『飛ぶ孔雀』(山尾悠子著)文藝春秋
October 24 , 2018
親愛なるお姉さまへ
ステキな秋晴れの日が続いているけれど、お姉さまはいかがお過ごし?
毎日のようにお屋敷にこもってゲームとアニメ三昧(『Vカツ』をしたり『あそびあそばせ』を見たり)のわたくしでさえ、ハイキングにでも出かけたくなるような季節だわ。
そうはいっても、生まれてこのかた本より重い物は持ったことなんてないし、アウトドアとは縁遠いわたくしですから、今日も今日とて書物の山に挑み続けたいと思います(それと、新アニメは何を見ようかしら、とネットの海も漁りつつ)。
さて、秋といえば挑戦の季節。だから今月は、日本幻想文学界における伝説的作家……山尾悠子の新作をお姉さまにご紹介します。
難解かつ寓意に満ちた「火を失った人々の物語」よ。
“シブレ山の石切り場で事故があって、火は燃え難くなった。”
読者をめくるめく異世界へと誘う、印象深い一文で物語は幕を開けるの。
舞台は、ある時から火がなかなか点かなくなってしまったという、どことも知れないとある街(著者の出身地である岡山県を思わせる描写は多々出てくるわ)。
第一章「飛ぶ孔雀」では、火が燃え難くなった街の人々の暮らしが連作短篇形式で描かれてゆく。それぞれの物語が一体どう繋がるのか、読み進めてもなかなか見えてこない。そんな中、たくさんの人々が集う回遊式庭園で、夏の大茶会が始まるの。大茶会で火を運ぶ使命を務めるのは、タエとスワの異母姉妹よ。
芝を踏む、石灯籠に話しかけるなど……次々と禁則事項を冒してゆく姉のタエ。彼女は何故か孔雀となり、勝気な女子高生である妹のスワはなんと男性化?
混乱のままに第二章に進むわ。
第二章は「不燃性について」。路面電車の女運転士ミツに恋をした勤め人K、成り行きのままに謎の娘と婚約してしまい様々な窮地に陥る羽目になる劇団員の青年Qについて、それぞれの軸で語られてゆくの。そして舞台は山頂のホテルへ。鶏冠の付いた大蛇までもが現われ、物語は混沌の極みに達する。
火が失われた世界で、男たちと女たちの運命は何処へたどり着くのか。鍵を握るのは名もなき少女……。
読み終えたら、結局これってどういうこと? と戸惑うこと間違いないわ。けれど、山尾作品においては迷うことが醍醐味なの。
読後、何処ともしれぬ異界に放り出された読者は、吹けば飛ぶような現実など忘れて、言葉の魔術師の手になる堅牢な幻想世界に陶然となることでしょう。まさしく、山尾悠子は幻想文学界の最高峰ですわ!
ところで、お姉さまは山尾悠子の作品を読んだことがなかったかしら。
彼女は20歳で文壇デビューしていて、その頃に書かれた短篇『夢の棲む街』は、あの安部公房も読んで気に入ったそうよ。
今回紹介した『飛ぶ孔雀』は、2010年に出た掌篇集『歪み真珠』以来8年ぶりの小説作品。発売が予告されると、わたくしも皆さんとSNSで喜びに沸きましたわ。
そして先日、『飛ぶ孔雀』が今年の泉鏡花賞に選ばれたとの報が!
山尾悠子が大学の卒論テーマに選んだのはまさしく泉鏡花であり、彼女の小説の中には体言止めが多くみられるなど、鏡花作品からはかなりの影響を受けているみたい。
子供の頃に短篇『夢の棲む街』を読み、その圧倒的な言語感覚に衝撃を受けてから、すっかり彼女の文学の虜になっているわたくし。冬になると、冬眠者たちの物語である長篇作品『ラピスラズリ』を読み返して感慨に浸る……というのが幻想文学界隈の恒例行事になっているなんて話も聞きますわ。
そんな伝説的作家が、今年中にまた新刊を出すという噂を耳にしました!
山尾先生の新作……考えるだけでうっとりしちゃう。ぜひお姉さまも、まずは『飛ぶ孔雀』を読んで、彼女が造り出す唯一無二の幻想世界で迷子になってみて。きっと病み付きなるでしょうから。
お姉さまとずっと一緒にいられるなら、たとえ火の絶えた世界でだって、きっと楽しく暮らせるはずよ。
愛を込めて
アイリス
◇書籍紹介
庭園で火を運ぶ娘たちに孔雀は襲いかかり、大蛇うごめく地下世界を男は遍歴する。伝説の幻想作家、待望の連作長編小説。(「BOOK」データベースより)
定価:本体2,000円+税
発売日:2018年5月
▷Amazon
◇アイリスの夢百夜
第一夜:『アイリーンはもういない』
Irisについて
グルノーブルで700年続く名家に生まれ、不自由のない幼少時代を過ごす。
大好きな姉が2年前にイギリスへ嫁いでしまい、アイリスは従者と共に1年間日本へ留学することになった。
遠い島国から、姉へ向けて毎月一通の手紙を書いている。お気に入りの本の感想を添えて……。