女は神ではなくなってきてる。妖精とか精霊とか、特に強い力を持つもの ではない。だから、羽衣とっちゃえば人間の世界で暮らすしかないんです。
さらに時代が下ってさらに異類側の格が下がっていくと、昔話の動物報恩譚みたいな形になっていく ……そういう発展をしているのではないかと。
僕も重岡さんも黙って聞き入っている。ここに来てすごく面白い話がはじまった。
塩田 ですけど時代が下るにつれて、物語が拡散するんです。語っていく人が改変してしまって、バリエーションがどんどん、どんどん増えてしまう。これだと異類婚姻譚を挙げ連なっていくにもキリがなくて、だんだんなにが異類婚姻譚なのか、わからなくなってきてしまう。
だから遡っていって、原型となるパターンを分析・分類していくと、ひとつ(異類婚姻譚を)読み解くヒントというか、わかった気になれるんじゃないかなと。
東雲 それってこの連載全体を通してのすごいヒントになりそうです。
重岡 ですです。
塩田 もう一つ。生贄から枝分かれした系統にあるのが神婚ですね。先祖が女神と結婚してるから、自分は神の子孫なんだぞ、というような権威づけのための。
東雲 『神話世界への旅』でもありましたね、古代ギリシャの王様はみんなゼウスの子孫にあたるとか。みんながゼウスの子孫を名乗ったからゼウスが好色神になっちゃったのかな(笑) 『神話世界への旅』を読んでもう一つ目から鱗だったのは、キリスト教が弾圧されたのはユダヤ教の外に一神教の思想を広めることによって王たちの血統を否定することになったからだとか。
塩田 神話の成立にも歴史が関わってくるんだよみたいな話ですね。
―――――
※1
選択肢に応じて結末が変わる、本の形式の一人で遊べる非電源ゲーム。左の通路に進むなら148ページをめくる、右の通路に進むなら203ページへ、というあれだ。
重岡さんが知らないというから注釈を設けたのだが、なんと新紀元社さんからクトゥルフ神話を題材にしたゲームブックの新作が発売されるとのこと。しかも発売日はこの記事が公開される10月31日。ちょっと出来すぎてる気がするんだけど、まさかゲオカの手の上で踊らされたのだろうか。
『クトゥルフ神話ブックゲーム ブラマタリの供物』 10月31日発売!
◇特別コラム
塩田信之さんによる『神話世界への旅』出張版!
対談の内容を踏まえ、パンタポルタだけの特別コラムとして「異類婚姻譚」について語っていただきました。
*ゲスト紹介*
塩田信之(しおだ のぶゆき)。ゲームブックにはじまり、ゲーム攻略本やゲームシナリオ等を手がけるゲームライター。パンタポルタでも取材記事をお願いしたことがある。⇒【レポート】中世風英国パブ『オールド・アロウ』を訪ねて
塩田信之(しおだ のぶゆき)。ゲームブックにはじまり、ゲーム攻略本やゲームシナリオ等を手がけるゲームライター。パンタポルタでも取材記事をお願いしたことがある。⇒【レポート】中世風英国パブ『オールド・アロウ』を訪ねて
*作者紹介*
東雲佑(しののめ たすく)。幻想小説を得意としている。第3回なろうコンの拾いあげ作品『図書館ドラゴンは火を吹かない』が宝島社より発売中。2018年9月には、宝島社文庫で文庫化された。
『図書ドラ』をイメージした楽曲「Liekki」(曲詞:yukkedoluce)も人気。
第2回モーニングスター大賞では『雑種の少女の物語』が最終選考まで残り、社長賞を受賞。
東雲佑(しののめ たすく)。幻想小説を得意としている。第3回なろうコンの拾いあげ作品『図書館ドラゴンは火を吹かない』が宝島社より発売中。2018年9月には、宝島社文庫で文庫化された。
『図書ドラ』をイメージした楽曲「Liekki」(曲詞:yukkedoluce)も人気。
第2回モーニングスター大賞では『雑種の少女の物語』が最終選考まで残り、社長賞を受賞。
▷『作家と学ぶ異類婚姻譚』