ギリシア神話のガイアをはじめ、世界の神話の中で「地母神」といえば、神々や人間を生み出し、豊穣や多産の象徴となった女神のことをいいます。
ところがメソポタミア地域に伝わるアッカドの創世神話『エヌマ・エリシュ』には、地母神でありながら他の神々と激しく戦った「ティアマト」という原初の神が登場するのです。
そこで今回は『剣の乙女』(稲葉 義明著)を参考に、メソポタミアの原初の神ティアマトの物語をご紹介します。
目次
ティアマトの憂鬱とアプスー殺害
遠い遠い昔、世界には男神のアプスーと女神のティアマト、アプスーの従神ムンムーの3神だけが存在していました。
ティアマトとアプスーは混ざり合い、その混沌からアンシャルやアヌなどの神々が生まれます。この新たな神々からさらに新しい神々が誕生し、ティアマトの子どもたちは次々と増えていきました。
ところが母神ティアマトは世界に3神しかいなかった頃の静かな暮らしに慣れ親しんでいたため、新しい神々が騒ぎ立てる物音に苦痛を感じ、ノイローゼになってしまいます。
そこで同様に子どもたちを不快に感じていた父神アプスーは、ティアマトに、子どもたちを滅ぼし、世界を元の静かな状態に戻してはどうかと提案しました。
ティアマトは反対しましたが、アプスーは従神のムンムーとともにこの陰謀を密かに進めようとします。しかし、新しい神々のひとり・エアに計画がばれてしまい、アプスーは殺されてしまいました。
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戦闘準備①ティアマトと配下の神々
エアはアプスーから冠や衣服を奪い、彼の権威と力を受け継ぎ神々の長となりました。
夫を殺されても我慢していたティアマトでしたが、エアの息子マルドゥクが生まれると、彼が4つの風を使って遊び回ったため、これを不快に感じ、再び大いに苛立ちはじめます。
やんちゃなマルドゥクに苛立ちを感じたのはティアマトだけではありませんでした。彼らはティアマトに懇願し、武力を用いてエアとマルドゥクを取り除く計画を立てます。
ティアマトもこの計画に賛成し、まず武器として、神々ですら戦意を喪失する程の恐ろしい怪物を11体も生み出しました。
次に彼女は自分の息子であるキングーという神に「天命の石版」(王権の象徴)を与え、総司令官の座を授けます。
戦いの準備はこうして着々と進んでいきました。
戦闘準備②アンシャルとマルドゥク
一方、エアやその祖父アンシャルたちは、怒るティアマトの様子を伝え聞き、恐怖に打ち震えました。
アンシャルはティアマトをなだめようと2度にわたって使者を立てますが、2度とも失敗してしまいます。
「このまま時が過ぎるのを待っていてもティアマトに殺されるだけ。しかしティアマトに手向かっても殺されるかもしれない」
アンシャルは苦悩の末、マルドゥクに一縷の望みを託すことにしました。まずは他の多くの神々を招いて宴を開き、マルドゥクに12宮の星座のひとつを消して見せるよう、試練を課します。その程度のことができないようでは、とてもティアマトに勝てはしないと考えたのです。
マルドゥクはこの試練を易々とこなしてみせました。彼が消えよ、と命じると、星座はあっという間に消え、現れよ、と命じると、たちまち復活したのです。
神々は大喜びしてマルドゥクに王権と王の装束、無敵の武具を授け、ティアマトと戦うことを命じました。
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決戦! ティアマトVSマルドゥク
いよいよ決戦の時がやって来ました。
マルドゥクは東西南北に風を配置し、新たに創造した7種類の悪風を背後に従えると、嵐の怪物が引く4頭立ての馬車に乗って戦場へと赴きます。燃えさかる炎を鎧に纏い、手には武器である弓矢と稲妻、巨大な投網が握られていました。
一方、水神でもあるティアマトは、巨大な竜の姿になってマルドゥクを迎えます。怒り狂ったティアマトは天地を轟かす程の咆哮をあげ、マルドゥクへと突進しました。
マルドゥクは巨大な投網を投げかけティアマトの動きを封じると、背後に控えさせていた悪風を放ちました。ティアマトは大きく口を開けて悪風を飲み込もうとしますが、口が閉じなくなってしまいます。
その隙にマルドゥクはティアマトの口中に矢を射かけました。矢は巨竜の体内を切り裂き、心臓にまで達してティアマトの生命を奪いました。
ティアマトの配下の神々は一気に戦意を失い、戦場から逃げ出そうとします。しかし1人残らず捕らえられ、総司令官のキングーも「天命の石版」をマルドゥクに奪われ処刑されてしまいました。
マルドゥクは息絶えたティアマトの身体をふたつに引き裂くと、片割れを空に張り巡らせて天とし、もう片方を地に置いて地面を創り出すことにしました。ティアマトの頭蓋や乳房は巨大な山に、両眼から流れ出る水はチグリス川、ユーフラテス川の源となりました。
さらにマルドゥクは天に星座を置き、暦を定め、自身や神々が新たに住まう場所も設けます。処刑されたキングーの血からは、神々の代わりに労役を担う者として、人間という種が創り出されました。
こうして新しい世界の秩序が定まり、マルドゥクが天の覇権と秩序を握ることとなったのです。
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